第十六話 フューエルタンクへ
「いよいよ出発ですね、皆さん」
モニターの前にアキヒト達、四人が集まっている。モニターには、サラに似た、アテナの優しいイメージ映像が映し出されていた。
「前にも言ったことがありますが、このゲートから出ると、私からの支援は、衛星とGPSを用いた通信に限られます。皆さんの安全を確保できる支援は受けられなくなります。十分注意して下さい」
「分かった。無茶はしないようにするよ」
アキヒトは素直な返事をした。それを聞いて、モニター内のアテナは微笑んでいる。
「それではゲートを開けます。皆、無事に帰ってくるんですよ」
北ゲートがゆっくりと開放され、旧時代の先人が残した長い道が先に見えた。アテナビレッジとその付近の空は暖かく晴れているが、北の空には、暗雲が立ち込めている。
村を出て、クルーザーは順調にフューエルタンクへの道を走っている。先人が残した道は、非常に長い間、使われていなかったため、荒れている部分も多かったが、それは進行に大きな影響を及ぼすほどではなかった。
北に進むにつれて、空に雲が現れ始めた。その雲は、最初薄いものだったが、徐々に濃くなっていき、太陽を遮る厚い雲に変わっていった、気温も少しずつ下がっていっている。
「ちょっと寒くなってきたわね」
クルーザーの後部座席に座っているサラは、少し寒さによる震えを感じ、用意していた外套を羽織った。ザーフェルト以外の二人も、すでにそうしている。
「私ノ温度センサーデハ、十度ヲ指シテイマス。マダマダ下ガッテイキソウデスネ」
アンドロイドであるザーフェルトは寒さに強いが、生身の三人には、やや堪えるものである。
「ザーフェルト。エアコンをつけてくれないか? 俺たちにはちょっと辛いよ」
アキヒトは、下がってきた気温に少し震えている。
「センサーガ七度ヲ示シテイマス。エアコンヲツケマス」
スイッチを押すと、クルーザー車内に、心地よい温風があっという間に対流し、人間が感じる適温に保たれた。
「ここまでは順調だけど、大変な旅になりそうね……」
マリーは初めて見る村以外の景色を、じっと車窓から見ながら、抑揚少なくつぶやいた。
暗雲で日も差し込んでこないが、今のところ、旅路は順調である。
運転をしているザーフェルト以外の三人は、外の様子を思い思いの表情で見ていたが、助手席に乗っているアキヒトが何か気になるものを見つけた。
「あの建物はなんだろうな? 何かの中継点にも見えるけど……」
発見した建物の大きさは、平屋のやや小さな一般家屋ほどだったが、周りに様々な設備がついているように見える。
「フューエルタンクト何カ関係ガアル建物カモ知レマセンネ。行ッテ調ベテミマスカ?」
ザーフェルトは一旦、クルーザーを停め、みんなの賛否を待ちながら、建物を確認している。その建物までは、分かれた道が続いており、クルーザーで難なく到達できそうである。
「方向と位置関係からも、フューエルタンクと何か関係がありそうね。行ってみましょうか」
メカニックのマリーが賛成したので、平屋の中継基地のような建物に車を走らせた。
建物に近づいてみると、周囲の設備はやはり、通信と受電を行うためのものであったことが分かった。ただ、今では完全に機能が止まっている。
「やっぱ何も動いてなさそうだな……」
じっと立ち止まって、アキヒトは設備や平屋の母屋の方をじっくり見ていた。行動は慎重である。
「どうする? あの中にも入ってみるか?」
母屋は自動ドアになっていたが、こじ開ければなんとか開きそうだ。
「私ガ先ニ行キマショウ」
ザーフェルトが盾になるつもりで先に進み、ドアの前に立った。他の三人も後に続いた。
「デハ開ケテミマス」
アンドロイド特有の腕力を使い、古びて機能しなくなった自動ドアをこじ開けると、そこには意外なものがひっそりと座っていた。
ひっそりとうつむいて床に座っていたのは、アンドロイドだった。女性をかたどったタイプで、端正だがかわいらしい顔をしている。体も女性的なそれであるが、ザーフェルトと同じく、金属製の合板が所々に使われ、作られていた。
「長い間、動いた様子が無さそうね……」
サラはしゃがんで、座っているアンドロイドの顔を眺めながら、体全体の様子を見た。顔はよく見ると、あどけなさが残る少女のようにかたどられている。時間が止まったまま存在するかのように、その顔はただ静かに美しい。
「この建物が通電してるなら直せるけど、エネルギーがないと私にもお手上げだわ」
同じくアンドロイドの様子をしばらくマリーは見ていたが、少し諦めたように、建物内の設備の方を確認し始めている。
建物の中端に位置する壁面の辺りには、アテナビレッジにあるような、大画面モニターが設置されており、周囲にはまた、様々なコンピューター群も壁面に埋め込まれている。アテナビレッジのものより、幾分進んだ性能のものであると、マリーは見て取った。
「なんか色々もったいないわね……。電力があれば、ここで色んなことが分かりそうだけど」
周囲の機械を少しマリーはいじっていたが、通電していないと、これもどうにもならないらしく、一通り機械群を確認し、何かメモを取るにとどめた。
「すごく気になる場所だけど、今はここではこれ以上得るものがないな。フューエルタンクにまた向かおう。それに……」
アキヒトは端正な女性型アンドロイドを見て、
「この子が動くようになったとして、安全なものなのかどうなのかも、まだ分からないしな」
冷静なアキヒトの意見に、他の三人は珍しい物をじっと見るように、黙って彼を見ている。
「な、なんだよ……?」
「イエ、何デモアリマセン。ソノ通リデス。車ニ戻ッテ先ヲ急ギマショウ」
アキヒト達四人は、かわいらしく眠るアンドロイドをそこに残し、フューエルタンクへの道を急ぐことした。