第十二話 もう一つの仕事
イシュタルにメッセージを渡すという大役を無事果たせたアキヒトは、一息つき、近くの手頃な岩に腰掛け、食事を取り始めた。村を出て、まだ一日も経っていないので、保存食ではなく、サラの愛情がこもった手作り弁当を食べている。
日が沈みかけている空を見て食事を取りながら、アキヒトは次の行動を考えていた。
「ザーフェルト」
そばに座って、同じく空を見ているザーフェルトにまず話しかけた。
「ハイ?」
「もう一つの仕事をやっておこうと思うんだけど、その前に、電話で村に連絡を入れておこうか?」
ザーフェルトはまじまじと、そう言ったアキヒトの顔を見た。
「今日ハ、凄ク冴エテマスネ。ドウシタンデスカ」
「褒めてんのかそれ? まあともかく……」
持ってきた小物入れの中から、アキヒトは携帯電話端末を取り出し、アテナビレッジへかけた。通話ボタンを押せば、すぐにコントロールルームの電話に繋がるようになっている。アキヒトとザーフェルトが村を出ている間は、常時、電話番がそこについている。
程なく端末から、聞き慣れた優しい声が聞こえてきた。
「アキヒト? 大丈夫なの?」
いつもならコントロールルームでの作業を終えて、家に帰っている時間だが、サラはまだアキヒトからの連絡を待っていたようだ。心配を隠せない声だ。
「大丈夫だよ、母さん。一番やらなきゃいけない仕事は済ませた」
母親の心配を取り除こうと、アキヒトは元気な声で答えた。
「そう……。よかった。あなたにもう一つ仕事を頼んだけど、それも危険があるかもしれないわ。無理そうと思ったら、止めて帰って来なさい」
サラは一応は安心したようだ。ただ、アキヒトに何かを事前に頼んでいたらしい。そのことに関して、息子の身を案じていた。
「なーに、これも大丈夫だよ。セキュリティから離れてやれる作業だし、ちゃんとやって帰るさ」
「そう……。でも、十分気をつけるのよ」
相変わらず心配するサラに、「分かってる、大丈夫だよ」と柔らかく返し、電話を切った。
「よし! ザーフェルト! やろうか! ちょっと移動しよう」
「エエ、ココカラヤヤ東ヘ回リコマナイトイケナイノデシタネ」
二人は車に乗り込み、もう一つの仕事を行う目的地へ移動を開始した。
目的地には車を走らせて、五分もしないうちに着いた。ザーフェルトが言ったように、第二ゲートから外壁沿いに、東へ少し回り込んだ場所である。
ラストホープの外壁は、相変わらず高く厚いが、二人は車を降りると、外壁から遠ざかり、低木や岩があちこちにある、自然に荒れた場所へ身を隠すように座った。
「ワイドテレスコープト、サラカラ渡サレタ、アレヲ組ミ合ワセマショウ」
ザーフェルトは大きめのテレスコープと、何やら薄いフィルムシートを取り出し、アキヒトに渡した。アキヒトはうなずき、テレスコープの対物レンズに、フィルムシートを貼り付け、その後、電源を入れた。
アキヒトはテレスコープを外壁に向け、接眼レンズから覗きこんだ。非常に不思議なことに、レンズと、そのフィルムを通すと、外壁を透過し、ラストホープの内部がハッキリと見えた。
「ドウデスカ? アキヒト? 本当ニ内部ガ見エマスカ?」
「ああ、すごいぞ。バッチリだ」
アキヒトは覗き込みながら、この不思議な現象に好奇心と驚きを持って興奮している。サラが渡したフィルムシートには、サラの超能力の一つである、透視の力が移されている。そしてアテナが、イシュタルが送ってきたメモリーに入っていた、アキヒトの父、タツキがいる居住区の画像を詳細に分析し、居住区の位置を正確に割り出し、この場所へ移動するように、アキヒトとザーフェルトが旅立つ前に伝えていたのである。テレスコープの倍率は、二人が今いる距離から、丁度よくなるように、サトルが調整していた。あとはフィルムをテレスコープと組み合わせれば、外壁を透過し、内部が見られる仕掛けだ。
「人がいくらかいるけど、みんな元気がないな……。無理もないか、ずっと閉じ込められてるんだからな……」
アキヒトは、沈痛な表情で映像を録画している。このテレスコープは、超小型ハードディスク付きで、録画機能がある。
(……!)
少しして、アキヒトの目が、ある一点で止まった。
「タツキヲ見ツケマシタカ?」
「……うん。写真で見た父さんの姿と全く同じだ」
村の端末でプリントした写真で、アキヒトは父の姿を確認していた。父は左足を引きずって歩いていたが、その目は居住区にいる人間の誰よりも生きている。
その後、映像をしっかりと撮り、機材を二人はしまった。これで一応の任務は終わりである。
(…………)
父親の状態と、居住環境を見たアキヒトの表情は暗い。色んな考えが交錯しているようだが、
「帰リマショウカ、アキヒト。サラ達ガ待ッテマス」
ザーフェルトはアキヒトの肩に柔らかく手を置き、帰るべき所に帰還することを促した。