第十一話 プレゼント
「ようこそラストホープへ。アテナからメッセージを預かって来たそうですね。彼女は、きっとそうすると思っていました」
モニターに映しだされたイシュタルは美しく穏やかだった。ただ、アテナにはない、奥底に秘める冷たさがある。
「おや? あなたはサラに面影が似ていますね? 十五年前にこのゲートからサラと一緒に逃げた赤ん坊があなたですか?」
イシュタルの問いの中には、意外にも、愛くしみと懐かしさの感情が見受けられた。アキヒトもそれを意外に思ったが、
「はい。俺があの時の赤ん坊でアキヒトと言います」
イシュタルの目をじっと見ながらそう答えた。
「そうですか……。あなたの名前は記憶しています。大きくなりましたね」
イシュタルの目は、まるで我が孫を見るような優しさをたたえている。
(母さんやアテナから聞いてたイシュタルのイメージとだいぶ違うな? どういうことだろう?)
疑問が浮かんだが、アキヒトは要件をともかく済ませようと、切り出した。
「メッセージについて話します。アテナはラストホープの拡張計画に対して、妨害、抵抗するつもりは全くありません。それに関する詳しいメッセージが、このマイクロメモリーに入っています。受け取ってもらえますか?」
アキヒトは右手にマイクロメモリーを持ち、イシュタルに見せた。イシュタルはゆっくりうなずき、
「受け取りましょう。返信として、アテナビレッジを侵すことはない旨のメッセージを入れたメモリーを渡します。しばらくそこで待っていて下さい」
と、穏やかな表情のままで返した。それと同時に、辺りのセキュリティレベルを下げたのか、周囲にいるロボットが、数台を除いてラストホープ内部へ帰って行った。
「ふ~っ……」
アキヒトは死地を脱したかのように、ホッとした、ため息を、思わずついてしまった。それを見たイシュタルは愛くしみの表情で笑っていた。
「怖い思いをさせましたね。お詫びにあなたに、ちょっとしたプレゼントをあげましょう。メモリーと一緒に用意しますからね」
そう言うとイシュタルは回線を閉じた。
(イシュタルからのプレゼント?)
警戒は崩せないものの、アキヒトはそこでしばらくの間、待った。
重厚にそびえ立つ外壁とは対照的に、上空の天気は穏やかな晴れである。
アキヒトが待っている間、何かがあってはいけないと、警戒態勢をとっていたザーフェルトも、態勢を解いて、アキヒトの所に来ていた。
「ヒヤヒヤシテ見テイマシタガ、大丈夫ソウデスネ」
ザーフェルトは、高い外壁をその場から見上げつつ、そう言った。
「どうも腑に落ちないな……。母さんから聞いてたイシュタルのイメージと違いすぎる。なんであんなに優しかったんだろうな」
アキヒトは首を傾げている。
「フム? ソンナニ優シカッタノデスカ?」
「うん。アテナと同じくらいの優しさを感じたよ。冷酷なイメージしか持っていなかったんだが」
二人がイシュタルについて話していると、ゲートの奥の方から、物資運搬用の小型ロボットがこちらに近づいて来ているのに気づいた。
ゲートの扉が自動的に開かれ、そのロボットはアキヒト達の目の前で止まった。
「イシュタルカラノメッセージガハイッタメモリート、アナタヘノオワビノシナヲ、オモチシマシタ。ジョウブヨリウケトッテクダサイ」
運搬用ロボットの上部にある荷台には、確かに二つの品がある。一つはマイクロメモリーだが、もう一つは美しい細工が施されたブレスレットだった。幾何学的な細工の美しさが際立っている。
「メモリーは分かるんだが、このブレスレットはどういう物なんだい?」
アキヒトとザーフェルトの二人は、警戒して、素直にはそのブレスレットを受け取れなかった。
(何かの罠が仕込まれているのかもしれない……)
二人ともそれを、信用が容易にはできない目で見ている。
「コレハ、アナタノコウドウヲカンシシタリ、セイゲンスルナドノ、ワナガシコマレタシナデハアリマセン。アナタノヤクニタツコトガアルシナデス」
ロボットは機械的にそうとだけ答えた。アキヒトはしばらく考えていたが、
「分かった。どちらも受け取ろう」
と、ブレスレットにも手を伸ばした。
「エッ! イイノデスカ? アキヒト?」
ザーフェルトはそばで慌てたが、
「いいんだ。信用してみよう」
そう言って、ブレスレットを左手首に装着した。特に変わりはなく装着できた。
「デハ、モドリマス」
運搬用ロボットは、再び重厚な壁の内側へ、車体を方向転換させ、タイヤを回転させて、ゆっくり帰っていった。