第十話 ラストホープへ
アキヒトとザーフェルトがラストホープへ出発する日になった。その日はよく晴れていた。
「荷物のチェックはしたか? 予備のバッテリーの積み忘れはないだろうな?」
サトルが移動に使う、車の点検をしながら、アキヒトに、荷物の最終確認を促した。
「全部あるよ。食料も水も十分だし、車とザーフェルトの予備バッテリーも積んでる」
ざっと確認した後、サトルに軽く手を振りながら、返事を返した。
「携帯端末も持ってるわね? 何かあったらすぐに連絡しなさいよ」
それぞれの様子を見守っているマリーも心配そうである。明らかに顔に書いてある。
「分かった。なるべく連絡を取らずに済むといいけどな」
当のアキヒトは、初めてアテナビレッジ以外の土地を見れることにワクワクしていた。不安もあるが、好奇心が勝っている。
移動に使う車は、村内で最も大きいクルーザータイプで、オフロードでもオンロードでもスピードはかなり出せる。飛ばしていけば、ラストホープへ到着するのに半日もかからない計算になる。ただ、念入りな用意として、一週間分の食料やバッテリーなどを載せていた。
「アキヒト」
サラが呼びかけた。やはり、不安を隠せない様子である。マリーと同様、顔に出ている。
「ザーフェルトとよく相談して、無茶なことはしないのよ。ザーフェルト。アキヒトをお願いね」
「分かってる。行ってくるよ」
「任セテ下サイ。デハ行ッテキマス」
二人は電動クルーザーに乗り込み、見送りの皆に手を振って、アテナビレッジから旅立った。
「いい景色だなあ。村の外ってこんなに広いんだな」
ザーフェルトの運転の横で、アキヒトは車の窓から景色を見ながら目を輝かせていた。先人がいた時代に作られた道を通っているが、村を出てしばらくすると、辺りは見渡す限り低木や草が生えた景色が広がっている。
「コンナニ環境ガ良イノニ、人ガイナイ時代ニナッタノガ不思議デスネ」
運転しながらザーフェルトはそう返事をした。こちらも楽しそうである。
「……俺もそれが分からないんだよな。セト爺さんがなんで今みたいなことになったのか知ってるらしいんだけど、大昔に大暴走という事故があったとしか教えてくれないし……」
アキヒトは景色を見るのを止め、腕を組んで考え始めてしまった。
「私モ、ソノ事シカ知リマセンネ。セトハ口ガ固イデス」
ザーフェルトは特に表情を変えない。
「まあ、分からないものを考えてもしょうがないか。旅を楽しみたいのもあるけど、皆が心配するから、なるべく早く用を済まそう」
アキヒトは珍しく冷静なようだった。
雑談をしながら車をしばらく二人は走らせていたが、ラストホープの高い外壁が前方に見え始めると、話すのを止め、その威容とも言える光景を緊張した表情で見始めた。
外壁は厚みのある耐火性、耐蝕性に優れた特殊な合金で出来ており、高さは5メートル以上はありそうだった。何物も寄せ付けない雰囲気を持った、重厚な壁である。
「……とりあえずは無事にここまでこれたな」
「エエ、順調デスネ」
二人はラストホープの外壁の下部にある、ゲートに続く道から、少し離れた所に車を停め、そこからゲートまで歩いて行った。
(このゲートを母さんは通って来たんだな……)
アキヒトの感慨は複雑なものがあった。このゲートは広いラストホープの第ニゲートにあたる。十五年前に、赤ん坊だったアキヒトを抱いて、サラが必死に逃げ通った場所だ。
「セイタイハンノウヲカクニンシマシタ。ハンノウパターンヒューマン。カンリICタグハツイテイマセン」
(しまった! 不用意に近づいたのがまずかったか!)
アキヒトはゲート近くのセキュリティセンサーに捉えられてしまい、ゲート内にいたセキュリティロボットがアキヒトに近づき始めた。
「アナタニシツモンヲシマス。ショゾクトソコデナニヲシテイルカヲコタエナサイ」
(答え方によってはどうにもならなくなるぞ……。正直に言ってみるか)
アキヒトはセンサーの管理音声の質問に焦ったが、肝を据え直して答えた。
「アテナビレッジのアキヒトと言う。俺の村のマザーコンピュータ、アテナからのメッセージが入ったマイクロメモリーをイシュタルへ渡すためにここまで来た」
ゲートの前でしばらく沈黙があった。セキュリティが信号を出したのか、ゲート内のセキュリティロボットの動きも、その間、止まっていた。
「……ヨウケンハワカリマシタ。イシュタルトノカイセンヲツナギマス」
管理音声がそう答えると、ゲートの左部にある二十インチほどのモニターにイシュタルのイメージが映し出された。