変身ブレスとオレンジ色と水色
テーブルの向こうから手を差し出されたので、セイカは立ち上がって握手に応えた。
「じゃ、コレがセイカちゃんの変身アイテム『ディヴァースブレス』になるワ!」
タイミングよく背後に控えている隊員──飲み物を運んできた隊員とは別の人──が持つ四角いトレーから、シャーリー司令官は腕時計よりも平たい物を手に取ると、テーブル越しにセイカに渡した。
うわぁ、本物の『変身ブレス』だ!
この時代の技術の粋を集めて作りあげたのだろう、薄くてつるっとした謎の素材。中央には『D』とローマ数字の『Ⅴ』かな? を組み合わせたエンブレムがある。
「ちょっとこっち見て」
感動してしげしげと観察していたら、右側から声がかかった。
「急いでいる時なんかに、こうして手首にパシっと当てれば勝手に巻きついて簡単に着けられるよ。外すのは手首の内側をよく見ると真ん中に正方形があるから、そこを二回タップするんだ」
どうやらセイカが着け方に戸惑っているとみて、ゆめかわ猫男子が自分の変身ブレスを手に実演してくれた。
「こうですか?」
セイカは言われたとおり変身ブレスを、皆が着けているほうの左手首に巻く。
手首に余るところなくピッタリしていて、内側に繋ぎ目はなく、意識して注視しないと一辺が一センチくらいの正方形は見つけられない。
SF感が強く、スマートなフォルムの変身ブレスだ。
「セイカちゃん仕様にしたから、他の人には使えないワ」
注意してネ! とシャーリー司令官はウインクする。
生体認証型のようだ。軍の基地、まして秘密基地にタダで入れる訳がない。こんなに進んだ時代だ、入り口で持ち物を預けていた時間はそう長くはなかったが、セイカの生体の情報を得るのは余裕だったに違いない。
「変身コールは『ディヴァースチェンジ!』ヨ! それで強化スーツが纏えるワ!」
その言葉を聞いた途端、電撃な戦隊の変身シーンで流れるBGM(M13)がセイカの頭の中で再生された。
燃える! 燃えない訳がない!
昭和の戦隊が好きな叔母に主題歌・挿入歌集もBGM集も借りて、ストレッチやイメトレのお供に聴きまくっていたセイカは、同戦隊の敵の獣士が巨大化する際の曲(M28〜30)もフルで再生できる。
「変身していない普段でも、仲間や秘密基地と通信できるからネ!」
そういえばさっき公園で、変身ブレスが鳴ってシャーリー司令官のけたたましい声を聞いたんだった。
いかん。燃えすぎていないでちゃんと変身コールを覚えなくては!
「セイカちゃんは隊員ナンバー01『ディヴァースレッド』ヨ。
じゃあミンナ、セイカちゃんに自己紹介して!」
変身コールとBGMが頭を占めてぐっちゃになっているセイカの右、シャーリー司令官のその声に一番に反応したのは、変身ブレスの着け方を教えてくれた、ゆめかわ猫耳男子だ。
「ボクは隊員ナンバー02『ディヴァースオレンジ』の、イクシアI。リーダーと同じ十六歳だよ。ボクのことは『シア』って呼んで」
ゆめかわ猫男子改めイクシアは、椅子ごとセイカに向いてそう言うと、
「ねえリーダー、『セイカ』って呼んでもいい?」
と、小首を傾げて聞いてきた。
オレンジ色のショートボブの髪に猫耳、こちらを見上げる大きな猫目石のような瞳、髪(毛並み?)や耳と同じ色の尻尾をゆっくりくねらせる。服装はもちろん『ゆめかわいい』。
なにこのあざと可愛い生き物!
撃沈したセイカは力なく椅子に座り、こくこくと頷いた。
「ボクはね、日本の『カワイイ文化』が大好きで、学びたくって、宇宙政府軍に入り日本支部に配属されるのを狙ってたんだ。ボクの住んでた惑星から地球に来るには、バカみたいにお金がかかるから!
それで入隊して一年間、諜報部隊で活躍してたら、シャーリー司令官に今回の任務に誘われて、念願の日本に来れたってわけ。お金を貰えて好きな日本に住めるなんて最高だよね!」
特虹戦隊に所属している理由が全然可愛くなかった。現実的だった。
「来たらすぐ『ゆめかわいい』ってジャンルに衝撃うけて、ハマっちゃって。今じゃ自分で作って『ANIKA』ってブランド名で売ってるよ」
欲しかったら作ってあげるから言ってね、仲間の誼でお金はいらないから。
と言う彼の後ろの自由スペースには、ミシンや作業台、巻かれた布類、ハンガーラックに掛けられた『ゆめかわ服』や小物が沢山ある。ここで制作しているそうだ。
「ちなみに」
ゆめかわスペースを眺めていたら、眼鏡の青白い人の声がした。
「彼は謎多き種族『リンクシーズ』──山猫獣人です。軍では変装の名人〝諜課のワイルドキャット〟として有名でしたが、獣人としての能力は殆ど明かされていません」
「あーもうそーゆーキモイ目で見るのやめてよね! このヘンタイ宇宙人マニア!」
イクシアがキレて椅子とテーブル下段に片足ずつ乗せ、手品で使うような小さな柔らかい玉っぽい物をどこかから次々出して、眼鏡の青白い人に投げつける。
怒って寝ている猫耳も、毛を逆立てて膨らんだ尻尾も、本物だったんだ。
「セイカも気をつけなよ! コイツ、珍しい宇宙人とみると見境なくなるんだから!」
非難しつつも可愛い攻撃の手を緩めないイクシアと、意に介さず「やめなさい。飲み物に入るでしょう」と紅茶のカップを庇う眼鏡の青白い人。
誰も止めないし……仲良し?
「こんな状況で申し訳ないのですが、僕は隊員ナンバー03『ディヴァースアクア』の、ヴァリーリアン・ギールグッドです。ヴァリー、リアン、博士など、好きにお呼びください。二十歳です。見てのとおり魚人に近い『スペクス星人』ですが、スペクス星には僕みたいなのはうじゃうじゃいますので、珍しくもなんともない宇宙人ですね。また、軍人といっても『宇宙人類学者』としての知識を買われてのことですので、水中以外では視力も落ちますし、戦いは不得手とします」
イクシアから目を離さずにティーカップを死守しつつ自己紹介する、眼鏡の青白い人改めヴァリーリアンは、
「ちなみに。スペクス星人にとって『眼鏡は衣服』です。大事なことなので二度言います、『眼鏡は衣服』です」
と、そのセリフの時だけセイカに真面目な顔を向けて念を押した。翡翠色の瞳が真剣すぎる。
水色の髪、青白い肌には所々虹色の鱗があり、耳は鰭状に、指の間には水掻きの膜が見られる。飲み物や変身ブレスを持ってきた隊員より階級が上そうな軍服を着ており、身長は百七十センチ後半くらいの『眼鏡イケメン』だ。
気が済んだのかイクシアは攻撃をやめ、席に座ってタピオカミルクティーを飲みだした。