星の間⑤〜セイカとタガルニナ〜
タガルニナは元主のイカコ同様、残してきた荷物の処理で〝悪ノ華〟のアジトであった巨大宇宙戦艦を訪れていた。
その用事も終わったので一息つこうと今、『星の間』でセイカと共にいる。
座っているのは中央の応接セットだ。
「付き合わせてすみませんでした」
「いえいえ、これも任務ですので」
タガルニナが謝れば、セイカは全く気にしていないと返した。
セイカはそういう性格だ。しかし、四十代の戦闘もできる男に、年若いお嬢さんをつけるのはいかがなものか。
確かにセイカは一年間、宇宙政府軍の地球を守る特殊部隊をレッドとして率いた実績がある。戦いの技量もめきめきと上達していくのを目の当たりにしてきた。だがタガルニナの実力を超えているかといえば、残念ながら変身しても引き分けがいいところだ。素顔の状態で、自分に適うとは思えない。
信頼されているとすれば、それはそれで複雑だ。タガルニナはなんとも言えない表情でセイカを見つめる。
(………………)
タガルニナの胸中も知らず、セイカの視線は目の前に置かれた飲み物に注がれていた。
ここにきて、トロピカルジュース再び、である。
おまかせで飲み物を持ってきて貰ったら、この始末。油断した。近頃とんとお目にかかっていなかったのに。
斜め右の一人用ソファーに座るタガルニナには紅茶が出されている。ラウンジでもいつも飲んでいたから当然の配慮といえよう。
「どうかしましたか、セイカさん。やはり疲れましたか」
沈黙が長い。できたらジュースでなく自分に意識を向けてほしいので、タガルニナは声をかけた。
セイカはハッとする。
「いいえ、疲れていませんよ。私は見ていただけですから。ルニーさんこそお疲れ様でした」
大きめのグラスを持ち上げたセイカは、ストローで極彩色の中身を飲んでみる。
意外にイケる味がした。
「なら良いのですが……」
視線を向けると、心配そうなタガルニナと目が合った。
内心セイカはドキリとする。
「もう、ルニーさんは私をなんだと思ってるんですか? 特虹戦隊のレッドですよ! 疲れる要素は一つもありませんでしたよ!」
照れ隠しで強気の発言をしてしまうセイカだ。
今日のセイカはロリータファッションの中でも簡素なワンピースを着ていた。片付けに付き合うのがメインの任務なので。それでも十分、可愛らしい美少女だ。
子供扱いしないでください! と少しむくれる様が子供っぽくて、タガルニナはくすりと笑う。
「それより。聞きましたよ、ルニーさん」
「な、なにをでしょう」
据わった目をしたセイカがグラスをトンと置き、ルニーは思わず焦った。なにも悪いことをしていないのに、これから問い詰められる気分になる。
「イカコさんやルニーさんの種族は地球系人類と違って、平均寿命が百三十歳前後とか」
「ええ、そうですね」
タガルニナはとりあえずそのとおりなので肯定する。
宇宙の中で未開の地域にあったイカコとタガルニナの故郷の惑星では、地球系とは異なる起源・進化を遂げた人々が暮らしている。だから最初は他の星に人がいて宇宙時代となっているのにも、いろんな種族がいて寿命もそれぞれだという事実にも驚いた。
「地球系の人達と同じで女性の方が長生きの傾向にありますが、男性でも平均は百十歳から百二十歳は生きるかと」
事故に遭ったり大病をしなければの話ですが、とタガルニナは説明した。
「と、いうことはですよ」
「は、はい」
セイカがずずいっと身を乗りだす。
なんか圧が凄いが、タガルニナはなんとかそのままの姿勢で留まった。
「ルニーさんとわたしの年齢差は、ちょうどいいのでは?」
「!」
「ですよね?」
「…………はい」
どんどんセイカが前のめりに圧をかけてくるので、タガルニナは肯定するより他なかった。
「わたしはこの世界に来て、戦隊ヒーローのレッドになるという夢が叶いました」
セイカは身を引いて、普通に座り直す。
圧がなくなってタガルニナがホッとするかといえば、そうではない。セイカがこの世界にいるのは、自分にも少なからず責任がある。
イカコの従者という立場を鑑みて、タガルニナに下った刑罰は『地球からの期限付き追放』というものだった。主が重い処分だったのに対し、軽すぎる。けれども、期限さえクリアできれば、こちらのセイカの故郷である日本にまた来られる日がくる──それでよかったと思ってしまった。
「ですから、これから先は、元の世界では考えられなかった宇宙時代。いろいろな星に行って、さまざまな光景を見てみたいんです」
特虹戦隊での働きで貰った給料ではいつかは尽きるが、世界線を超えて誘拐されたセイカの懐には元凶の有閑令息や潰されなかった親達からの賠償金が入る。一生贅沢に遊んで暮らしても使いきれない額が。
といっても散財するつもりは毛頭ない。でも宇宙旅行を楽しむくらいは許されるはずだ。
「できればルニーさん、あなたと一緒に」
腿の上で両手を握ったセイカは、タガルニナを真っ直ぐ見て言った。
大きな瞳は澄んでいて、強い意志を湛えている。
ここで逃げては失礼にあたる。タガルニナは居住まいを正した。
「私も、この世界の人間ですが、故郷の星以外には明るくありません。それでもいいですか?」
「もちろんです。一緒に宇宙を巡って、新しい世界に馴染んでいきましょう」
「解りました。貴方は少々優しすぎるので、私がしっかりガードを務めさせて頂きます」
異世界召喚を成功させたトミーを不問にしたり、実行したイカコの身内の自分をこんな風に同行者に選んだり。
懐が深いのは美点で、今年のレッドに相応しかった。でもこの後、彼女を一人で宇宙に解き放ったら、心配で仕方ない。同行者に自分以外が選ばれるのも嫌だった。
「保護対象がイカコさんからわたしに代わったわけですか?」
セイカがまた据わった目をした。
「違います。貴方の従者になる気はありません。同行者ですよ。守りたいのは私の勝手です」
誠実にタガルニナは本心を伝える。真っ向から瞳を見つめて。
この時代、男性が女性を守らなければならないという思考の持ち主は、原始人扱いされる。宇宙政府に属していなかったイカコとタガルニナの故郷でも、男女の違いを認めつつ、互いに尊重し合って生活していた。女性だから弱者と決めつけはしない。
まして、相手は戦隊ヒーローのレッドを務めたセイカである。原始的な差別が残る世界から来たらしいが、いやだからこそ、『女性は守られて当然』という考えを嫌うのだろう。
「あなたの勝手、ですか」
「そう。私の勝手です」
「……正直、元の世界で日本人は危機管理が甘いと言われていましたし、わたし自身、外国に出たこともなかったので…………ルニーさんが一緒にいてくださると非常に心強いです」
腿の上で組んだ両手に視線を落とし、セイカにしては弱々しく心の内を告白した。
タガルニナは席を立ち、セイカの前に片膝をついて彼女の手を自らの手で包む。
「大丈夫です。私がついていますから」
気丈にしているが、この世界でセイカには身寄りがない。自分はその原因に少なくとも関わっている。それを忘れてはならない。
だが、そうでなくとも──
「素顔のザッソー兵の方々でなく私を選んでくださって、ありがとうございます」
セイカの手を包む両手に力を込める。
「なんでここで、ザッソー兵の皆さんが出てくるんですか?」
まだ疑っているのかと、呆れた目を向けてしまうセイカである。
ザッソー兵の青年は皆、タガルニナと同じ『地球からの期限付き追放』処分となった。悪事といえば調理した野菜を無理やり一般人の口に突っ込んだくらいで、やられ役に徹していて、特虹戦隊の演出までこなしていた。素顔は普通の若者で、ここアジトにヒーローが来ても「時間外だから」との理由で決して手を出してこなかった。そもそも彼等から悪意を向けられたことは一度としてない。
「なぜってそれは……彼らは素顔が美形ですし、その、若いですし……」
タガルニナはまだ年齢を気にしている。
「ルニーさんも美形ですよ! いい加減、自分も人気のあるイケオジだと自覚してください!」
こうなったら実行あるのみだ。セイカはえいやっとタガルニナに抱きついた。
片膝をついていたタガルニナはびくともせず、セイカを受け止める。
「ッ! セイカさん!?」
「私が好きなのはルニーさんです! だから一緒に宇宙旅行をしたいんです!」
タガルニナは驚くが、構ったものか。彼の首に両腕を回して抱きついているセイカはそのまま叫んだ。
そして、回した腕を解くと肩に手を置き突っ張って、
「解りましたか!?」
と、タガルニナを至近距離から睨んだ。
厳しい態度に出てしまうのは照れもあるからだ。元の世界では致命的な運動音痴のせいで、愛だの恋だの言っていられなかった。生身の人間は対象外で、テレビ画面の中の戦隊ヒーローの悪役(人間だと大体がイケオジ)ばかりに好意を抱いてきた。
その理想が今、目の前にいる。約一年かけて築いてきた関係を自分であと一押ししなくて、なにが戦隊ヒーローのレッドなのか。
「……貴方には敵いません」
唖然としていたタガルニナは、フッと柔らかく笑んだ。
自分の腕の長さだけしか空いてないので、イケオジの微笑みを間近で受けたセイカは、ただでさえ速くなっていた鼓動を跳ねさせる。
「解りました。もう、貴方の好意を愚かにも疑ったりはしません。……私も貴方が好きです。共にいたい」
タガルニナはセイカの背に腕を回し、ギュッと抱き締めた。
肩の横で話すタガルニナのイケヴォが超至近距離で耳に届き、ゾクゾクしたセイカは心の中で「ヒィイイイッ」と悲鳴を上げる。
やっと彼の本心を聞けた。好きだと言って貰えた。
しかし、全身から力が抜けてしまって、察したタガルニナは優しくセイカをソファーに座らせてくれた。
「………………」
攻めていたのは自分なのに、すっかり返り討ちにされた気分だ。セイカは恨みがましい目を向けた。
ちょっとむくれていたら、次のタガルニナの言葉にますますドキッとさせられる。
「さて、そろそろ戻るとしましょう。私とて男。こんな雰囲気の場所にいて理性を保つのは難しいですからね」
エスコートする手を自然に差し出して、タガルニナは苦笑した。
子供っぽくむくれている場合ではなかった。
誰だ、「絶対『星の間』には寄っていけ」とか「ガンガン攻めるのヨ」とか「とにかく押して押して押しまくれ」とか言った奴────ロメロとシャーリー司令官だな。
イクシアは両手をグーにして「カンバってね!」と励ましてくれたし、あのイカコからも「頑張れよ。ジイは真面目だからな」とアドバイスされた。トミーは妖しげな薬を寄越そうとしてヴァリーリアンに叱られていた。珍しく司令室にいたユーリィからは「……健闘を祈る」と言われてしまい、驚きと共にエフェドラにしばかれないかと思わず彼女の姿を探し、いないことにホッとした。
唯一、ソフィーだけが「セイカはみんなのものなのに……」と残念がっていた。
どうも皆、この『星の間』でお目当ての相手と絆が深まったりしたらしく、最後のセイカ組も応援してくれているようだが──
「立てませんか? なら抱いていきますが」
「いえ! 大丈夫です!」
セイカは慌ててタガルニナの手に自分の手を置き、勢いよく立ち上がった。
女子なら『お姫様抱っこ』に憧れていると思ったら、大間違いである。エフェドラ×ユーリィやロメロ×イカコを見るのは楽しいが、セイカは自分がされるのは御免だった。
「……残念ですね。貴方が初めてこの世界に現れた時は、私の腕の中に落ちてきてくれたというのに」
あれは不可抗力である。日常でされるものではない。
「その節は大変お世話になりました!」
「なぜ話し方と立ち方が軍隊式なんですか、セイカさん。やはり抱いていった方が──」
「いえ! 帰りましょうそうしましょう!」
優雅にエスコートされている場合ではない。セイカはタガルニナに置いた手で彼の手を掴むと、出入り口に向かってずんずん歩きだした。
背後でタガルニナが静かに笑っている気配がする。
自分からは積極的に攻めるのに、相手から攻められるのは苦手なセイカだ。
この世界に喚ばれて、運動音痴が治って、初めて知ることばかりの一年だった。きっとこれから先も、驚きに満ちた日々になるに違いない。
その時、いつも隣にいるのがタガルニナであったらいいなと願う。
初めて訪れた帰りとは逆にセイカがタガルニナの手を引いて、煌めく星々に包まれた『星の間』を後にするのだった。




