星の間①〜イクシアとソフィー〜
宇宙政府軍に接収された〝悪ノ華〟のアジトだった黒くて長方形の巨大宇宙戦艦は、未だ月の外れにある都市の宇宙港に係留されていた。
乗組員は事情を最初から知っていた艦長と副長だけが捕らえられ、他は解放された。なので、ここ『星の間』までラウンジからドリンクや軽食の出前ができる。
イクシアの前にはクリームレモンソーダが、ソフィーの前には野菜ジュース(もろニンジン色)が置かれていた。
「ボク、一度はソフィーお姉さんの故郷に行ってみたいんだけど、ついていっちゃダメ?」
両手でグラスとストローを持って、イクシアは首をこてんと傾げた。
あざと可愛いわ……とソフィーは口の中で呟く。
「一角獣人の里なんて、『ゆめかわいい』のデザイナーなら絶対に行かなくちゃならないよ!」
グラスを置き、ソファーから立ってローテーブルに手をついたイクシアは、身を乗り出して熱弁する。
一角獣──ユニコーンは『ゆめかわいい』の代表的なモチーフだ。
「それに、お姉さんの生まれ故郷だし……」
強く出たと思ったら、両手の人差し指をツンツン合わせてモジモジするイクシアだ。
可愛すぎだわ……とソフィーはまた呟く。
「わたくしは構わないわ……けれど、仕事はどうするの?」
ソフィーも微かに首を傾げるので、美しい白銀の長い髪がサラリと肩からこぼれ落ちた。
元〝悪ノ華〟の大幹部をしていたソフィーは、故郷の人々を守るため、脅されていたことを加味されて、刑罰は『地球からの永久追放』となった。
「ボクね、『ゆめかわいいの伝道師』として生きていこうと思うんだ! 軍を辞めて、デザイナーとして、『ゆめかわいい』をもっと宇宙にひろめたいんだ!」
一転、再びイクシアは熱く決意を口にする。
「わたくしの故郷は田舎よ? 拠点にするには物が手に入りにくいわ」
宇宙政府より先に悪の組織に発見されたところからも分かる。他の星との交流もなかっただろうし、人類の殆どのルーツながら辺境惑星と呼ばれるこの地球より、田舎も田舎、ド田舎に違いない。
「うん。だからね、お姉さんの故郷には取材しに行くだけで、お店は通販に便利な中央に構えたいと思ってるんだ」
デザイナーとして生計を立てられないと否定されなかったのが嬉しくて、頬の緩むイクシアは自分の中で温めていた計画を話す。
中央とは、文字通り宇宙政府の中心の星だ。エフェドラが所属している宇宙政府軍中央情報部もそこにある。
「別に一等地にお店を開こうとか考えてないよ? 『ゆめかわいい』にピッタリの場所があったら、郊外でもいいし」
無機質な高層ビルが建ち並ぶ都市よりも、自然が溢れる郊外の方がむしろ合っているかもしれない。
金銭面では何の問題もなかった。退職金と特虹戦隊での活躍で貰った高額な給料、『ゆめかわいい』ブランド『ANIKA』で稼いだ分を合わせれば、かなり預金がある。
「そうね……郊外に敷地ごと、これでもかというほどメルヘンなお店を作るのもいいわね……」
斜め上に視線をやって、ソフィーはその様を想像している。
イクシアは「ここだ!」とチャンス到来を逃さず、両手をぐっと握って発奮した。
「それでね、提案なんだけど…………ソフィーお姉さんも、一緒にお店をやらない!?」
二人しかいない『星の間』に、イクシアの声が響く。
勢い余って、大きな声が出てしまった。
「お店を……?」
「あ、お店に興味なかったら、一緒に暮らしてくれるだけでいいよ」
イクシアはまたモジモジして、人差し指の指先をツンツン合わせる。
だけ、と言っているが、こちらが本命なのは明白だった。普段、強気のイクシアだが、何気なさを装って、一世一代の告白だった。
微笑ましくて、ソフィーはくすりと笑む。
「里の戦士は、わたくしだけになってしまったの」
「あ……そうだよね…………」
「でも、もう少し育てたら戦士と名乗れる子たちはいるから、滞在はそう長くはかからないわ」
「!」
「あなたはその間、里の色々なところやわたくしたちの暮らしを見て、スケッチしたり新作のデザインを考えたり、想像力を養うといいわ」
柔らかい表情で話していたソフィーは一転、深刻な表情になる。
「言っておくけれど、わたくしは料理の腕は壊滅的よ」
それは真実だった。
一角獣人の中でも飛び抜けて美しいソフィーは、壊すのは得意だが作るのはとんと苦手だった。ゆえに、戦士になった。しかも、誰よりも強い。里では残念美女でとおっていた。
「そんな! お姉さんに家事を担って欲しいなんて思ってないよ!」
「それならよかったわ」
「ボクも家事は苦手っていうか、物作りしてると寝食を忘れちゃうから、ハウスメイドさんを雇えば問題解決だよ!」
「あら、寝食を忘れるのは問題よ……」
ソフィーは「わたくしが気をつけていてあげる」と言い、イクシアの唇に戦士とは思えない美しく長い指で触れる。
黙らされたイクシアは、真っ赤になった。
「家の中の飾り付けや、ガーデニングには興味があるわ。メルヘンな家を薔薇や可憐な花々で埋め尽くして、宇宙一素敵な場所にしたいわね」
残念美女は実は少女趣味だった。故郷以外の世界を知らなかったソフィーは、人や場所によって『可愛い』が溢れている光景を見て、衝撃を受けた。その最たるものがイクシアだ。様々な人種・コスチュームの可愛い女の子達しかいない『乙女の花園』に入り浸っていたのも、半分は愛でたら歯止めが効かなくなる自信があるイクシアから離れるためだったのだ。
大きな黒目で艶やかな黒髪の美少女であるセイカも可愛いが、ソフィーのハートを撃ち抜いたのはイクシアだ。猫獣人の仲間で本人自体が可愛いし、服装も可愛いなんて反則だ。可愛いが溢れすぎている。
「お姉さんと仕事のためにもなる里帰りをして、それから中央の郊外に宇宙一カワイイ家を建てて暮らせるなんて…………夢かな?」
自分の想像を超えた嬉しい未来図を提案され、ついついイクシアは正気を疑った。
「夢じゃないわ……二人で現実にするのよ」
「二人で……」
ほらいらっしゃい、と引き寄せられたイクシアは、ソフィーのなすがままにソファーの隣に座らされ、膝枕の体勢をとらされる。
「えへへ」
猫耳の間、頭を優しく撫でられて、思わず笑い声を漏らしたイクシアは、喉をゴロゴロ鳴らした。
「可愛い猫ちゃんね……」
「ソフィーお姉さん、大好き……!」
星空が床にも壁にも映り、宇宙空間に浮かんでいるような『星の間』で、暫く二人はそうして幸せに過ごしたのだった。
その後、ソフィーは『乙女の花園』に寄りたいと希望した。
〝悪ノ華〟の大幹部だった者達は刑罰で、天の川銀河での単独行動を許されていない。ソフィーはイクシアの監視下に置かれることになっている。
挨拶もできずじまいで旅立つのは不義理だとイクシアも解っているので、渋々、本当に渋々、『乙女の花園』に顔を出すことにした。
そして案の定、毎週TVで活躍している姿を視聴してしても、二ヶ月強ぶりに生のソフィーに会えた女の子達は大はしゃぎだった。有名人を取り巻くファンのごとく女の子の壁がソフィーの周りにぐるりとできていて、全く近付けない。イクシアそっちのけである。
まあ仕方ないか、と諦めつつも頬を膨らませていたイクシアの隣に天敵、兎耳ピンクツインテールのメイド服の子がいつの間にかいた。
「アナタが〜、お姉さまを幸せにできるのかしら〜?」
ソフィーがイクシアを好いているのは、『乙女の花園』で働く女の子達には一目瞭然だった。わざと冷たい態度をとっていたのもお見通しで、知らぬはイクシアばかりなり、だったのだ。
ゆえに二人がこれからも一緒にいることに、何の疑問も浮かばない。
「ふん、当たり前だよ! これからもボクは努力するからね!」
イクシアはツンと顎を上げる。
「まあ〜、答えとしては合格ね〜」
「なにその上から目線! キミっていっつも失礼だよね!」
「お店を開いたら〜、お姉さまが幸せでいるか〜定期的に〜チェックしに行こうかしら〜?」
「いらないよ! 来なくていいよ!」
「あら〜? 見られたらまずいの〜? 自信がないのかしら〜?」
「そうじゃないよ! ぐぬぬ……」
最後まで視線と視線の間に見えない火花をバッチバチに散らしてしまう、イクシアと兎獣人の女の子だった。




