和解
「ええっ!? 〝緑の指〟って三十二話あたりから味方だったのっ!?」
フリースペースにいたイクシアはそれを聞いて驚き、作業台に手をついて、その場でピョンピョン飛び跳ねた。
「といいますと、公式フォトブックの一冊目が発売された頃ですか」
同じく自分のフリースペースでセイカの勉強をみているヴァリーリアンは、眼鏡のブリッジを押し上げて、レンズをキラリと光らせた。
話題に上っている〝緑の指〟改め、ユーリィ・バートン・ハードハックは今、司令室にはいない。ではどうしているかというと、〝悪ノ華〟のアジトでエフェドラに拉致されてから秘密基地へ連行されて以来、彼に割り当てられた部屋に監禁されている。
軟禁ではない。そう、監禁だ。
エフェドラが「時期が来たら吐かす」と宣言していたとおり、彼女は機を見て彼をこの秘密基地に誘き寄せ、尋問の末、〝緑の指〟になった経緯が明らかになった。
それによれば、彼の場合、脅されたり弱みを握られてやらされていたのではなく、故郷の星を出た後はとある事情で自暴自棄になっており、流れ流れて気がついたら秘密結社〝悪ノ華〟の大幹部〝緑の指〟なんてものに収まっていたという。
明確な悪意はないが、侵略を計画・実行していたのも事実。途中でエフェドラの罠に掛かり、寝返らされて、彼女の部下では入手できない有閑令息達の悪事の動かぬ証拠を集めていた。そしていよいよ身の危険が迫ったので、エフェドラに姫抱っこでアジトから連れ去られた。
彼が入手した有閑令息達の情報は大いに役立つ物だが、それでも罪が差し引きゼロになるのは難しいらしい。なので、扱いが厳しめだ。
エフェドラ曰く、司令室に顔を出すには「躾が必要だ」とのこと。
おそらく『ドMが憧れて止まないノルトヴェルガー少佐』が直々に、調教していると思われる。補佐はエフェドラの副官、天使のごとき美貌のミヒャエル大尉だ。セイカの元いた世界では、大人の世界である。誰もが深くは突っ込まなかった。
「えー! セイカと司令官は知ってたんだ〜」
「はい。すみません……」
「セイカちゃんは悪くないワ。司令官とリーダーが知っていないと、エフィの勝手な行動になっちゃうデショ?」
軍人としてソレは不味いわよネ〜と諭すシャーリー司令官は、右肘を左手で支え、頬に人差し指を添えた。
今日もセイカのフリースペースにあるソファーに座り、巨大なクマのぬいぐるみを抱き締めているソフィーは、「ズルイ!」と唇を尖らすイクシアを眺めて「可愛いわ……」と呟いている。
「では今日のお勉強はここまでにしましょう」
「はい。ありがとうございました」
ヴァリーリアンに「かなり早めに進めたので、もう少しで修了ですね」と言われ、戦いが終わる時までに間に合うようにしてくれていたのだとセイカは悟る。
「セイカ殿、少々よいかの」
勉強道具を片付けていたセイカに、〝黄の庭師〟改め、トミー・J・ナイトシェイドが声をかけた。
「はい、なんですか?」
一緒にイカコとタガルニナもいて、セイカは首を傾げる。
「おぬしには正式に謝らねばならぬと思うてな」
「……私も、失念していた。〝黄の庭師〟より先に秘密基地に来ておきながら、なんと無神経な。アジトに現れた最初の日、ジイが代わりに謝ったと聞いた。だがそれでは駄目だ」
トミーはソファーの横に立ったまま、イカコはローテーブルの横で片膝をつく。その背後にはタガルニナが立ち、見守っている。
「この世界に勝手に喚び出したこと、深くお詫びする」
「実行したのは私だ。謝って許されるものではない。こちらの自己満足と取られてもいい。謝罪させてくれ。すまなかった」
セイカに向かってトミーとイカコは頭を下げた。
こちらの世界では今や日本人でも滅多に頭を下げないという。だから始めの頃は、セイカの態度はよく驚かれたものだ。懐かしい。
兎にも角にも、この二人は最大級の謝罪をしている状態だ。セイカが何かを言わないと、頭を上げやしないだろう。
司令室の隅で三人が話し合っていると思ったら、これだったとは。
「解りました、謝罪は受け取ります。頭を上げてください」
セイカの言葉にトミーとイカコはそのとおりにするが、声音からまだ終わっていないと感じとって体勢はそのままだ。
そんな二人を交互に見て、セイカは語る。
元の世界で自分は、酷い運動音痴だったこと。けれども大好きな番組の、ヒーローのスーツアクターになりたかったこと。叶うはずがなかった夢が、この世界に来て現在進行形で叶っていること。
かつて仲間に、タガルニナに説明したように。
「ですから、別に困ってはいないのです。進みすぎている文明の利器に戸惑ったりするくらいで」
最初は宙を飛び交う車に唖然としたり、特撮のロケ地が秘密基地からすぐ行ける範囲にあって不思議だった。しかし、そういう世界と割り切れば、簡単に宇宙に出られるし、地球を宇宙から眺められるし、便利な生活道具はあるし、良い面しかない。
なにより、シャーリー司令官をはじめ、特虹戦隊の仲間達に出会えたことが奇跡に思えるから。
「こちらの世界に喚んでもらって、感謝してもいいくらいです」
なるべくゆっくりと、噛んで含めるようにセイカは素直な気持ちを告げた。
「…………私に出会えたことは含まれないのですか?」
イカコの背後に控えていたタガルニナが不満を湛えて口にした。
まさかの発言だったのか、イカコはぎょっとして振り向き、自分の従者を凝視している。
「え!? そ、そうですね! ルニーさんから素顔のザッソー兵の皆さんまで、〝悪ノ華〟のアジトで知り合った人達とも出会えて嬉しいですよっ!?」
「ザッソー兵の方々と横並びですか……。やはり彼らと仲が良いのですね」
「ええっ!? なんでそうなるんです!?」
相変わらずタガルニナがザッソー兵との仲の良さを疑ってくるので、セイカは慌てる。
「くっ……くくく」
「? イカコさん?」
「ははははは!」
下を向いたイカコが肩を揺らせているので、心配したセイカが声をかけると、今度は上を向いて高らかに笑った。
「流石はレッド、魔法陣に選ばれし、我等がリーダーだ」
「!」
「敵だった者を味方に加え、あまつさえ異世界に誘拐した罪を問わず、逆に感謝しているなどと説き伏せる。若いのに落ち着き払って語る様は、まさに泰然自若。次代の惑星王だというのにロメロに手玉に取られている私など、足元にも及ばん。器が大きいにも程がある。
だが、ジイとのやりとりは年相応だな。安心した」
明るい表情になったイカコは立ち上がり、
「ジイ、頑張れよ」
と、タガルニナの肩を叩いて、ロメロのフリースペースへ去っていった。
「若…………」
地球の特定の国で『肩を叩く』とは『退職勧告』を意味するが、彼等の文化でも同じだった。つまり、戦いが終われば罪を問われ、次代の惑星王で王子の身分を剥奪されるだろうイカコは、タガルニナを従者から自由にすると伝えたのだ。
そうと知らないセイカは、感慨深く主を見ているタガルニナに首を傾げる。
「ううむ。こちらに召喚されて、運動神経が生き返ったとはの」
「それだけでなく、セイカさんの持ち物も真新しくなっていましたよ」
「なんと! それは一考の余地があるの!」
「そういうふうに魔法陣を作ったのではないのですか?」
「いや、全く折り込んでおらん。魔法陣には『レッドに最適な人物』の『純日本人』を召喚するよう術式を組み込んだだけのじゃ」
トミーはヴァリーリアンの隣に座って腕を組み、考え込んでいる。もちろん足は床に届いていない。安定の合法ショタぶりである。
セイカを喚び出す魔法陣を作成したり、危ない薬品で敵味方関係なく攻撃したり、〝悪ノ華〟に所属している理由が「自由に研究できるし金を出してくれるから」なあたり、〝緑の指〟以上に罪を問われてもいいものだが、彼はヴァリーリアンの監視下に置かれているだけだった。
悪意が全くないのと、監視者がヴァリーリアンだからこその違いか。〝緑の指〟が後で知ったらブチギレそうである。
「それはそうと。セイカ殿」
「はい」
「なにか要望はないかの? せめてもの詫びとして、わしに出来ることがあれば力を尽くすがの」
組んだ腕を解き、両手でソファーの縁を握ったトミーは、脚をぶらぶらさせながら訊いた。
「要望ですか…………」
今度はセイカが腕を組んで考える。その隣にタガルニナが座った。
ソファーの沈み具合や右側の存在感──少し間が空いていても伝わってくる体温に思考が乱されるが、セイカは懸命にトミーに出来そうなものを探して、意識を集中させる。
「あるといえばあるのですが」
「なんじゃ? なんでも言うてみよ」
「手紙でいいので、わたしが運動神経抜群になって、こうして元気で暮らしているとむこうの家族に伝えられると嬉しいのです……」
ローテーブルを挟んで斜向かいに座るトミーを見て、セイカは不安げに申し出た。
「ほう。自ら戻るのではなく?」
「はい。薄情に思われるかもしれませんが、わたしはこの世界にいたいです。まだ一年弱ですが、かけがえのない仲間や知人が沢山できました。別れは来ますが、世界線を越えたくはないです。こちらにいれば、また会える日もあるでしょうから」
セイカは胸の下あたりで両手を組み合わせて訴えた。
それを聞いた皆は感激し、「セイカ……」「セイカさん……」「セイカちゃん……!」と口々に呟いた。イクシアなどはレッドのフリースペースを飛び越えて「誰も薄情なんて思わないよ!」とセイカをギュッと抱き締め、背後のソファーで巨大クマと共にいたソフィーも背凭れ二つを越えてイクシアごとセイカを抱き締める。
二人に体重をかけられて支えきれないセイカは、隣に座っていたタガルニナに寄り掛かってしまうが、彼は不動の安心感で受け止めてくれていた。
「解った。手紙じゃな?」
トミーは頷き、
「それならセイカ殿の持ち物と一緒に、送れるかもしれぬ。無論、こちらに来て物が真新しくなったのと同じで、手紙の内容が消えてしまってはいかん。そうならぬ魔法陣を作る必要があるな」
と、懸念材料を正しく理解し、力強い瞳になった。
「よし、研究するものが出来たの! ラボを閉鎖してきて、秘密基地にはなにもないしヒマだったのじゃ。セイカ殿、感謝するぞ!」
「張り切るのはいいですが、手紙だけですよ。魔法陣は最小でお願いします」
「うむ。セイカ殿やわしや他の誰かが呑み込まれんように、細心の注意を払うのは当然じゃ。それに小さい物なら寝込むのも三日程度で済むじゃろう」
スタッとソファーから降りたトミーはセイカに両手を差し出して、
「して、セイカ殿。手紙と共に送る持ち物を一つ、くれんかの? 元の世界から持ってきた物なら、なんでも座標の指針になるはずじゃ」
と言った。
セイカは暫し考えて、スカートのポケットからある物を取り出す。
「これなんてどうでしょう? 使い古していないので、真新しくなっていても不審に思われないのではないかと」
トミーに差し出したそれは、綺麗に折り畳まれたハンカチだった。プリントされている絵は、元の世界で観るのは最後になった戦隊ヒーローだ。子供用なので、ひろげるとちょっと小さい。
セイカはこれを使用せず、お守りとして常にポケットに忍ばせていた。
「ふむ。ハンカチーフとな」
「叔母に貰った物です。わたしの名前を油性ペンで書いておけば、より確かな証になりませんか?」
「それは良い。サイン入りとなれば、更に強力なアイテムになるはずじゃ」
「では早速、名前を書いちゃいますね」
学生鞄にしまったペンケースを取り出して、テーブルに染みないようにメモ帳を敷いてその上で、黒の油性ペンでハンカチの四隅の白地の一部分に『大茴香セイカ』とフルネームを書き入れる。
「はい、できました」
「うむ。預かった。手紙はゆっくり認めるとよい」
しっかり両手で受け取って、トミーは背後ソファーに尻からピョンと飛び乗った。
「ねえ、アタシ達の写真を撮って何枚か同封しない?」
「はいはーい! 司令官の提案に大賛成ー!!」
「少佐とか映ってたら、逆に心配させないか?」
「セイカさんと交際の許可は……とれないですよね」
「? なにか言いましたか? ルニーさん」
「いえ……なんでもありません……」
司令室ではその後、同封する物について大議論が繰りひろげられた。
そんな光景をセイカは終始、幸せそうに眺めているのであった。




