魔王、襲来!
その日、〝悪ノ華〟のアジトは蜂の巣をつついた状態になった。
「ちょっ……お嬢ちゃん! 降ろせっ……!」
通路の奥から何やら揉めた声と複数の靴音が近付いてきて、ラウンジにそれが現れたところで騒ぎの熱は最高潮に達した。
ノルトヴェルガー少佐が、無駄な抵抗を試みている〝緑の指〟の旦那をお姫様抱っこして、堂々と連れ去ろうとしているではないか!
「おいおい、立哨のヤツは何やってたんだ?」
「いや、毎週レッドさん達は来てるんだ。少佐だけ入れないのはないな」
「だいたい少佐を止めるとか、ムリだろ」
そうなのだ。
最初、アジトの出入り口で立哨していた素顔のザッソー兵はそれを見た時、幻覚かと思った。なぜなら『あのノルトヴェルガー少佐』が部下を背後に何人も従えて、PVさながらにこちらへ歩いてくるのだ。
茫然としている間に目の前まで来たエフェドラは、「ユーリィ──〝緑の指〟は、いるか?」と自分に問いかけた。
声が出せず、こくこくと何度も頷く。もう一人の見張り役は未だ唖然としてエフェドラを見上げている。
「そうか。ご苦労」
いつもの宇宙政府軍中央情報部佐官の制服にコートを羽織った出立ちで、男の自分達をも見下ろす宇宙一カッコイイ隻眼のエフェドラは、労いの言葉をかけて先に進む。
初めて訪れたはずなのに、足取りに迷いがない。
見張りの相棒は「少佐に労われちゃった……!」と悦んでいるが、そんな場合ではなかった。役に立たないそいつは放っておいて、すぐさま艦内に「魔王、襲来! 魔王、襲来!」と緊急放送を入れた。
それを聴いてざわつく艦内を、エフェドラは颯爽と部下を従えて進み、最短ルートで目標の〝緑の指〟を確保し、現在に至る。
「お嬢ちゃん、降ろせと言っているだろう!」
膝裏と背中をがっちりホールドされている〝緑の指〟は、口でなんとか抵抗している。
「あの状態でもまだ少佐を『お嬢ちゃん』扱いしているぞ……」
「流石〝悪ノ華〟一、ドMの旦那……」
「どうしたらいいんだ? 止めるべきか?」
「あの軍団に対抗できるヤツはいないだろ……」
「副官のミヒャエル大尉を除く『ノルトヴェルガー十傑』が揃ってるぜ」
こそこそ囁き合う素顔のザッソー兵達は、宇宙政府軍のPVを観ている気分になってきた。
そんな中、ラウンジを突っ切る途中で足を止めたエフェドラは、頑是ない子供を黙らすように〝緑の指〟に星銀の瞳を向ける。
隻眼でも間近で目が合うと威力が凄い。端的に言うと美形がすぎる。心臓に悪い。
「貴方も強情ですね。暴れると落としますよ」
「………………」
やる。エフェドラはやると言ったらやる。ドSに慈悲の心はない。
「私の首に腕を回して、寄り添いなさい」
「…………」
ドSな部下を従え、『全宇宙の極悪人どもをも恐れさす、拷問のスペシャリスト』の象徴である宇宙政府軍中央情報部の軍服姿のエフェドラに命じられ、誰が逆らえるだろうか。
カッコイイ上にその言動。ズルくはないかと〝緑の指〟は心の中で悪態をつく。それから黙って渋々と、両腕をエフェドラの首に回した。必然、頭部を彼女の肩に寄せることになる。
「くっ。なんて羨ましい……!!」
「衆人環視の羞恥プレイか……!」
「おれも少佐に抱っこされたい!」
「命令されたい!」
「くっつきたい……!!」
破れるくらいの勢いでハンカチを咬んで悔しがっているのは、銀班のメンバーだ。ついにアジトで会えて嬉しいやら、〝緑の指〟に嫉妬するやらで、感情の起伏に忙しい。
そうして素顔のザッソー兵達はノルトヴェルガー部隊の急襲を防げずに、『結社の常識(笑)』で計略担当の大幹部〝緑の指〟をあっさりとお持ち帰りされた。
「終わったな」
「ああ、やっぱり終わりだったな」
かつてエフェドラがアジトに来てくれないと嘆いて、でも現れたら最後な気がしねえ? と言っていたが、本当にそのとおりになった。
「ところで、どーして緑の旦那は連れ去られたんだ?」
「さあ?」
嵐のごとく過ぎ去っていったエフェドラ達の真意が分からずに、素顔のザッソー兵はみな首を傾げるのだった。
「すみません。少佐が先に行くと仰るので……」
驚きましたよね、と気遣うセイカに素顔のザッソー兵達は癒された。
今日も相変わらずロリータファッションの美少女である。
しかし、〝白の廃園〟もいなくなった今、アジトに来る必要はない。だというのに、ヴァリーリアンとロメロと一緒に訪れた。ラウンジにはいるが、席に着く様子はない。
「なんじゃ。わしを保護するじゃと?」
「ええ。ここにいると危険です。〝緑の指〟に言われた数のプラントロイドは造り終えているのですよね?」
ラボは閉鎖してきましたか、とヴァリーリアンに問われて〝黄の庭師〟は頷くも、怪訝な顔をしている。
「もうすぐ抜けた大幹部の穴を補うための傭兵達がやって来ます。貴方が奴等に乱暴でもされたらと思うと……とても残してはおけません」
「そうなのか? ザッソー兵ども」
「はあ。新しい幹部というより、強力な戦士を送ると連絡はありましたが……」
素顔のザッソー兵も詳しくは把握していなかった。
「『宇宙のならず者』と有名な男達です。少佐の情報に間違いはありません」
なるほど、その筋の情報なら確実だ。素顔のザッソー兵達は納得した。
「その様な者どもなんぞ、ポーションで蹴散らしてやるが」
「多勢に無勢、転ばぬ先の杖という諺が日本にあります。秘密基地で貴方を心配していると、食事も喉を通りませんし、安心して眠れもしません」
ヴァリーリアンは膝をついて〝黄の庭師〟に目線を合わせ。
「貴方に何かあったら、僕が嫌なのです」
〝黄の庭師〟の両手を掴んでの懇願だ。切実さが嫌でも伝わってきた。
「……しょうがないのう」
〝黄の庭師〟は溜め息をつき、
「セイカ殿はそれでいいのかの?」
と、ロメロと少し離れて見守っていたセイカに訊いてきた。
突然話を振られて目を丸くするも、その心を察したセイカは破顔する。
「もちろんです。でなければここに来ていませんよ」
今度は〝黄の庭師〟が目を丸くする番だった。驚いて暫くセイカを見つめていたが、
「……そうか。ではリアンの言う通りにするかの」
と、再び息を吐き、目を閉じて言った。
「よかった! これで安心して眠れます!」
喜色を浮かべたヴァリーリアンは、両手を掴んでいた〝黄の庭師〟を思わず抱きしめた。
「これ、リアン」
いつも冷静なヴァリーリアンがぎゅっと抱きしめて離れない。
他人に遠巻きにされるのが常で、触れ合うことなどほぼ無いに等しい〝黄の庭師〟は戸惑った。けれどもこれはヴァリーリアンが甘えての行動ではないかと理解して、自分にひっついている彼の美しい水色の髪を優しく撫でる。鰭型の耳に手を引っかけないよう注意しながら。
「ザッソー兵の皆さんには、残り四回の内、最終回を除く三回、なんとか頑張ってもらいたいのですが……」
心配そうなセイカに続いてロメロは助言する。
「いいか、ユー達。新しくやって来るヤツらは『宇宙のならず者』だ。ヤツらには専用の宇宙船があるから、荒らされたり暴力を振るわれたくなかったら、アジトには断固として入れない方向でいけ。週一の襲撃の日に、プラントロイドと共に従うだけでいい。普段は乗り込めないようタラップはなるべく閉じておき、出撃時にのみ使用するんだ」
ザッソー兵達とこのアジトの乗組員を保護したいのは山々だ。でもそれは、現実には難しい。
巨大戦艦を鹵獲して、ザッソー兵や乗組員を捕虜とするなら話は別だが、今はその時ではない。
「解りました。あと三回、頑張ってみます」
「貴重なアドバイスをありがとうございます」
ザッソー兵でも班長を任されている者達は、神妙に頷いた。
〝緑の指〟がエフェドラに拉致されて、〝黄の庭師〟をヴァリーリアン達が迎えに来た理由が分かった。それほどの危険が迫っているということだ。
「では、僕たちは行きます」
ヴァリーリアンは〝黄の庭師〟の小さな手を握って立ち上がった。
「危険を極力回避して、頑張ってください」
セイカは両手を握って声援を送る。
素顔のザッソー兵達は「了解っす!」「任せてください!」と元気よく応える。レッド様に励まされて彼等のやる気は漲った。
「健闘を祈る」
普段の軟派な雰囲気は消したロメロは至って真面目に言って、セイカ達とアジトを後にした。
「ヒーロー様に心配されるとは」
「マジでヤバイのが来るらしいな」
「じゃあ、俺たちの本領発揮といこうじゃないか」
オレンジ班の班長が左手に右拳をパンと打ち付けて気合いを入れる。
「そうだな。おれ達は『選ばれし下っ端』だ」
「おう。ここでやれなきゃ雑草魂が廃るぜ」
天文学的倍率の役を勝ち取り、一年近く戦い、非番にはヒーロー達と交流してきたザッソー兵達にもプライドがある。
最初で最後の試練となるだろうこの時、弱気になる者は一人としていなかった。
「全てはヒーロー様方が格好良く在られるために!」
『全てはヒーロー様方が格好良く在られるために!』
ザッソー兵の若者達は素顔でも、銀班の班長──1号がスローガンを叫ぶと、全員が基本のポーズをとって力強く唱和した。




