ソフィーは意外と脳筋
「もうっ! 今週はやっと〝青の薔薇〟と〝白の廃園〟の故郷を救えて、味方に引き込む作戦を実行するのよ! なのに肝心のロメロが記憶喪失ってどういうこと!?」
司令室にシャーリー司令官の悲鳴が響く。
「〝白の廃園〟担当のセイカちゃんだけじゃ、ダメなのよ! 主人の〝青の薔薇〟の気を変えさせなきゃ!」
「そうですね。まさかここにきて、ロメロがこんな有り様になるとは」
「一年近くの努力がムダになっちゃったじゃん!」
叫ぶシャーリー司令官に続いて、ヴァリーリアンは眼鏡のブリッジを中指で押し上げ冷静に毒舌を吐き、イクシアは容赦なく駄目出しした。
「ユー達、遠慮がないな。オレは一応、病人なんだが……」
言いたい放題の『仲間』と教えられた人々に、在りし日の自分がどう扱われていたのか解ろうというものだ。ロメロは己が可哀相になってぼやいた。
「わたくしの蹴りをお見舞いしましょうか? きっと一撃で戻りますわ」
「いえ、それは原因が判ってからにしましょう」
こちらは物騒である。セイカの横に椅子を持ってきてピッタリくっついているソフィーは、儚げで美しい容姿に似合わず脳筋……過激思考だった。
セイカも止め方が雑である。
月で〝青の薔薇〟に保護されたロメロはあの後、駆けつけたセイカとイクシアに引き渡され、秘密基地に帰ってきた。そして特虹戦隊の医師にも診せて、正式に記憶喪失と診断が下された。
記憶が抜け落ちているのは、シャーリー司令官が特虹戦隊にスカウトした辺りから、月に行く今日のシャトルに乗り込むまで。
では、どこで記憶を失う出来事があったのか。
範囲は今日、秘密基地を出た頃から宇宙港でシャトルに乗る前くらいと判っている。特虹戦隊は総動員して宇宙政府軍の特権で、あらゆる場所に設置されている防犯カメラの映像をチェックし、原因である場面を数分で探し出した。
決定的瞬間は、こうだ。
とある商店街の裏道を歩いていたロメロは、その先で遊んでいる子供達の脇に山積みになっている木箱が崩れるのを見た。ロメロは咄嗟に走り出し、数個は蹴ったり殴り飛ばしたりして粉砕したが、それだけでは間に合わず、木箱の山の一番近くにいた子供を身を挺して庇った。大人で鍛えてもいるロメロが木箱が当たったくらいでダメージを受けはしないが、運悪く中身が入った重たい物もあって、そいつが頭に角から直撃したのだった。
「それにしちゃあ、カウボーイハットは無傷だな」
ロメロは被っていた帽子を繁々と眺める。
「皮膚が切れて血が出ていても、着ている服はなんともないという経験は、掃いて捨てるほどあります」
「そうなのか?」
「ええ。私は元いた世界ではとんでもない運動音痴だったので」
経験者のセイカは語る。
すっ転んであちこち擦り剥くのは日常茶飯事、その度に服は傷んでいないのを不思議だがお得だと思っていたものだと。
ロメロの場合、脳内出血していないのが幸いだ。
医師の見立てでは、記憶は次第に戻ってくるらしいが、のんびり構えていられない。
ロメロとしても、待ち望んでいた時が来たというのに……。
「催眠療法ヨ! 今すぐ取り掛かって!」
専門医が到着したとの連絡が入って、シャーリー司令官はロメロの医務室ゆきを命じた。記憶喪失の一つの治療法として、催眠療法で思い出せるように促すのだそうだ。
「だから、わたくしの蹴りを……」
「脳は繊細ですからね? 更に記憶を無くす危険があります」
「そう……?」
ヴァリーリアンに釘を刺されても、納得していないソフィーだ。
一角獣人の戦士である美貌のお姉さんは、なんでも力業でどうにかなると思っている節があった。
催眠療法の結果は、芳しくなかった。
施したからといって、すぐに結果が出るものではない。周りが圧力をかけて、焦らせるのが最も良くないとも医師に注意された。
結局、ロメロの失った記憶はそのままである。
今週は〝青の薔薇〟が出撃する番だ。こちらの事情を慮って、ギリギリまで攻めてこないかもしれない。
しかし、敵にそんな期待をするのはヒーローとして情けない。
「憶えるのヨ! ナニがナンでも最低限、コレだけは!」
シャーリー司令官は治療中に作っておいた資料をロメロに押し付ける。
忘れてしまったのなら、新たに憶えるしかない。
「でないとアナタ自身が後悔するワ! 今週のその日のために、アナタは頑張ってきたんだから!」
仲間の紹介から、ロメロがこの一年弱、特虹戦隊の戦士としてどんな活躍をしてきたのか、ちょっとした小冊子に纏められていた。早い。シャーリー司令官の部下に対する愛を感じる。
ホラホラそこがアナタの寛ぐ空間だからリラックスして目を通しなさい、とロメロの背中を押して、フリースペースのソファーに座らせた。
「まずは写真集を見てください。カラーの写真ばかりですし、当時のインタビューも載っていますから、想像しやすいかと」
ヴァリーリアンが言うように、ローテーブルの上にはソファーに向けて『特虹戦隊ディヴァースⅤ 公式フォトブックvol.1』が置いてある。傍にはいつも飲んでいるブラックコーヒー入りのマグカップもあった。
仲間達の用意もいい。
実際、敵のアジトに行くなんて前代未聞の提案をしたのはロメロで、〝青の薔薇〟に対する頑張りはみんなが知っていた。待ちに待ったこの週だ、少しでもいい、〝青の薔薇〟だけでいいから思い出してほしいのだ。
「そもそもなんで、あんなトコ歩いてたのさ?」
イクシアは『ゆめかわいい』服等を製作しつつ話を振る。変わらない光景を見せるのも記憶が戻るきっかけになるかも、との心遣いだ。決して口には出さないが。
「ああ、賞金首はどこでも〝裏〟にいるからな。その癖だな」
ロメロは革張りのソファーに腰掛け、ヴァリーリアンが勧めた写真集をぱらぱら捲りながら答えた。
「子供達を助けた後、月に行ったのはなぜですか?」
セイカは〝青の薔薇〟がいるから無意識に、とかを期待して質問したが、
「路地裏にいた情報屋に、手配書を見るならいい酒場がある、と聞いたからだ」
と、ロメロの口から出た理由はロマンスのロの字も無かった。がっかりだ。
確かに子供を助けた先の防犯カメラには、これといった特徴の無い男と話しているロメロの姿が写っていた。
「子供を助けたのはヒーローらしいけど、代償が大きかったわネェ」
左手で右肘を支え、右手を頬に添えてシャーリー司令官は小首を傾げる。
こんなに科学が発達した世界でも記憶喪失は簡単に治せないんだなぁと思い、セイカは言う。
「起きてしまったことはどうしようもありません。わたし達は今の状態のロメロさんでも〝青の薔薇〟を正しく導けるよう、全力でサポートしましょう!」
「だね。それしかない」
「ええ、承知しました」
「わたくしの蹴りが必要ならすぐに言ってね……リーダー」
セイカの腕に巻きついているソフィーは、まだ力業での解決方法を諦めていなかった。
そんな騒がしい六角テーブルの後方、西部劇風のフリースペースでは、ロメロが自分と〝青の薔薇〟が一緒に写っているページをじっと見つめていた。




