ユーは誰だ?
彼を見つけたのは、運が良かったとしか言いようがない。
ここは月面の外れ、〝悪ノ華〟のアジトとなっている巨大な宇宙戦艦が係留されている宇宙港がある都市の、歓楽街だ。
「おい、貴様」
〝青の薔薇〟はどんどん進んでゆく男の背中に声をかける。が、男は足を止めない。
「そこの貴様、待て」
更に声をかけたが、男は自分のことだと思っていないのか、振り向きもしない。
ムカッとして、〝青の薔薇〟は大股で先をゆく男の手首を強引に掴んだ。
「貴様、こんなところでなにをしている?」
漸く足を止め、自分を見た男に、〝青の薔薇〟は詰問した。
アジトから何気なく都市の方面へ視線をやった時、知った顔を見つけた。その時は「また来たのか」と呆れた。だがよく考えれば、戦いがあった後ではない。
今週は自分達──〝白の廃園〟を伴った〝青の薔薇〟が地球へ侵攻する番で、まだ実行していない。それに男は一人で、仲間の姿もなかった。
なにか変だと感じた〝青の薔薇〟は、早足の男──ロメロを追ってここまで来てしまった。
「おっと、これはこれは」
ロメロは〝青の薔薇〟を目にして「ヒュ〜」と口笛を吹く。
「なにかオレに用か? 美青年」
「は? 貴様、ふざけているのか?」
〝青の薔薇〟は眉間に皺を寄せた。
「んん? ふざけちゃいないさ」
ロメロはお馴染みの牛柄のカウボーイハットの鍔を人差し指と中指の二本で少し上げ、
「ところで。ユーは誰だ?」
と、有り得ない発言をしたのだった。
「あん? 記憶喪失?」
なんでもいいからついて来い、と一方的に掴んだ手首を引っ張ってアジトに戻った〝青の薔薇〟は、巨大戦艦に驚いたり素顔のザッソー兵達を目にして「美形だらけだな。新しい店でユーは客引きか?」などと大変失礼な物言いをして業腹ものだったので、医務室へ直行して医師にロメロを診せた。
「やはりな……」
ロメロ本人は首を傾げているが、〝青の薔薇〟は至極納得した。
これまで「貴様」で通して名前を呼ばなかったとしても、無視するロメロではなかった。彼は大人で、意地っ張りな自分を大きな懐で受け止めてくれる。
「とりあえず、貴様の仲間を呼ぶ。引き取りに来るまでここで大人しくしていろ」
「仲間? オレは誰とも連まない賞金稼ぎだぜ?」
「それは前職だ」
〝青の薔薇〟は素顔のザッソー兵に特虹戦隊へ連絡を入れろと命じた。
「おい、どこへ行く」
ロメロが出て行こうとするので、〝青の薔薇〟はドアの前に立ちはだかる。
「賞金首のリストを見に行くのさ。オレは賞金稼ぎだからな」
さも当たり前のようにロメロは言った。
この宇宙港から程近い歓楽街には、宇宙中の賞金首のリストが見られる酒場がある。オンラインでどこでもそれは見られるが、そういう場所にわざわざ足を運ぶのは、情報を得るためだ。ネットに書かれている情報より信用でき、また、ネットでは得られない思わぬ情報が手に入ることもある。
「…………歓楽街にいたのはそのせいか」
視線を床へ落とし、〝青の薔薇〟はぼそりと呟いた。てっきりやましい目的があって向かっているのかと邪推し、ちょっと──いや、結構ムカムカしていた。
「うん? なんだって?」
「な、なんでもない! とにかく病人はじっとしていろ!」
「おおっと」
〝青の薔薇〟はロメロをベッドへ連れて行き、突き倒す。その拍子にロメロが〝青の薔薇〟の腕を掴んでしまい、押し倒したみたいな体勢になった。
「積極的だな。オレは医師は気にしないが、いいのか?」
「ばっ……! そ、そいうのじゃない! 勘違いするなっ!!」
「ウブな反応だな…………可愛いぜ」
「ちょっ、は、離せっ!」
覆い被さっているのは自分の方なのに、主導権は完全にロメロにあった。決して掴んだ腕は離さず、もう片方の手を顎に添えてキスしてこようとするので、〝青の薔薇〟は必死で自由な右腕をベッドに突っ張って阻止すべく頑張る。
「こらこら、ワシを無視するでない。ここは病人専用じゃ。そういうのは余所でやれ」
〝黄の庭師〟とは質感が異なるモコモコの白い髪の毛で目が隠れ、巻き角が頭の左右に生えている羊獣人の医師が、呆れた声をかけてきた。
「余所でもやらぬわ!」
「つれないな、美青年」
「貴様、美形なら誰でもいいのか!?」
とうとうキレた〝青の薔薇〟は本気でロメロの頬をひっぱたいた。
「私が誰だか忘れたくせに……!」
自分を見知らぬ青年として扱っているのに口説いてくる。素顔のザッソー兵達は確かに美形だが、ここが客商売の店なら色目をつかうのか。
どうにも怒りが収まらず、ベッドの脇に立った〝青の薔薇〟は拳を握る。
「美青年……」
ロメロは今にも泣き出しそうな〝青の薔薇〟の様子に、己の失態を悟った。彼にそんな辛そうな顔をされると、なぜか胸が痛くなる。
「……美青年ではない、私は〝青の薔薇〟だ」
「〝青の薔薇〟…………オレは、ユーをどう呼んでいたか、教えてもらえないか?」
「…………『殿下』と……」
「殿下…………、ユーは高潔な青年なんだな。悪かった」
ベッドに腰掛けたロメロは、俯いている〝青の薔薇〟の頬にそっと手を伸ばす。
と、そこへ。
「記憶喪失のロメロ・ザ・ハートブレイカーを保護しただと? 何の冗談だ」
「それがホントなんすよ」
数人の足音と共に声が聞こえてきて、医務室に現れたのは〝緑の指〟と〝白の廃園〟、そして二、三人の素顔のザッソー兵だった。
「…………本人だな」
ロメロの姿を視認して片眉を上げた〝緑の指〟は、さっさと医師に事情を聞きに行った。
「若、大丈夫ですか」
〝白の廃園〟は逸早く〝青の薔薇〟の側に来て、心情を気遣う。
彼の主は頬に添えたロメロの手に自分の手を重ね、もう一方の手で膝に手を置いているロメロの腕の袖口を握っている。
「……特虹戦隊へ連絡は」
「は。完了しております」
「すぐに引き取りに来るそうっす。だいぶ慌ててたっすよ」
「…………そうか」
袖口を握る手にギュッと力が入った。
「ロメロさん、私や彼らも誰だか分かりませんか?」
一緒にやって来た〝緑の指〟や素顔のザッソー兵を示して、〝白の廃園〟は質問する。
「……ああ、すまない」
「いいえ、謝る必要はありません。貴方も不安でしょう」
〝白の廃園〟のその言葉に、〝青の薔薇〟はハッとした。
そうだ。自覚がないのに記憶喪失と言われ、見知らぬ場所で見知らぬ者達に囲まれているのだ。困惑していないはずがない。
「できましたらここで、若──我が主と、お仲間が来られるのをお待ちになってください」
片膝をついて視線を低くし、〝白の廃園〟は〝青の薔薇〟のために進言した。
「解った。そうした方が良さそうだ」
未だ状況が飲み込めていないのだが、ロメロも〝青の薔薇〟の様子から考えて了承した。
「ありがとうございます。では私はセイカさんたちを迎えに参ります」
「お笑い種だな。ヒーローがヴィランに保護されるとは」
どこまでも〝白の廃園〟は低姿勢で、逆に医師に症状を聞き終えた〝緑の指〟は「はっ」と嘲笑して出て行く。素顔のザッソー兵も後に続いた。
医務室に静寂が満ちる。
「ユーは行かなくていいのか?」
ロメロはまだ自分の袖口を握っている〝青の薔薇〟を見上げて問いかけた。
「ふ、ふん、仕方ない。私がついていてやる」
いつもの尊大な物言いで、〝青の薔薇〟はロメロの隣に腰掛けた。
袖口を離し、今度はロメロの手を握る。指と指を絡めて、所謂『恋人繋ぎ』というやつで。
「ユーは優しいんだな」
「私は次代の惑星王になる男だ。下々の者に心を砕くのは当然だ」
「そいつは凄いな」
そうして二人はセイカ達が迎えに来るまで、お互いのことを一から教えあっていた。




