お姉さまと『乙女の花園』
「もー! またこんなに侍らせて!」
イクシアは〝紫の百合〟がいるVIPルームに踏み込むと、腰に手を当て頬を膨らませた。
〝悪ノ華〟のアジトである宇宙戦艦が係留されているのは月面でも外れの宇宙港で、付随する都市の中心部には高層ビルが整然と建ち並ぶが、場末は歓楽街となっており、まるで迷路だ。
そんな場所に、〝紫の百合〟が入り浸っている『女性限定』のコスプレ喫茶がある。従業員は十代の成人女性ばかりであり、寝泊まりできる個室もある。つまりはレズビアン専門の店だ。
その名も『乙女の花園』。
〝紫の百合〟はこの店を見つけると早々に移り住み、男ばかりのアジトには必要最低限──仕事の時しか寄りつかない。
「シアちゃん、いつもご苦労様ね」
「お姉さまは〜みんなのお姉さまよ〜?」
〝紫の百合〟の両腕にそれぞれ抱きついている、巻きロングの黒髪にブレザーの学生服を着た女の子と、ピンクのツインテールに兎耳をしたフリフリのメイド服姿の女の子に、呆れた目を向けられる。その二人の横にもずらっと様々な種族の色とりどりの服を着た女の子が並び、毛足の長い絨毯の上に座って両脚にも女の子が侍っている。
大幹部の給料は相当高いから可能な光景だ。
こんな男子禁制の店にイクシアがなぜ入れるのかというと、偏に特虹戦隊の五人の戦士の内の一人だからである。
しかし、特権を持っていてもヴァリーリアンやロメロなら嫌がられていただろう。この場にいても何の違和感もないジェンダーレス男子で、『ゆめかわいい』を体現している山猫獣人のイクシアでなければ、叩き出されていたところだ。
「ほらシアちゃん、膨れていないで」
「一緒にお茶しましょう〜」
ブレザーの学生服を着た子が〝紫の百合〟の隣を空けてくれ、見習いの子が紅茶とケーキを持ってくる。
〝紫の百合〟のせいで週一は訪れている常連みたいなイクシアは、あの男だらけのアジトよりはこちらにいてくれた方が安心していられると思っている。とはいえ、妬けない訳ではない。
絶世の美女で品の良い〝紫の百合〟は、お金抜きで女の子達に大人気なのだ。
「ソフィーお姉さんのタラシ!」
イクシアはぷりぷりしながら遠慮なく座り、甘いケーキにフォークを突き立て口にする。もちろん、こんな時にも食べ物とカトラリー等のスキャンは忘れない。
「……女の子は可愛いもの……柔らかいし」
「ウフフ〜。お姉さまったら〜」
まだ片方の腕に巻きついているウサ耳メイド服の子はちょっとぽっちゃりしていて、惜しげもなく巨乳を〝紫の百合〟に押し付けている……というか、挟んでいる?
足元に侍る女の子二人もクスクスと笑い、すらっと伸びた脚に胸を押しつけていた。
「ぐぬぬ……」
イクシアは悔しくて、フォークを噛んでギリギリしてしまう。
自分はどんなに可愛くとも男性で、ブランドのモデルとしても贅肉は厳禁なので柔らかさからは程遠い。そもそも胸など〝俎〟状態がデフォルトである。
『猫は流体』とも言われるが、背骨の数が多いから柔らかい動作ができるのであって、猫は筋肉の塊だ。
猫獣人の仲間のイクシアも、細身に見えてしなやかな筋肉の持ち主であった。
「シアちゃん〜、お行儀が悪いわよ〜。そんなんじゃあお姉さまに嫌われちゃうわ〜」
巨乳を見せつけている兎耳ピンクツインテールのメイド服の子が煽る。
彼女達はこうして時々イクシアを揶揄う。特に兎獣人の子は山猫獣人のイクシアを恐れもせず、間伸びした口調とおっとりした雰囲気のくせに、〝紫の百合〟を巡ってイクシアの天敵となっていた。
「あらあら。お口にクリームがついてるわよ」
「お姉さま、取って差し上げたら?」
他の女の子達から助け船が出された。クスクス笑いは相変わらずだが。
「何故わたくしが……」
〝紫の百合〟は柳眉を顰めるも、女の子に手渡されたナプキンでイクシアの口を拭ってやった。
「えへへ」
それだけで機嫌が良くなるイクシアである。存在をまるっと無視されていた最初の頃に比べたら、物凄い進歩だ。
セイカの『お願い』があったとはいえ、写真集も一緒に撮らせてくれた。その内容が全宇宙を震撼させるものだったのは記憶に新しい。自分で見返してみても「合成かな?」と疑ってしまう親密さだった。
口元を拭いてもらったのと写真集を思い出して、自分と同年代の女の子達を沢山侍らせているのも気にならなくなった、現金なイクシアだ。
「来週は、お姉さまが出撃なさるのでしょ?」
「イヤだわ。美しいお姉さまが少しでも傷ついてしまったら、わたし……」
「心配してくれて嬉しいわ。でも特虹戦隊に後れをとるわたくしではなくってよ」
自分の脚にしなだれかかる絨毯に座った女の子の頬を撫で、そのまま顎を白魚のような指で掬い、〝紫の百合〟は美しい顔を近づけてゆく。
「わー! ちょっと待った待ったー! それ以上はダメッ!!」
イクシアは慌てて間に手を入れる。
「邪魔しないで、シアちゃん」
「そうよ。お金を抜きにしたって私たち、お姉さまをお慕いしているんだから」
女の子達はきつい眼差しをイクシアに向けた。
「だいたい、お姉さまをお救いする気はあるの?」
「助けるって豪語してから、もう十ヶ月よ」
「そっ、それは条件が整わないとっ」
女三人寄れば姦しいと言うが、VIPルームに揃った三人どころではない女の子達から次々と口撃を受けて、イクシアはたじたじになる。
「だから、それがまだなのかって話よ!」
「いつまであんなむさ苦しいアジトにお姉さまを通わせるつもり!」
「あー!! なんでボクが悪者みたいになってんのっ!?」
場が混沌としてきてイクシアは立ち上がり、ペショッと寝た猫耳を更に両手で押さえた。
そんなイクシアを女の子達は責め続ける。
だからイクシアは知らない。この騒々しいなか落ち着き払った〝紫の百合〟が優しく微笑んで、自分を見ていたのを。




