お嬢と英雄
自室に戻った〝緑の指〟は、セイカに渡された写真集をテーブルに置いてソファーにぐったりと腰かけた。
寝不足もあるのだろうが、特虹戦隊のせいで余計に疲れた。
「………………」
テーブルの上の写真集をちらりと見やる。
「…………チッ」
自分にイラッとした〝緑の指〟は、舌打ちして上体を起こした。
駄目だ。どうしても気になる。
写真集を手に取ると、裏を上にしてカバーを外してみた。確か銀班のザッソー兵達はそちらを見て感動していたはずだ。
するとそこには全面いっぱいに、知っている形のサインがあった。書いてからそう経っていないのか、油性ペン独特のインクの匂いがする。
故郷にいた頃、エフェドラはまだ子供だった。なのにもうライダーとして名が売れていて、父親の教えもあり、今よりは気軽にこのサインをしていた覚えがある。
「………………」
カバーを戻して中身をパラパラ捲っていくと、嫌でも目につくのはエフェドラだ。お馴染みの眼帯をしてコートを羽織った軍服姿で、基本の立った格好から、鞭を持ったり、高級な椅子に長い脚を組んで座る傍らに彼女の副官が立っていたり……。後は、辛うじて自分と判る人物が、手前のエフェドラからかなり離れたところにいる、野外で撮った一枚があった。
「はぁ…………」
溜め息が自然と出てしまう。
その写真を撮る時、身の安全を考えた構図にしたと説明された。毎週の戦いが放送されるTV番組でも、倫理的に問題があるということで、エフェドラに縛られた自分は放映されていない。
そこは恥なのでおおいにカットしてくれて構わない。だがこの写真集で彼女の副官との扱いの差が答えだと、現実を突きつけられた。魔王のごとき人外美形のエフェドラの隣には、天使のように美しい男がお似合いなのだと。
「………………」
再び裏のカバーを外して、あの頃と変わらないサインをそっと指で撫でる。
懐かしい記憶が呼び起こされる。
青春時代を過ごした、故郷での日々が──
エフェドラと〝緑の指〟──ユーリィ・バートン・ハードハックは、機械生命体という固有種が生息する特殊な星で、『青の都市』と呼ばれる街に住んでいた。
当時、巷では機械生命体に乗り込んで戦うライダーが各々チームに所属し、最新技術で造られた円形闘技場または都市周辺の荒野で三対三で対戦する、エンターテインメントが流行っていた。
その最先端をゆく青の都市では終日バトルが行われ、数多のチームがランキング上位を目指して参戦していた。
そんな彼等から憧れられ、頂点に君臨する最強のチームが、エフェドラが所属する『紫電』だった。
チームのリーダーはエフェドラの父・グラウで、現ライダーで最強の〝英雄〟と誰もが認める大人気ぶり。正攻法で戦って強く、気さくな人柄とルシェール人のカリスマも手伝って、老若男女に好かれていた。愛機は白をベースにした金の鬣を持つ獅子の機獣で、戦う時に紫電を纏うところからチーム名が付いたと言われている。
エフェドラは流石は英雄の子というべきか、幼少時には機械生命体に搭乗する試験に合格しており、十四歳で成人前なのにあまりに強かったため、ジュニアではなくシニア扱いのライダーだった。愛機は黒い獅子で鬣に真紅のメッシュが入っている稀少種で、父親とは真逆のトリッキーな戦法を用いて対戦相手の戦意を喪失させるドSの権化だ。同じくルシェール人でカッコイイけど容赦がないと、ライダーの間では畏れられていた。
稀少な獅子の機獣が二体もいるのも『紫電』の人気だが、バランスが悪いのも事実。そこを補うのがこれもまた稀少種の、不死鳥の機鳥に乗るライダーで、公私共にグラウのパートナーで彼の親友でもある男だ。
青の都市で最強のチーム『紫電』のメンバーは、メカニック等のスタッフもいるにはいたが、ライダーは最少人数のこの三人だけだった。それで首位をキープしていたのだから、凄いとしか言いようがない。
対するユーリィは、『紫電』をライバル視するチーム『スピットファイア』に所属していた。メカニック等のスタッフを含めて在籍人数の多いこのチームは裏社会とも通じており、勝つためなら手段を選ばず、卑劣な行為も平然とやってのける。ユーリィも対戦相手を買収して八百長を持ちかけたり、『紫電』と対決するチームが勝てるよう支援する繋ぎをつけたりと、小細工を任されていた。
そういった小悪党なユーリィにも、全てを呑み込んで一ライダーとして接してくれたのが、エフェドラの父・グラウである。
無類の強さで美男子、しかもバトルから離れればトップライダーとしてちらとも偉ぶりもせず、敵味方関係なく接してくれるグラウは、ライヴァルといえども惚れずにはいられないカリスマの持ち主だ。バトルだけでは食べていけない若いライダーにも気軽に声をかけ、飯を奢ってくれるついでにバトル談義に花を咲かせた。若者達はここぞとばかりに話に参戦し、アドバイスを貰ったりしていたものだ。
ライダーの頂点にいても身近な存在で、その人間性にライヴァル達も敬意を払い、若いライダーは誰もが彼に憧れた。
ユーリィも例に漏れずグラウを尊敬していたが、チームが『紫電』を目の敵にしている手前、そういった態度はとれない。なのに裏道でばったり出会うと、必ずといっていいほど昼食に誘われた。
英雄が一人娘を連れて裏道を通るのは、危ない行為だ。しかし実態は、一般人をごたごたから遠ざけるために、人気のない場所へ自ら足を踏み入れた。彼は早くに妻を亡くし、今は親友でチームメイトのパートナーがいる。それが呼び水になっているともいえ、『ルシェール人の男性』に不埒な考えを抱く者も多い。稀少人種の中でも稀少のアージェンターの娘と共に、私生活ではいろんな意味で狙われていた。ゆえにそういう奴等を片付ける場所として、わざわざ選んで裏道を行くのである。グラウもエフェドラも、素手でも大変に強かった。ルシェール人を甘く見てはいけない。
ある日も出会したユーリィに、
「よお、青年。一緒に昼飯を食べにいかないか?」
と、グラウは片手を上げて気軽に声をかけてきた。
周辺には男達が気を失って転がっている。だというのに何事も無かったような顔をして、乱れの一つもない親子はそこに立っていた。
並んでいる二人を改めて見ると、親子よりも兄弟や従兄弟と言った方がしっくりくる。グラウはまだ若々しいし、娘は辛うじて血縁者と判るくらいにしか彼に似ていない。
アッシュブロンドに青い瞳のグラウと、黒い髪に星銀の瞳を持つ娘。どちらも超絶美形だが、グラウは男性だと明白で、成長途中の娘は性別が行方不明である。稀少人種のルシェール人の中でも特に稀少なアージェンターだという娘は、既に百八十センチメートルを超える身長で、グラウを追い越す勢いだ。圧倒的に女性にモテるので、そういう面でも恨みを買い、ドMな奴等にも狙われているのではないか。『一人娘』という言葉がこれほど似合わない人物もいないと、世間では密かに囁かれていた。
兎にも角にも路地裏に似つかわしくない神懸かった美形の二人が並んでいると、グラビアに見えてくるから不思議だ。ごろつきが転がっているのもそういった背景に思えてくる。あ、娘の方が一人の尻を踏みつけている。
「ちょうどそこに美味い飯が食える食堂があるんだ。さあ、行くぞ」
グラウはユーリィの首に片腕を回してくる。
こちらも裏道にいたのだ、後ろ暗いことをしていた帰りと解っているだろうに。
素直になれないユーリィは半ば強引に連れられて、大衆食堂で英雄に飯を奢られていた。
何なのだ、この状況は。
初めは「大丈夫か、このおっさん」と眉を顰めた。場所が場所なので、あっという間にライダーやファンに囲まれる。
ある時は少々お高い店に連れていかれたりもした。そこでも収入のあるライダーやセレブなファンに囲まれた。
それで驚いたのが、グラウは上位ランカーから『その他大勢』で纏められるランキングにも入らないライダーまで、名前や搭乗機・戦い方などを全て記憶しているということ。どうりで二、三回しか対戦していない自分をライダーと認識している訳だ。
幼少から穿った物の見方をしていたユーリィは、英雄たる所以の畏るべき能力の一端を知り、ますます警戒を強めた。だが街中や路地裏で偶然出会うと、
「娘も連れているし、飯にしよう」
などと軽く言って、英雄ではなくただの先輩として接し、店に入るとすぐに寄ってきた若いライダー達と熱いバトル談義をして、彼等の分も必ず奢ってくれた。
そういったことが何回も続くと、グラウはライダーとして面倒見の良い先輩で、裏表のない大らかな人格者だと、嫌でも認めざるをえなくなる。次第に気を許して毒舌を吐くユーリィの発言も笑って聞いてくれていた、なんとも懐の深い人物であった。
そして娘のエフェドラはといえば、父・グラウと正反対の存在だ。
ルシェール人のアージェンター・トップランカーで敵の倒し方がドS・女性にモテる等の狙われる要因が多すぎて、いつもグラウと行動を共にしていた。一般的には父親が愛娘を心配してそばに置いていると思われていたが──まあ、そういう面もあっただろうが──親しくしていた者達は知っている。実際は逆であると。
大衆食堂でも高級店でもバトル談義で盛り上がる父と若者達をよそに、エフェドラはいつも会話には参加せずに食事をしていた。クールである。そして食後は飲み物を口にして、グラウと彼を慕う若者達が熱く語り合っているさまを、静かに眺めているのだ。クールすぎである。
しかしこの時、エフェドラの考えていたことを若者達が知ったなら、彼等は恐れ慄いたに違いない。エフェドラにとって父とそのファンの会話は退屈でしかなく、冷めた目で退屈しのぎに男達一人一人を『どうやって責めて泣かせるか』と完全にドS思考で観察していたのだから。
後にそれを知ったユーリィは、「あの時から俺を辱めていたのか!?」と驚愕し、動悸が酷くなった。
エフェドラは周囲をよく見ていて無口な分、一言に重みがある。話が盛り上がってついつい酒を飲み過ぎる傾向にあるグラウに、「父よ。彼を呼ばれたいのか」と釘を刺し、固まらせること数回。『彼を呼ぶ』イコール『酔っ払った自分は親友でもありパートナーでもある男にお姫様抱っこされた状態で街中を帰る』である。英雄として尊敬されている、グラウが。いや、英雄でなくとも単純に恥ずかしい。
ついには「父よ」のみで英雄を黙らせるようになったエフェドラだ。世間的には愛妻を早くに亡くした父を、母に代わって世話を焼いているのだと、温かい目で見守られていた。
早熟な英雄の一人娘はライダー達に「お嬢」と呼ばれ、一目置かれていたのであった。
正統派ヒーローなグラウと、普段はクールなくせに戦いになるとトリッキーで容赦のないダークヒーロー的なエフェドラ。頂点にいるこの親子とグラウのパートナーの三人に挑むため、青の都市のライダー達は日々チームのランク上げに勤しんでいた。
そんな平和な日常が失われる時が来るなどとは、誰しも考えつかなかった。
そう、青の都市どころか惑星全体を恐怖と混乱に陥れたのは他でもない、ユーリィが所属するチーム『スピットファイア』の背後にいる組織だった。
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