サイン本
アジトになんとか帰り着いた〝緑の指〟は、〝黄の庭師〟に問い詰めるのは明日にすることにした。時間が遅かったのもあるが、精神的な疲れが酷かったのだ。
軽めの夕食を済ませ、エフェドラにされたアレコレを考えない様にしてシャワーを浴びた後、鏡を見てぎょっとする。首の左右どちらにも、皮下出血の痣があるではないか。
左は格納庫でつけられたものだ。でも右は覚えがない。
あれか。〝悪ノ華〟が現れたと連絡が入り、愛好会会長の松平と話をしていた時だ。やけに首筋に何かをしているなと思ってはいたが、会話を優先し、〝黄の庭師〟の計画にない行動の真意を考えていたので、やりたい放題されていたのか。
「はあ…………」
洗面台に両手をついてガックリと項垂れる。溜め息も出るというものだ。
離れていても悩まされる。
噛みつかれもしたが、甘噛みだったらしく歯型はついていないのが救いだ。
だが当然ベッドに横になっても、ろくに眠れやしなかった。
翌日。
夜更かしをした〝黄の庭師〟は昼頃に起きてきて、ラウンジで朝食兼昼食を摂っていた。
エフェドラのせいで寝不足で、せっかく立てた作戦を無視した合法ショタが最奥の角コの字席で健康そうにもりもり食事をしている姿に理不尽を感じる自分はきっと悪くはないはずだ、と〝緑の指〟は〝黄の庭師〟を見下ろしていた。
「昨日の襲撃はなんだ。何故、計画を無視した」
まったく忌々しい。〝緑の指〟は睨んで問い詰める。
「不機嫌じゃのう、緑の」
〝黄の庭師〟はフォークを持ってサラダに挑んでいた手を止めて、〝緑の指〟を見上げた。
「プラントロイドのことでおぬしの部屋を訪ねたのじゃ。したら、おぬしは居らなんだ。代わりに面白いものを見つけてな。……ネットの画面がそのままになっておったぞ」
最後の一言は声を落として告げられた。「おぬしにしてはへまをしたな」と責められているのだ。
〝緑の指〟は舌打ちした。
そうなのだ。帰ってきたら部屋にあるコンソールのモニターが、機械生命体愛好会のイベント開催を映していて、しまったと思った。
地球に機械生命体がいて、乗れる機会があるとあっては、浮かれてしまっても仕方ないとライダーなら理解できるだろう。
しかし、ここは悪の組織のアジトだ。隙をみせてはいけなかった。
「わしは少しばかり長く生きておるが、機械生命体というものを知らなんだ。じゃからこの目で見てみたくなってな。ついでに今週の襲撃を終わらせてしまえと思ったまでよ」
誰かに指示されたのではなく、自主的に動いたという。
「……それで?」
「あんな大きな物は手に余る。わしの興味は失せたから、安心せい」
そう言った〝黄の庭師〟は再びサラダと格闘し出した。料理人が煩いので、お残しは許されないのだ。
「………………」
暫くじっと見下ろしていたが〝黄の庭師〟からはそれ以上返ってこなかったので、本心を口にしたのだろう。
マッドサイエンティストの脅威は去った。
けれども、視ていた有閑令息達は興味を持たなかったのか?
厄介な者達に知られてしまったのは、最大の失敗だ。エフェドラが、延いては宇宙政府軍が目を光らせているので、八年前のようなことにはならないと思うが……。
「こんにちはー!」
「お邪魔します」
「お姉さん、いる?」
踵を返してラウンジを出ていこうとした時、賑々しく特虹戦隊の四人が姿を現した。
〝緑の指〟は頭が痛くなった。どうして毎週ヒーロー達が敵のアジトに気軽に遊びに来るんだ。
「大荷物ですね、ロメロさん」
「それ、どうしたんで?」
素顔のザッソー兵達が興味津々で声をかける。
段ボール箱がいくつも積まれている台車を押してきたロメロは、
「コレか? 聞いて驚け見て驚け! 『特虹戦隊ディヴァースⅤ 公式フォトブックvol.1』ができたから持ってきてやったぞ!」
と言い、一番上の箱から一冊取り出して掲げ、素顔のザッソー兵達に表紙を見せつけた。
「うおー! マジっすか!?」
「まだ発売前っすよ!」
「おれ、本屋に予約したんすけど、一冊しか受け付けてもらえなかったんすよ!」
「オレもオレも! やっぱ一冊じゃ足りないよな!」
「観賞用・保存用・布教用、最低でも三冊は欲しい!」
ラウンジで寛いでいた者、騒ぎを聞きつけてきた者──素顔のザッソー兵達がロメロの元へ殺到した。
「悪いがこっちも一人一冊分しか貰えなくてな。平等に分けてくれ」
「了解っす!」
「一冊でもありがたいっす!」
「サインは!? おれ、サインをしてもらいたいっす!」
その声に素顔のザッソー兵達はハッとした。
そうだ。推しのヒーロー本人がここにいる。これは是非ともサインもゲットしなければ!
「ヘイヘイ、ユー達! ちゃんと書いてやるから殺気立つな! 本を取ったら各テーブルに並んでくれ。イクシアも、サインしてやってから探しにいけよ」
「んも〜しょうがないなあ、解ったよ」
ラウンジは急遽ヒーローのサイン会場になった。
断っておくが、ここは悪の組織のアジトである。
「いいよな〜あいつら」
「少佐は来てくれないもんな……」
エフェドラ担当の銀班だけがテンションだだ下がりだった。が。
「銀班の皆さん、あらかじめ少佐にサインを入れてもらったので、こちらをどうぞ」
暗くなっている一団に、セイカが声をかけた。
アジトに来られないエフェドラのファンの銀班が毎回がっかりしているのを見ていたセイカは、少しでも慰めになったらいいなと思いつき、本にサインを書いてもらってきていたのだ。
まさか自分達もサインをすることになるとは予想外だったが。
「え……マジっすか!?」
「しょしょしょ少佐がサインをっ!?」
「オレらの寿命は今日までなんじゃ!?」
今度は狼狽えだした銀班の男達に、セイカは苦笑しながらエフェドラのサイン入り本を渡してゆく。
実際、ドSの人外的美形軍人として大人気のエフェドラのサインを欲しがるファンは、宇宙中に掃いて捨てるほどいた。だが決死の突撃をしても、玉砕するのが常だった。
そんなエフェドラの貴重すぎるサインを貰えたとあって、銀班のメンバーが世を儚むのも決して大袈裟ではない。
「はい、〝緑の指〟さん」
なんだか立ち去り難くて騒ぎを眺めていた〝緑の指〟は、セイカに差し出された本を反射的に受け取った。
「? 首を怪我したのですか? 大丈夫ですか?」
立ち襟のジャケットを着ていても、首に巻いた包帯が目に入る。
「…………なんでもない」
〝緑の指〟はそう返すと、足早に立ち去った。
セイカの純粋な瞳が、心配されるのが、とても気まずい。コレは君の仲間にやられたんだとは、彼女には言えやしない。
エフェドラには左右ともにハイネックのセーターでも着ない限り見えてしまう位置に、キスマークをつけられた。あいにくとそんな服は持っていないので、なるべく目立たなくなる立ち襟のジャケットを着て、仕方なく包帯を巻いて隠している。
「珍しいっすね、緑の旦那が叱りつけないなんて」
「普段の旦那なら『敵の心配をするとは随分とお人好しだな』とか言って、『はっ』と嗤いそうなもんですが」
「昨日、地球から帰ってきてから溜め息が多いよな。心ここに在らずってカンジで」
「なんか悩みでもあるのか?」
「本も無意識に持ってったっぽいっすよ」
〝結社の常識〟と影で呼ばれている〝緑の指〟が大人しく去ってゆく後ろ姿を見送る素顔のザッソー兵達は、首を傾げるのだった。
なお、イクシアはサインを終えると早々に立ち去り、見つけだした〝紫の百合〟に自分でサインを入れた本を押しつけた。各々のコの字席に散ったセイカ・ヴァリーリアン・ロメロは、サイン欲しさに列を成す素顔のザッソー兵を捌ききった後。
「私の本にもお願いします、セイカさん」
「え!? は、はい」
セイカは〝白の廃園〟にも請われて、気恥ずかしくもサインをする。
ヒーローになったからにはサインもできないとネ! とのシャーリー司令官の方針により、プロによって考えられたサインの練習を皆させられた。これまで戦いの後にちょくちょくサインを求められてはいたが、こんなサイン会みたいな状況は初めてである。
「偉いですね。ちゃんとサラダまで残さず食べられましたね」
「うむ。頑張って完食したのじゃ。褒美に、おぬしのサインを所望する」
「……僕のでいいんですか?」
「もちろんじゃ。むしろ、おぬし以外に誰がおる」
五人のヒーローの中で人気が最下位の(陸でのアクションが苦手なのがネックで、属性がインテリ眼鏡なため、ファンが偏っている)ヴァリーリアンは、向けられる好意に慣れていない。嬉しいし、〝黄の庭師〟は遥かに年上なのに可愛いしで、合法ショタ沼にハマりつつある。
「殿下、オレのサインをしておいたぜ」
「な、なぜ勝手に書くのだ」
「うん? 殿下にはオレのやつを持っていてほしいからな」
サイン本を持ってきたロメロは気負いなく独占欲を口にする。
「し、仕方ないな。貰っておいてやる」
それがまんざら嫌でもない〝青の薔薇〟は、いつもの素直じゃない態度で受け取った。
こうして敵のアジトでヒーローがサイン会をするという謎の出来事は幕を閉じた。
うおー! 二人の過去話にちっとも辿り着かない!
次話は! 次話こそは必ず書きますので!
もう少々お待ちください!




