イベント帰りはタンデムで
月一で開催される貴重で楽しいイベントに乱入してきた〝黄の庭師〟一団は、すぐに駆けつけた特虹戦隊ディヴァースⅤに退治され、逃げ帰っていった。
ややこしいことになるのを避けるため、〝緑の指〟はその戦いの場に顔を出さなかった。終わった後にイベント会場へ戻り、借り物の機竜に乗って愛好会の格納庫に降り立った。
「いや〜、まさか悪者が攻めてくるとは思いませんでしたな」
「でも訓練のとおり、一般客を守れましたね!」
「アレな敵から民間人を守りとおせぬようでは、地球のライダーとして恥ですぞ」
格納庫の天井近く、宙に浮かぶようにある事務所兼休憩所では、これから会員達が夕食会と称して打ち上げをし、今日のイベントやバトルについて熱く語り合うという。
会員になる手続きを終え、皆に紹介された〝緑の指〟はそれに誘われたが断った。あいにくと時間がない。
──早く帰って〝黄の庭師〟を問い詰めたいしな。
彼らの声を背に階段を降りて、借りた機竜の前まで来た。
結局、この翼竜タイプの機竜が自分の乗る機体になった。昔の愛機とは異なる機種だが、故郷以外の星で機械生命体に乗れるだけ幸運だ。ライダーとしての血が騒ぐ。
「改めて会長として歓迎する、ボル君。こんな辺境で二人も本場のライダーが揃うとは思ってもいなかったよ」
いつでも気軽に乗りに来てくれと、松平は〝緑の指〟の肩にポンと手を置く。
毎週は来られないと言った〝緑の指〟に対し、会長の松平はじめ会員達は心得ていると頷いた。ミズタニという前例のおかげで、理解があるのだ。
犯罪組織に属する自分をたいして調べもせずに会員にして大丈夫かと逆に心配したが、どうもエフェドラと共に正体を悟られているらしい。まあ、あれだけ〝悪ノ華〟の大幹部として地球に来ていて、ヒーローとして戦うエフェドラを挑発しまくっている様が、毎週放送されているのだ。気付かれない方がおかしいし、辿れば過去にも行き着くだろう。詳しすぎる愛好会の彼等がよしとしているのならば、何も言うまい。
機体のメンテナンスは、専門のメカニックが全て請け負う──というか、変に手を出すと怒られる、と注意された。選ばれし会員十五名のうち、五名がメカニックで、特に筆頭メカニックの岸川は〝職人〟と呼ばれ、知識量も技術も本場に劣らず、ミズタニも驚いたそうだ。流石は好きなものは突き詰めて、細かいことにかけては右に出る者がいない日本人、本場も軽く超えてみせるマニアックさは標準装備か。
「…………あれは?」
格納庫の巨大な扉が五メートルほど開いている付近で揉めている気配がして目をやれば、エフェドラが見知らぬ男に詰め寄られているではないか。
戻ってくるのが遅いと思えば、これはどういう状況だ?
「ああ、あれか。毎週毎週、ミズタニがいないか訪ねてくるので、我々も困っている」
松平の説明によれば、ここに来ればミズタニに会える確率が高いと知った男達が代わる代わる押しかけて、故郷に戻ってライダーとして復帰してほしいと迫っているらしい。
──それでか。
囚われの操縦席で、偽名まで使って何をしに来た? と問われた時、空気がピリッとしたのは。
確かに軍にいる時より、ここに来た方が簡単に会える。
「中にはいかにも政府高官といった風情の男も来てな。まるで亡命をした貴人のごとき扱いをミズタニにして、容赦なく足蹴にされていた」
腕を組んだ松平は、呆れた視線を向けている。
──馬鹿じゃないのか。
〝緑の指〟は心の中で男達を罵倒した。
純粋にライダーとして戻ってきてほしいと願うのは、解らなくもない。今日の戦いで、ブランクなど感じさせない圧倒的な強さを思い知らされた。あれは故郷の誰もが見たいに違いない。
だが〝英雄の一人娘〟を政治的に利用しようと考える奴等には反吐が出る。未だにそんな存在が現実にいるとは。
彼女の前ではどんな地位も無意味だ。権力を振り翳すのも、そういった身分に就かせようとするのも、完全に悪手だ。
彼女が動くのは、彼女の意志でだけ。他人がどうこうできる玉じゃない。
「………………」
と、そこで自分を顧みた〝緑の指〟は愕然とした。
毎回〝悪ノ華〟の大幹部としてエフェドラに対峙する時、自分は何を言っていた?
「お、蹴り出された。終わったな」
松平は腕を解き、こちらに歩いてくるエフェドラに片手を上げる。
エフェドラに蹴り飛ばされた男は、泣いて走り去った。
情けない。
「お疲れ様。今日の打ち上げの参加は?」
「不参加で。毎回申し訳ないが」
「いや、皆解っているから問題ない。じゃあまた時間ができたら遊びに来てくれ、ミズタニにボル君。我々はいつでも歓迎する」
エフェドラと擦れ違った松平は上げた手を振って、事務所兼休憩所へと去っていった。
ミラーグラスを外して胸のポケットへ蔓を差し込んだエフェドラは、〝緑の指〟の前で足を止める。
「いい子で『待て』ができましたね、ユーリィ」
両腕の肘を持つように腕を組んで、エフェドラは静かに褒めた。
──くっ。なんだその上から目線の発言なのに、反感を抱くどころか悦びに感じてしまう言い種は! 神懸かり的にカッコイイのは容姿だけでなく、口調もか!
背の高いエフェドラを負けじと見上げる〝緑の指〟は、内心穏やかではなかった。リミターを外した彼女のカリスマは、えげつない。
正直、彼女と対峙するだけで、心拍数は物凄く速くなっている。誰もが忘れ去っている、あるいは覚えてもいないファーストネームを、エフェドラに呼ばれると更に加速する。バトル後に噛まれたところとか舐められたところとか、熱をもっている気もする。……意地でも顔に出さないが。
「確かに君は『格納庫で』とは言ったがな。俺を〝犬〟扱いするのはやめろ」
無視して帰ろうと考えもした。でも『逃げた』と思われるのは癪だったのだ。
「それよりも。ああいった輩が毎週、訪ねてくると聞いたが」
僅かに開いた格納庫の出入り口に〝緑の指〟は目をやる。
「……ええ。喋るだけ喋らせてやれば連中は大人しくなるので、そうしたら叩き返します。……この会に迷惑をかけるのだけは許せませんが」
エフェドラも先程までいた後方に視線を向けた。
どうやら相手にもせず、問答無用で叩き出しているようだ。
元々口数が少ないエフェドラだ。一言も話さず追い払っているのだろう。懲りずに来る男達がちょっぴり可哀想に思えなくもない。
「また心配をさせてしまいましたね」
エフェドラの視線が自分に戻ってきた。
〝緑の指〟は内心で「うっ……」と焦る。
──落ち着け。操縦席よりは密着していない。
昼間のアレは酷かった。狭い操縦席でエフェドラの長い四肢に囚われて、超絶間近で美形な素顔と対峙していたのだから。平静を保つのに疲弊しまくった。
それを思えば今は対面していても一歩……いや、半歩? くらいの距離がある。背後もスペースがありまくりだ。
「昼間も言おうとしたが、そもそも君は鋼の神経をしているんだ。俺が心配する必要があるか?」
素直じゃないのと余裕をみせたくて、〝緑の指〟は右手を腰にあて「はっ」と嗤った。
「ありますね」
「何故だ」
「私が嬉しい」
「………………」
こいつ、本気か? という疑惑の目を向ける。
自分で言うのもなんだが、見るからに意地の悪そうな美形でもない〝緑の指〟は、〝悪ノ華〟の大幹部の中でも「なんであんなのが混じっているんだ」と不評だ。戦隊ヒーロー黎明期には地球を我が物にせんとする敵は分かりやすく悪役然とした見た目だったが、近年は人気俳優も顔負けの美貌の傾向にある。
それに、故郷にいた頃から小悪党の自分は嫌われ者だった。好かれる要素なぞ何も無い。
「では私の身を案じてくれ、いい子で待っていた可愛い貴方には、ご褒美をあげなくては」
「なっ……!?」
エフェドラの動きはまたもや素早かった。
左手の指の間にするりと右手の長い指を入れられて、握られた反射で〝緑の指〟も握り返す。同時に腰に手をあてている右腕と胴の輪の中に左腕を差し込まれて、手で腰をぐっと引き寄せられ、身体が完全に密着した。
これは──所謂『恋人つなぎ』というやつでは!?
手も問題だが、身体の密着具合も問題だった。お互いのあらぬところがライダースーツの上からでもまざまざと判る。エフェドラはわざとその様に、腰を抱いている。
戸惑う〝緑の指〟に追撃は続く。
「────ッ!」
今度は反対の首筋を強く吸われた。そして舌を這わせるのではなく点々とキスをしていき、耳朶を食まれる。
「ちょっ……まっ…………ぁあっ」
自由な右手で突っ張って身体を離そうとするも、力が入らなくてエフェドラの腕を掴むだけで精一杯だ。しかも変な声が出た。
──恥ずか死ぬ!
「貴方の弱点を一つ、見つけました」
「ばっ……そこで喋るなぁっ……!」
エフェドラは耳元で囁くので、堪ったものではない。ゾクゾクしっぱなしで立っていられなくなりそうだ。と思ったら。
「──っ!?」
「宇宙港まで送っていきます」
「はぁ!? 待て、この体勢は何だ!」
力が抜けた〝緑の指〟は、なんとエフェドラに『姫抱っこ』されていた。
「バイクがあるところまで連れていってあげますよ」
だって歩くことも儘ならないでしょう?
そう言われ、〝緑の指〟は反論できずに「うぐ……」と呻いた。
体重は判らないが身長はエフェドラの方が十五センチメートル弱高く、軍人で鍛えてもいる。人種の違いもある。
対して〝緑の指〟は痩身だ。とはいえ男性なので、それなりに体重がある。
こんなに易々と抱いて運べるものなのか。
もう次から次へと衝撃が多すぎて抗うことなく呆然としていたら、地面にそっと下ろされた。
ドSのくせに、こういう気配りができるのはズルイと思う。
「これを被って、後ろに乗ってください」
予備のヘルメットを渡された。
バイクは、銀色のメガスポーツだった。全体がシルヴァーに輝いている。カッコイイがすぎる。銀の単車に黒いライダースーツのエフェドラが乗るとか、もうカッコ良すぎて逮捕されるべき案件である。
現に大きな車体でも、跨ったエフェドラの長い脚が余っている。ヘルメットを被っていてもカッコイイことに変わりはない。
ただ気になるのは、タンデム仕様になっているところだ。誰かを後ろに乗せるのか……。
「飛ばしますからね。これに足を乗せ、ここをしっかり膝で挟んで、回した腕は指を組んでください。でないと落ちます」
「…………解った」
エフェドラは自分の腰あたりを示し、次に手の指を腹の前で組めと言ってきた。密着する乗り方だ。「落ちます」が「落とします」に聞こえる。
今日はやけに距離感が近すぎやしないか。どんな苦行続きなんだ。
しかしこれをクリアしないと、宇宙港までの足がない。昼間のイベント会場へは最寄りの宇宙港から直行便があった。この格納庫もイベント会場からそう遠くはない場所にあるのでどう帰ればいいのか判るが、いかんせん交通手段がなかった。
ここは素直に注意を聞き入れてエフェドラの後ろに乗り、彼女の胴に腕を回して指を組む。
──く…………体温が……。
お互い厚いライダースーツを着ていても、このままでいてはいずれ熱が伝わる。エフェドラの体温を感じるのは心地良い。けれども自分の熱すぎる体温が伝わるのはまずい。
(平常心だ。平常心……)
〝緑の指〟は難しい計算式でも考えて気を逸らそうとした。だがバイクが走り出すと、それどころではなかった。エフェドラは制限速度ギリギリでレーサー並みの攻めた走り方をしたので、彼女の負担にならなず且つ振り落とされないようにするので精一杯だったのだ。
──普通は同乗者の安全に最善の注意を払うのではっ!?
宣言どおり飛ばすはカーブを攻めるは……宇宙港に着いた時には、〝緑の指〟は精神力も体力もかなり消耗していた。
それをいいことにエフェドラは去り際にヘルメットを脱いで、
「おやすみなさい、ユーリィ」
と言って、唇に触れるだけのキスをして、またヘルメットを被り長い脚で車体を跨ぐと、カッコ良くバイクで帰っていった。
「………………」
暫く〝緑の指〟はぼうっとしていた。そうして自分が何をされたのかようやっと理解すると、その場にしゃがみ込んで頭を抱え、「うわあああ!」と叫びたいのをぐっと我慢した。人目がまだあるからだ。
──なんなんだ、アレは! 俺を殺す気か!?
全部が全部、懲らしめるつもりで接しているのだと解ってはいる。でなければ八年前、彼女の父親が言ったことが真実だったということになる。
自分はそんなに彼女を怒らせているのだろうか。──怒らせているのだろうな。
戦場での仕打ちが正しいのだ。こんな自分が好かれる訳がない。
解っているのに今日されたアレコレが頭から離れず、〝緑の指〟はその場を動けずに、結局ギリ最終便で月に帰ったのだった。
時はエフェドラと〝緑の指〟が格納庫で向き合っている頃に遡る。
「果敢に立ち向かっているなぁ、ボル君」
事務所兼休憩所で打ち上げをしている会員達の中には、摘める夕食をモグモグしながら本場のライダー二人の対決(?)を興味本位で眺めていた。
「オレは未だにお嬢……ミズタニには緊張して話もできませんよ」
「おれも」
「私もだ」
「えー、会長も? フツーに話してるじゃないっすか」
「そう努めているからな」
松平はピザを1ピース手に取って肩を竦めた。
この詳しすぎる愛好会のメンバーは、やはりミズタニの正体を知っていた。宇宙政府軍のドS将校で有名な少佐で、ただいま地球を守るヒーローのディヴァースシルヴァーであることも、故郷で英雄と称えられる伝説のライダーの一人娘だということも。
少し時間があれば、現在エフェドラと対峙しているボルと名乗った青年の正体も突き止められる自信がある。
「わしはボル君に見覚えがありますぞ。確かお嬢とお父上が所属するチームのライバルチームに、彼の青年の姿があった記憶がありますな」
「マジで!?」
「うむ。あの特徴のある髪型は一度見たら忘れられませんからな」
「じゃあめっちゃ因縁あるんじゃん!」
「そんな二人が地球で揃うとか、凄くね!?」
夕食会は俄然、盛り上がってきた。
「お、ボル君がミズタニに『お姫様抱っこ』された」
「どれ」
「お持ち帰りか?」
ミズタニが終始主導権を握っているのは会話など聞こえなくともありありと分かっていたが、物理的にもとは……いや驚きじゃないか、と会員達は思い直した。
「BLだな」
「BLにしか見えませんな」
「うん、BLだ」
お姫様抱っこされていた〝緑の指〟は下ろされて、今度はバイクの乗り方を指示されているようだ。
「リミッター全解除のミズタニには誰も逆らえない」
「ボル君も頑張っていたが……彼だからこそ余計にくるものがあるのかもな」
銀色のメガスポーツに乗った二人が、超密着型タンデムで格納庫から出ていくのを皆で見送る。
ちなみにこの世界、地上にはちゃんとバイクや自動車が走れる道路がある。緊急時の場合になければ困るし、単車にしろ四輪にしろ地上をタイヤで走行しなければ気が済まない! という一定数のレトロ車両好き(緊急車両を除き、タイヤで道路を走行する物は全てレトロ車両扱い)・走り屋・高所恐怖症の者がいるためだ。
「大変な人物に目を着けられて……これからも来ますかね、ボル君」
「来るから会員になったんだろ。彼も相当負けず嫌いだぞ」
「年上のプライドというやつですな」
自身のプライドが一番、厄介な敵かも知れない。
「バトルでもボル君には手を出さない方向で」
「ああ。ミズタニの獲物だからな、彼は」
会員達は心を一つにして頷き合ったのだった。




