合法ショタ
ヴァリーリアンと〝黄の庭師〟がいる角のコの字席の隣の隣、いつもの席にはロメロと〝青の薔薇〟が。もう一方の隣の隣席には〝白の廃園〟に移動してもらってセイカが陣取った。
ヴァリーリアンが〝黄の庭師〟といるかぎり、この布陣になるだろう。
「おぬしら、わしの造ったプラントロイドを倒しておいて、よう顔を出せたの」
フタ付きのストローカップを白衣の袖に隠れた両手で持って、〝黄の庭師〟は同じテーブルに着いているヴァリーリアンに言った。
その手ではひっくり返すのだろう。ザッソー兵の気遣いが解る容器だ。
また、床に届かない足をプラプラさせている。
そんな状態でストローを吸っているさまは、ますます子供っぽい。
「倒すのが仕事ですので。僕は初めてですが、ここには毎週来ています。ところで、それは何を飲んでいるんですか?」
幻のソレイナム星人に対して僅かなことも見逃すまいと好奇心を発揮してしまうヴァリーリアンだ。
「これか? これはただのオレンジジュースじゃ。わしは炭酸水は苦手なのじゃ」
やっぱり子供か? と思わざるをえない答えが返ってきた。が、続く言葉は子供のそれではなかった。
「前は食事もろくに摂っておらなんだ。研究の時間が惜しいからの。じゃが食堂の料理人どもが煩くて敵わん。今ではやつらの用意した食物を日に三度、食しておる」
なぜか偉そうにしている〝黄の庭師〟である。
食事より研究を優先させてしまうのは、研究職あるあるだった。
「解ります。研究していると時間を忘れますよね。──ではなくて。食事はまだ流動食ですか? ジュースも果汁百パーセントですと腎臓に負担がかかりますよ」
「なんじゃ、おぬしはわしを老人扱いするのかの?」
「違います。半年間、眠っていたのならば、通常の人型種の臓器は固形物など受けつける状態にないでしょう」
「ふん。わしが眠っておったカプセルの生命維持装置は最新型じゃ。心配は要らん」
流石は金に物を言わせた悪の組織だ。
「それに、ソレイナム星人は外見が子供なぶん、中身は丈夫での。起き抜けにステーキを平らげられるほどじゃぞ」
〝黄の庭師〟はまたも得意げにふふんと胸を張った。
「そうですか。とても興味深いです」
幻の宇宙人の一端が知れて、眼鏡のブリッジを押し上げるヴァリーリアンの目はギラリと光る。
側から見ると美少年を舌舐めずりして狙っている狼──危ない大人だ。
周囲にこっそり集まっている素顔のザッソー兵のアクア班は、この人も大幹部目当てなのかよ……と切なくなった。
「おぬしは確か宇宙人類学者じゃったか」
「ええ。覚えて貰えているとは、光栄ですね」
「ではさぞかしわしを研究したかろう」
「勿論です。魔法陣や怪人を造れるところなどにも惹かれますが、まずは貴方本体を非常に暴きたくてたまりませんね」
ヴァリーリアンはホットコーヒーを飲んで平然としているが、耳を欹てていた素顔のザッソー兵達は戦慄した。
直球で訊かれたので本塁打で返す。
貴方『自身』じゃなくて『本体』ときた。
暴くとは四肢の自由を奪い、メスでも使うのだろうか。
インテリ眼鏡のクールビューティなのにアクションが苦手なのがギャップ萌え! だと叫んでいたアクア班は、〝黄の庭師〟に負けるとも劣らぬマッドな本性を知り、ゾクゾクせずにはいられない。ドMばかりだった。
「おぬし、なかなかのマッドサイエンティストじゃの」
「いえ、只の宇宙生命体オタクです」
宇宙人が『生命体』扱いになってしまった。なのに周囲のザッソー兵達は焦るどころか恍惚とした。変態だらけだった。
「ふむ。ソレで宇宙政府軍所属とは、賢いの」
「貴方もそうしたらよかったのでは?」
「うーむ。じゃが予算予算と煩いのがじゃな……」
両手で挟んだジュースを置き、〝黄の庭師〟は白く長い袖を巻き込んで腕を組む。
組織に属していたり、個人的に支援されていても、大体が使用できる研究費用の上限はある。
「では、貴方は自分がしたい研究のため、湯水のようにお金が使える今の環境を選んだと?」
「うむ。プラントロイドを造るのを条件にな。あれは片手間にできるのでの」
ホイップクリームと果物で飾られたパンケーキが目の前に置かれた〝黄の庭師〟は、腕を解いてカトラリーに手を伸ばした。
片手間にプラントロイドを製造してしまうとは。セイカの召喚の前に約半年分のプラントロイドを造り溜めしておけた訳である。
さらりと告げられた真実に、〝黄の庭師〟の能力の高さを改めて思い知る。
「召喚の魔法陣はどうです?」
「ああ、アレは追加料金で行ったのじゃ。もしもの時にと考えて、わしを勧誘したと言っておったな」
〝黄の庭師〟は袖に隠れた手でナイフとフォークを握り、
「わしも人を召喚できるか興味があったのでの。長い寿命の半年くらい無駄に消費してでも、やってみる価値はあると思ったのじゃ。
無論、結果には大変満足しておる」
と言って、生クリームたっぷりのパンケーキを切り分けて口へ運んだ。
平均寿命が三百年のソレイナム星人には、半年はその程度の感覚らしい。
ヴァリーリアンはエフェドラの部下では調べられない詳細な情報を得ていく。
「しかし、じゃ。もう一度アレをやるのは御免じゃな」
「なぜです? 貴方なら送喚の魔法陣も実現可能なのでは?」
「いや、不可能じゃな。アレはとにかくどこにあるのかも分からない、あらゆる世界から条件に合った者を探し出して連れてくる、という魔法陣じゃ。わしの残りの寿命をかけても、セイカ殿がいた世界を探し出すだけでも徒労に終わるじゃろう」
もし万が一、運良く探し出せたとしても、送喚の魔法陣を発動させるには種々の条件を揃えなければならないので面倒だし、差し出す寿命が半年で済む保証はない、と〝黄の庭師〟はパンケーキをもりもり食べながら説明した。
ヴァリーリアンは考察する。
〝黄の庭師〟の話は、信ずるに値するかどうか。
パンケーキを頬張っている姿もどう見ても子供そのものだが、その実、二百年と四半世紀を生きてきた謎多きソレイナム星人である。
……なのだが。
「ああもう、クリームが沢山ついてますよ」
口のまわりを汚しても気にもせずに食べている〝黄の庭師〟を見ていて、もう我慢がならない。ヴァリーリアンは彼の横へ行き、ナプキンで生クリームを拭ってやる。
「ん」
〝黄の庭師〟は大人しく、されるがままになっている。
完全に、お兄さんに世話を焼かれる子供である。
ここで話した内容はエフェドラの部下も聴いている。真偽の裏付けは彼らに任せて、ヴァリーリアンは〝黄の庭師〟を構い倒すことに決めた。
一方その頃、斜め向こうのセイカ達がいるコの字席では。
「ザッソー兵さん、すみませんが衣装係さんに、これを渡してくれませんか」
セイカが素顔のザッソー兵の一人に、四つ折りにされている紙を差し出した。
「なんすか? コレ」
「〝黄の庭師〟さんの衣装の提案です。今の引き摺る長さの白衣だと衛生的に良くないし、せっかくの『合法ショタ』キャラが活かしきれていない! と、強くイクシアに託されました」
折られていた紙を開けば、確かに黄色い巻き髪の眠そうな美少年──〝黄の庭師〟らしき人物が描かれている。白衣の前は開け、裾の丈は足首あたりまで。半ズボンを穿き、膝小僧から靴下までは生脚を晒していた。
「なるほど、了解しました。次の出撃までには直しておきます」
てっきりキャラが被るといちゃもんをつけてきたかと勘繰った素顔のザッソー兵は、そのデザイン画を目にして考えを改めた。彼の手元を覗き込んでいる青年達も、納得顔だ。
イクシアは『ゆめかわいい』の体現者である。その衣裳はカラフルだし露出度が段違いに高い。子供に見える〝黄の庭師〟より背も高く、ギリ成人だと分かる容姿だ。
今回は単にデザイナーとして許せなかったので、セイカに変更案を託した。リーダーでもあるセイカに言われた方が、すんなり受け入れられると踏んで。決して〝紫の百合〟を追っていなくなるつもりだったからではない……と思いたい。
「それから、毒の攻撃のとばっちりを受けた方々は大丈夫ですか?」
先日の〝黄の庭師〟の毒ポーション攻撃は無差別だった。強化しておいたセイカ達には被害はなかったが、ザッソー兵のコスチュームは溶けていたので、多数の怪我人が出たのではないか。
「ああ、ソレなら大丈夫っす。後で回復のポーションを貰ったんで」
「流石にコスチュームは修繕不能で一新しなければならない数が多くて、『余計な金がかかる!』って、緑の旦那に叱られてましたけどね」
「回復のポーションもあるし、金なら余っておるだろうとか言って、黄の旦那は全然反省してなかったすけど」
一番とんでもない大幹部が復活して、〝緑の指〟は苦労しているようだ。
今度は『回復ポーション』と聞き、絶対出てくる世界を間違えているよね……と、セイカは遠い目をした。
「やはりザッソー兵の皆さんと仲がいいですね、セイカさん」
「はい!?」
右側の席から美丈夫が美声で話しかけてきた。セイカは素っ頓狂な声をあげる。
不意に名前を呼ばないでほしい。心臓に悪すぎる。
それに、確か前にもそんなことを言われ、続いた発言に心の中で絶叫した覚えがある。ここは先手必勝でいかないと大変な目に遭う。
「普通ですよ、普通!」
「ですが、彼らの怪我の心配をしたり……」
「それも普通です! あなたが怪我をしたらもっと心配しますし、そもそもあなたには怪我をしてほしくないです!」
セイカは必死に想いを伝えたが、〝白の廃園〟は「そうですか……?」といまいちピンときていないらしく首を傾げた。
──だから! そういうところ!
紅茶を片手にタブロイド紙を読むダンディな美丈夫が、可愛く不思議そうにしている。
結局セイカは心の中で萌えを叫んだ。
「オレらより『もっと』心配するんだ……」
「そりゃそうだよな……!」
周囲のイケメンなザッソー兵達はひっそりと嘆いて──ではなく、ぞんざいに扱われる方向に解釈して悦んでいた。選ばれしドM達だった。




