初めての給料でプチ騒動
この世界に来て一か月も経っていないけれど、タイミング的にちょうど出る頃だったので、セイカは生まれて初めての給料を貰った。
セイカ的には「こんなに!?」と驚いた。妥当な金額かどうか判断がつかないから教師役のヴァリーリアンに問うと、宇宙政府軍の特殊部隊のリーダーという役職と危険手当もろもろ込みで、別段おかしくないらしい。
じゃあ早速と、今まで作ってもらった服飾の買取金額を振り込めるようイクシアに会いに行った。当然イクシアは、
「ボクが好きに作ってセイカにあげたものだからいいの!」
と抵抗したが、ロリータファッション専門店の商品をネットで検索して勉強しておいたセイカは、相場に少し上乗せした金額を振り込むつもりで引かない。
イクシアから貰ったのは物だけでなはい。
『ゆめかわいい』ブランドを持つ人気デザイナーの時間と技術、そしてなんといっても好意が嬉しかったから。今のところセイカに返せるものは、給料で貰ったお金だけだ。
そう言って決意を揺るがせないセイカにイクシアは困り、落とし所を探して視線を上に向け「ん〜」と暫し唸ったあと、「あ! そうだ!」と顔を輝かせた。
「じゃあ、セイカがいた世界のお金を見せてくれる!? 紙幣でもコインでもいいよ!」
昔の日本の貨幣ってセキュリティを含めた芸術品だよね! とイクシアはミシン台から身を乗り出してわくわくしている。この世界・時代は基本キャッシュレスで、貨幣は博物館や古物商の店のケースの中にしか置いていない。セイカが持っている元の世界のお金は、実はとても貴重だ。
そんなことでいいのかと納得がいかないながらも、セイカは自室の金庫から財布を持ち出した。
イクシアのフリースペースにある布や道具を横に除けた作業台に、叔母が誕生日にプレゼントしてくれた白地に色んな模様が等間隔に箔押しされた長財布(もし身に付けていて転んでもダメージが一番少ない)から、紙幣と硬貨を取り出して順番に並べる。
偶然にも全種類が揃っていた。なぜか紙幣はピン札に、硬貨はピカピカに輝いて、財布までもが新品同様になっている。
「わあ……! すっごい凝ってる!」
「だな。こんなにペラい紙なのに、隣の人物が真ん中で透けて見えるぜ」
「ナニこのコイン! 小さな丸の中にも字があるわヨ!?」
「これが聞きしに勝る日本貨幣の現物ですか……!」
いつの間にかシャーリー司令官と仲間達が台の周囲に集まっていて、現物を手にして驚く。
「お札の複雑に光ってるこの部分もスゴイよ!」
「穴が空いてる硬貨って不思議ね……ってセイカちゃん、どうしたの?」
みんなでわいわい騒いでいるのに、セイカは一人、難しい顔をしている。
「いえ……お金と財布が、まるで新品みたいになっているので」
「え!?」
「こんなに綺麗なわけがないんです。硬貨は変色していたし、大体のお札は折り目があり、財布は白いので使用感が目立つはず……」
薄暗い寝室で金庫に入れる時には気が付かなかったが、高校の入学祝いに貰った財布は使ってまだ半年も経っていなくても、白いのでどうしても汚れてしまう。まして銀行でおろしたてを入手したのではないのだから、貨幣が全て未使用状態になっているとは思いもしない。
「ほう……それはとても興味深い……」
ヴァリーリアンがブリッジを押し上げた眼鏡をキラリと光らせた。
カバンは使い始めて日が浅いから綺麗でも気にならなかった。でも中身の方は──
「ノートや消しゴムと鉛筆も、新品になっていましたね」
勉強を教えているヴァリーリアンは知っていた。最初は消しゴムの減りがまったくなく鉛筆(シャープペンシルだとすぐに壊す)が削られていない状態に首を捻り、次に板書を写したどの教科のノートも真っ白になっていて「なんでー!!!!!!」とセイカが絶叫していたのを。
「まさか、召喚と関係があるの!?」
「ええ。その可能性は高いでしょう」
「ってことは、セイカの運動音痴は『治った』のか!」
四対の瞳が一斉に向く。セイカはその圧に「うっ」と上半身を反らせた。
「真実は〝黄の庭師〟に訊かなければ分かりませんが、十中八九そうでしょうね」
やはり実に興味深い……と呟いて眼鏡の奥の瞳まで光らせるヴァリーリアンは、マッドモードになっている。
セイカは平静を装いつつも「やめて癒しモード、プリーズ!」と心中で叫んだ。
「ソイツが起きなきゃ判らないんじゃ、しょうがないね。
ねーセイカ、この重複してる紙幣を一枚ずつ『報酬』としてくれないかな? こーゆー凝ったモノはデザインの刺激になるんだ!」
イクシアは切り替えが早かった。作業台に両手をついてピョンピョン跳ね、ねだってくる。
「紙幣だけでなく、硬貨も、全種類どうぞ」
ヴァリーリアンの平静を取り戻すため、セイカはすぐに乗っかった。
「え! いいのっ!?」
「はい。二千円札が無いので本当は全種類揃ってはいないんですが」
それ以外は全て複数枚あった。庶民の高校生には大金にあたる一万円札も、ラッキーなことに二枚ある。
「でも、この世界では使えないこんなお金でいいんですか?」
これが報酬の代わりと言われても、セイカは未だ納得いかない。
そこで口を開くのは、この世界の常識も教える担当になっているヴァリーリアンだ。
「自覚してください、セイカさん。これは『異世界の日本の貨幣』です。博物館に展示されていても遜色のないお宝です。珍しい物や貨幣の蒐集家に知られたら……解りますね?」
今度は教師然として眼鏡の蝶番あたりを伸ばした指の先で上げ、セイカに危機感を促す。
「そうだよ! コレ、とっても貴重だよ!?」
「今までどう管理していたのですか?」
「へ、部屋の金庫に入れていました」
「よろしい」
ヴァリーリアンから合格の言葉が出て、セイカはホッとした。教師役の彼にもまた別の緊張感があるのだ。
「ほんとに全種類、一枚ずつもらってもいいの?」
「はい。これで喜んでもらえるのなら」
セイカは頷き、あげる分だけ残して貨幣を財布に戻す。
「えへへ、嬉しいな。実は硬貨もいいな〜って思ってたんだ〜」
イクシアは五円玉を手に取り、照明に当て光らせてしげしげと見つめている。
「皆さんもどれか要りますか?」
猫科って光モノ好きだったっけ? と首を傾げながらセイカは他の三人に呼びかけた。
「イヤだワ、セイカちゃんったら。気を遣わなくていいのヨ! それにもしアタシ達がコインとか記念に一個ずつ貰っちゃったりなんかしたら、変にフラグが立ちそうじゃない?」
「確かに。元の世界に戻ってしまうフラグが立つ危険性があります」
「ええっ! そんなのヤだよ! ボク以外はもらっちゃダメ!」
それはもう自分の物なのに、慌ててイクシアは作業台の上の貨幣を掻き集める。
「困りますね。まだ戦いは始まったばかりですし、半端に戻ったらこちらがどうなったのか気になって仕方ないです。その上、運動音痴も復活したら目も当てられません」
この世界・時代でも『フラグが立つ』って表現を使うんだ……と思いつつ、セイカは迷いなく真剣に断言した。
帰れるなら帰りたいと言い出さないか、それを止めたい自分に罪悪感を抱いていたシャーリー司令官と仲間達は、内心安堵する。
「流石はレッドのセイカさん、頼もしい」
「そうだな。──この戦いが終わったら、記念にオレ達にもコインを一枚くれないか」
硬貨を親指で弾いて掴み取る仕草が似合うだろうロメロが、セイカに向かってウインクする。
「いいわネ! 戦いが終わった記念なら!」
「そうだよ! 終わった記念にしよう!」
「ですね。戦い終えての記念になら、是非」
シャーリー司令官が両手を叩き合わせて喜色を浮かべ、イクシアも「そうしようそうしよう!」と必死にアピールし、ヴァリーリアンもそれならばと頷いた。
「解りました。戦いに勝って解散する時に、皆さんの希望する貨幣をさしあげます」
それまで金庫に保管しておきますね、とセイカは開けていた財布を閉じる。
みんなは自然に微笑んだ。セイカだけが戦いに『勝って』と言った。この異世界から来た美少女はレッドに選ばれるだけあって、意外に勝気である。
こうして初給料からの異世界貨幣騒動は、召喚の謎を残して、一応の決着をみたのだった。




