報告
秘密基地の中なのに朝から残念な美人に遭って微妙な気分になっていたセイカは、司令室でシャーリー司令官や仲間達に顔を見せた途端、心配されてしまった。そこで何があったのかを説明したら、
「ああ……」
と、みんながみんな遠い目をした。
「どうせ振り返った生のセイカちゃんがデータで見るより遥かに可愛かったから、性癖を発露しちゃったんでしょ」
「2Dや3Dがどれだけ精巧でも、やはり目の前の本人には勝てませんからね」
「でもセイカは美少女の自覚がないから──」
セイカが飲み物を注文している間、仲間達はこそこそ話していた。
「しかしながら、あのミヒャエル大尉がセイカさんに本性を晒しっぱなしだったとは驚きです」
「そうなんですか?」
レッドの椅子にかけたセイカは、首を傾げる。
「そうヨー。宇宙政府軍中央情報部の〝漆黒の魔王〟ことノルトヴェルガー少佐の片腕といえば、〝死の天使〟と呼ばれるミヒャエル大尉のコトなのヨー」
「二人は対で語られますね。宇宙政府軍のドSの双璧。少佐が『魔王』の如きドSなら、ミヒャエル大尉は『死を宣告する天使』が如きドSだと」
「え? 『ドS』ですか?」
セイカは聞き間違いかと思って確認した。さっきのアレは最初こそ分かりにくかったが最後まで、どう見てもドMだった。
「はい。世間ではドSと認識されています。が、その実態は少佐に拷……尋問される犯罪者に嫉妬して容赦なく痛めつけているのであって、本性はドMです。まあ、相手が『少佐限定』のドMですがね」
また言い直してる……。ここまできたらもう直さなくてもいいよ、とセイカは呆れた。
「それを知っているのは身内認定されている少佐の部隊と、ボクら六人だけだから」
他の人にはバラしちゃダメだよと、フリースペースで今日もセイカの私服を作ってくれているイクシアが、愛らしい唇の前で人差し指を立てる。
「だが誰も見たことがなかったんだっけか?」
見たくもないけどな、と頭の後ろで両手を敷いてソファーに仰向けで寝転がっているロメロはにべもない。美人の男性には興味がないらしい。
「あの美貌だから少佐と張るモテ具合なんだけど、〝死の天使〟は鉄壁のガードで有名だし、みんなドSと誤認してるからM属性のヤツしか寄ってこないんだよね」
「ですから、初めて対面したセイカさんにS対応を要求し、少佐しか知らない本性を晒し、あまつさえ少佐が仕置きを譲ってくるという、有り得ない3コンボが発生したとは──とても興味深いです」
ヴァリーリアンは瞳を光らせてセイカを見てくる。
ええ? やめてくださいよ。わたしに原因なんてないですよ。たぶん。
「ちなみに、ミヒャエル大尉はエインジェラーという種族です。天使族とも呼ばれます。残念ながら背中に羽根は生えていませんが、見た目まんまですね。当然、稀少人種ですよ」
少佐ほどではありませんがね、とヴァリーリアンは眼鏡のブリッジを中指で押し上げながら蘊蓄を披露した。
本当に『魔王と天使』だった……! いや、『魔王と堕天使』か!? 軍の販促でポスターとかPVとかありそうだ。むしろなかったらおかしい! 後で探そう!
セイカがわくわくしていると、ゴールドゾーンから爆弾が投下される。
「セイカもS属性だろ。天性のドMなヤツには判るのかもな」
「は? わたしがS属性?」
「Sだろ。アジトの去り際に〝白の廃園〟にしたアレを忘れたとは言わないよな?」
「ああ、華麗なアレね! ボクもビックリしたよ!」
「ナニよその話! ちゃんと詳しく報告しなさいッ!」
昨日の〝悪ノ華〟月面アジト訪問は、任務の一環だ。報告の義務がある。だがシャーリー司令官は違うところに食いついてやしないか。
それからロメロ、イクシア、セイカはアジトでほぼ別行動だったので、各人が順に報告することになった。
セイカも気になっていた〝青の薔薇〟を姫抱っこしたロメロはその後、意外にもラウンジで真面目に故郷の話の聞き役をしていたらしい。〝青の薔薇〟の育ってきた背景を知るのは口説くのにも必須だし、現在どんな苦境に立たされているのかも話し方や表情から推し量れる。
「一度で全てを知ろうとするのは無粋だな。相手を落とすには、通って少しずつ距離を詰めるに限る」
「あーあの子、ウブそうだしね。それにツンが強い」
「しかも同性だ。文化的にタブーじゃないのが救いだな」
届いた(トロピカルじゃない)ジュースを飲みながら大人しく聴いているセイカは、こちらの世界にも『ツン』という言葉が存在するんだなと思った。それに三つも年下のイクシアに「あの子」とか「ウブ」と言われてしまう〝青の薔薇〟って……王への道は険しい。
「ロメロは〝青の薔薇〟担当ネ。脈はあるの?」
「無くても有りにするのが〝ハートブレイカー〟のオレだぜ?」
六角テーブルの方に来て報告していたロメロは、二本指でカウボーイハットの前鍔を少し上げ、格好つけて言い切った。キザだし凄い自信だ。
彼の前では『次代の惑星王』という身分も言い訳にしかならないに違いない。
「恋は障害があればあるほど燃えるっていうしネ。イクシアはどうだったの?」
「ボクのほうはぜーんぜん。〝紫の百合〟のお姉さん、取り付く島もないんだもん。すぐ消えちゃったから、ザッソー兵のみんなから情報収集してきたよ」
イクシアも六角テーブルに着いて、オレンジ色の椅子に凭れて憮然とする。
「けどやっぱり〝黄の庭師〟の居場所は判らなかったな。艦内もうろつけなかったし」
さりげなく話題をはぐらかされたり、ラウンジにいる大勢の目があるから動けなかったという。
ザッソー兵の美青年達、ただのお気楽な変態じゃないのかも。
「次はもっと積極的にいくよ! 紫のお姉さんが逃げるなら追いかけるだけだし、それなら艦内も見て回れるしね!」
やる気に満ち満ちたイクシアは両手をぐっと握った。
「シアは行く前に言っていたとおり〝紫の百合〟担当っと。〝緑の指〟はエフィが自分の獲物だって断言してたし……」
「あのヒト、少佐が来てなくてガッカリしてたよ」
「アラ、そうなの? じゃあ彼もプライベートではドMなのかしら」
少なくとも初陣での〝緑の指〟は、緊縛され踏まれて、悔しそうに呻いていた。だというのに、昨日はイクシアから見ても、エフェドラがいないと知ってしょんぼりしていたようだ。
二人の間にどんな因縁があるのか、誰も知らないらしい。気になる。
「で? セイカちゃん。〝白の廃園〟とはどうだったの?」
全員の興味津々な瞳がセイカに向けられる。
「ど、どうと言われましても……」
とうとう自分の番が来ちゃったよと焦りつつ、セイカは正直に報告する。いや、そもそもいつからセイカは〝白の廃園〟とセットになったのだと内心首を傾げながら。
「なにその『星の間』って! ボクもそこでお姉さんとイチャイチャしたいっ!」
「ステキだワ〜。アタシだったら一発で恋に落ちちゃうわ〜」
「そんないい場所があったのか。ここぞという時に使うか」
イクシアは地団駄を踏み、シャーリー司令官は頬に手をあてクネクネし、ロメロは自身の恋のプロセスに活かすつもりだ。
そんな中、冷静なのは留守番組のヴァリーリアンである。
「セイカさんはロマチックな空間に呑まれることなく〝白の廃園〟と親交を深め、あまつさえ最初に先制パンチを食らわせ、最後にノックアウトしてきたと」
宇宙人類学者は淡々と事実を並べたが、最後以外は意図してやったのではない。しかも、
「いえあの効き目があったかどうか判らないんですが……」
というのがセイカの本音である。振り返って反応を確かめなかったし。
「あるに決まってるじゃないのッ! ありまくりヨ!!」
「我らがリーダーに迫られてオチないヤツなんていないよ!」
なぜかシャーリー司令官とイクシアが大変興奮している。セイカはどこにそんな根拠があるのかと不思議がったが、二人にしてみれば性格も良い美少女に攻められて陥落しない男がいるはずがないと解っている。オネエで恋愛対象が男性のシャーリー司令官でも、不意を突かれてやられたらドキッとする。もし反応しない男がいるとしたら、余程性的嗜好が偏っている(年上好きとかデブ専とか)者だけだ。
「でも年の差が……」
「司令官も言ったろ? 障害があれば燃えるってな」
「まあ、まだ始まったばかりです。ロメロの様にこれから頑張っていけばいいんですよ」
ロメロとヴァリーリアンに励まされた。純粋に嬉しい。特にヴァリーリアンは宇宙人マニアの妖しさが鳴りを潜め、慈愛に満ちたお兄さん的雰囲気だ。癒される。これが仲間がいる戦隊の良さだとセイカは感動した。
「じゃあセイカちゃんは〝白の廃園〟担当なのネ」
シャーリー司令官はコンソールにデータを打ち込んだ。
あああ正式に決まってしまった。まさかこの世界に来て戦隊の隊員になって、敵の組織の二回りも年上の美丈夫を味方にするという任務を担うことになろうとは!
あわあわしているセイカに、
「というわけでセイカ、ここぞという場面でS属性を発揮しろ。ギャップ萌えを狙うんだ」
と、〝ハートブレイカー〟ロメロは右手を銃の形にして片目を瞑り、狙いをセイカに定めてアドバイスした。
「……ロメロさん、最初から解ってたんですね」
セイカはロメロにジト目を向ける。〝悪ノ華〟のアジトに行く人員にセイカを当然のように入れたのは、そういうことだろう。
「そりゃあオレは〝ロメロ・ザ・ハートブレイカー〟だからな」
ロメロはまったく悪びれず、むしろ偉そうに親指で自分を示した。
とうとうフルネームになっちゃったよ。
「ザッソー兵の募集内容が守られるなら週一で地球襲撃があるとして、月へのアジト訪問はどうする?」
「そっちも週一だな」
「なんでロメロが決めてんの? ボクも週一がいいと思うけど」
「セイカちゃんは?」
「わたしも皆さんと一緒で」
頻繁に会うのは悪手だ。焦らしたほうが効果が高い。会えない時間が想いを育てる。
こちらは会えた喜びに振り回されるのではなく、相手を落としにかかる攻めの姿勢でいく。
ロメロにそう念を押され、「そんなこと解ってるよ」とイクシアは可愛く唇を尖らすが、セイカも彼も十六歳だ。いくら成人が十五歳の世界とはいえ恋の駆け引きに長けていたら、それはそれでどうなのか。
とそこで「恋?」と疑問に思い──セイカは今頃になってはっきり自覚した。そして、ガックリした。自分の嗜好に。
なぜならセイカは戦隊シリーズでいつも好きになるのは、敵ないし第三の勢力のキャラクターばかりだったからだ。一番好きなのは、通称〝白銀の狩人〟である。人間ですらない。
「どうしたの、セイカちゃん? 大丈夫?」
「……ダイジョウブデス」
なにやら沈んでいるセイカを心配してくれたシャーリー司令官に、カタコトでも答えておく。
正確には初めての事態に困惑している。恥ずかしい。恥ずかしすぎる。元の世界では恋愛などしている余裕はなかったし、いいなと思う対象は戦隊シリーズのキャラクターオンリーだった。お子様か。
なのに今は現実で、相手は凄く年上の美丈夫だが、この任務は誰にも譲りたくはない。
しかし、敵を『改心させる』または『救い出す』のが目的だったはずだ。いつから恋の話になったのか?
「年の差を気にしている時点でもう手遅れなのでは?」
心の声が漏れていたようで、隣のヴァリーリアンに冷静に指摘されてしまった。
「どちらにしても目的を果たせばよいのですから、恋をしていても問題ないのですよ」
またしても年上のお兄さん的優しさでヴァリーリアンは微笑み、セイカを諭す。癒された。妖しい宇宙人マニアにならないで、このまま癒し要員でいてください。
「行くタイミングは戦いのあった日の一〜三日くらい後だな」
「そうネ。そこは臨機応変にネ」
スケジュールが大方決定した。
よし。こうなったらやるだけだ。仲間に遅れをとるリーダーでいてはならない。セイカは腹を括った。
じっと左手の掌を見る。〝白の廃園〟の手は大きくて温かく、そして戦う人のものだった。
帰りの際の艦内を行く間、手を繋ぎっぱなしだったのは、子供扱いの他に〝黄の庭師〟の居場所を探られないようにという意図もあったのではないか。イクシアがザッソー兵の美青年達に妨害されたっぽいのと同じで。だとしたら、ロメロの注意どおり振り回されている場合ではない。主導権を握るのはこちらだ。
「セイカ、昨日の装いについて〝白の廃園〟なにか言ってた?」
「凝っていて可愛いらしいと言われました」
「よし! じゃあ〝白の廃園〟をタラシこめるとびきりカワイイ服をじゃんじゃん作るよ!」
イクシアは勇んでフリースペースに戻り、作業の続きを始めた。
「お願いします、シア」
手持ちのお金がないセイカは仲間に頼るしかない。軍人になったので給料が貰えるのが救いだ。イクシアはタダでいいと言っているが、そこまで甘えるつもりはない。ゆめかわいい自身のブランドの制作そっちのけで作ってくれているのだ。
初任給が出たら服代で全部消えるかもしれないが、戦闘服にケチってはいられない。
そう、こちらも戦闘服だ。
「甘めのロリータファッションでいくの? それでS対応が飛び出してきたらギャップで萌え死ぬわネ!」
「でしょ!? 年の差なんて逆に気にしてられなくなるよ!」
「ただでさえ『美少女でレッド』なのに、素顔でも『ロリータでS属性』だとは、ウチのリーダーは恐ろしいな」
またフリースペースのソファーに仰向けで寝て顔にカウボーイハットを乗せたロメロの呟きは、セイカにはもう聞こえていなかった。が、他の三人には理解できたようで、うんうん首肯している。
セイカはコンソールに向かい、情報収集に余念がない。
恋とは闘いに似ている。
十六年生きてきて、初めて知った感情だ。
普通は病に例えるのだが、魔法陣にレッドとして相応しいと選ばれた、勝利するために燃えに燃えているセイカが気付くことはなかった。




