邂逅
魔法陣のような紋様に吸い込まれたセイカは、地面が目の前にあるものと思っていた。が、紋様から放り出された先は、なんと空中だった。
「ええ──ッ!?」
顔の方から落下していたので、地上の様子が見える。なにやら見覚えのある場所に、十数人が点在しているようだ。
問題は、周りの人々とは異なる格好をした人が落下先にいること。
「すみません危ないですどいてくださーいっ!!」
とりあえず早口で警告を促し、着地できるように空中で体勢を立て直す。
(──あれ?)
身体がイメージした通りに動いた。甚だ運痴のセイカにはありえないほどスムーズに。
「きゃっ!?」
「おっと」
違和感を覚えた一瞬の間に、落下先にいた人に受け止められる。
「大丈夫ですか? お嬢さん」
すぐそばで気遣う声がした。反射的にそちらを見ると、優しく微笑む美丈夫と至近距離で目が合った。
「!!」
セイカは息を呑んだ。アクションシーンも多々ある華流歴史ドラマに出てくるイケオジ俳優みたいな顔がすぐそこに……自分に向けられている。
「お嬢さん?」
「ハッ!? すっ、すみません!!」
不思議そうに問われ、セイカは正気に戻った。
なに見惚れているんだ自分!! しかも華流イケオジ俳優的な人に『お姫様抱っこ』されているこの状況──嬉しくないはずがないけれども!!
「降ろしますよ?」
「は、はいっ」
その人は、足からそっと降ろしてくれた。セイカの体重など全く感じていない、逞しくかつ優しい腕だ。
空中で一回転して足から華麗に着地する予定が大幅に狂ってしまったが、この人に当たって怪我をさせるとか大惨事に至らなかっただけ良しとしよう。そうしよう。
「あの、ありがとうございましたっ」
セイカは学生鞄を両手で持ち、照れを隠すように勢いよく礼をする。──と。
「おお!」
「アレは伝説のジャパニーズスタイル『オ・ジ・ギ』!!」
なんだか周囲から感嘆の声が揚がった。
そういえば上空から地上を目にした時、わらわらと動き妙な姿をした人達がいたのを思い出す。
「礼には及びません。むしろ──」
「おいジイ! その娘で間違いはないな!?」
美丈夫は声まで格好いいんだなと身体を起こしつつ感心していたら、不躾にもそのイケヴォを遮って高飛車な男の声が飛んできた。
揃ってそちらを向けば、昭和の戦隊ファンにはお馴染みの、新宿の某公園にある滝のように流れ落ちる水の壁の前に、声の主と思われる美青年が苛立ったふうに立っている。彼の前や自分達の周りには、まるで戦隊モノの敵の下っ端戦闘員のような──頭にツンツンの緑の毛(?)を生やし、変なお面とグローブとブーツに銀色のベルトを着けただけの、深緑色の全身タイツ姿の人々が怪しげに蠢いていた。
「ちょっとオマエら!」
「何をしているっ、いえっ、何をしたんですかっ!?」
今度は左手の方から、見事に個性がバラバラの四人が駆けて──いや、一人は歩いている──きた。
「来るのが遅いぞ、うるさい蝿ども!
やれ! ザッソー兵!」
『サー!!』
美青年が声高に命令すると、深緑色の全身タイツな人々──『ザッソー兵』が揃って奇声を発し、四人に襲いかかった。
「わっ」
なぜかセイカにも向かってきたので、反射的に相手に当たらないギリギリの距離で蹴り上げてしまう。
「ソーッッッ」
「えっ!?」
実際には当たっていないはずなのに、目の前のザッソー兵は強く蹴られたかのように派手に飛んでいった。
「わわっ! ちょっとっ!?」
唖然としている暇もなく、周囲のザッソー兵が向かってくる。攻撃は避け、反撃の手刀や蹴りを寸止めで入れたり、時には学生鞄を盾や攻撃などに使ったりして、次々に捌いていく。そしてやっぱり触れてもいないのにザッソー兵達は「ソーッ」とか叫んで、やられたようにリアクションをとる。オーバーに吹っ飛んだりしていても受け身は完璧だ。
(なにコレ!? なんでこんなに動けるの!?)
しかし、ザッソー兵の不可解な行動より、セイカは自分の身に起った変化に対する驚きでいっぱいだった。
「お強いですね、お嬢さん」
背後から美丈夫の声がかかる。
長年の戦隊シリーズ視聴と執念のイメトレの成果か、気付けば周囲のザッソー兵達は皆、地に倒れ臥していた。その他のザッソー兵達は、駆けつけてきた四人がお片付け中だ。
というか、これは倒したことになるのだろうか? 殺陣じゃないのかな。ざっと見たところ、撮影隊はいないみたいだけど。
「ですが、スカートでの戦闘は……」
「えっ!? だ、大丈夫です! 下にスパッツ穿いてます! よく転ぶのでっ」
美丈夫に苦言を呈されて、慌ててセイカは振り返り説明する。
「よく転ぶのですか? それはそれで心配ですね」
「ええっ」
困って百八十センチくらいの長身の彼を見上げれば、本当に心配しているであろうオリーブイエローの瞳がセイカを見詰めていた。
誠実な、温かい瞳だ。
「ええい、役に立たん雑魚どもめッ。退くぞ、ジイ!」
ザッソー兵を全員沈めた四人が迫ってくるのを見て、水の壁の前にいた美青年は悔しげ舌打ちし、撤退の指示を出す。
「ではお嬢さん、失礼」
と、美丈夫なその人が言うのと同じくらいに、突然辺り一帯が陰った。何事かと仰げば──UFO!?
「特虹戦隊よ、我等〝悪ノ華〟に感謝するのだな!」
UFO(?)の底の真ん中に開いた穴から、光が円筒状に降りてくる。その光に駆け込んで四人に向き直り、捨て台詞を吐く美青年は、徐々に浮いて穴の中に吸い込まれていく。次に美丈夫が、最後に伸びていたとは思えない素早さでザッソー兵達が集まり、同じように飛行物体の中に消えていった。
そうして全員を収容した銀色の円盤は、ハイスピードで上空に飛び去った。
「えー……」
なんだったんだろう今のは……撤収の仕方がやけに昭和っぽくない? と、セイカは空を見上げてポカンとしていた。だがその視界に映る光景に、更に目を見開く。
規則正しく建つビル群はSF映画さながらの未来的なデザインで、その合間を上下左右、半透明の色の付いた車線が通り、そのまた上を宙に浮いた自動車が行き交っている。もちろん、自動車もSF的なデザインだ。
「君、大丈夫ですかっ!?」
「変なことされたり言われたりしてないかい?」
「オマエじゃあるまいし、変なことはされてないだろ!」
「ユー、それはどういう意味かな!?」
傍で騒がれて、未だ茫然としつつセイカはそちらを見やった。SFな光景に見蕩れていた間に、超個性的な四人組がすぐそこまでやって来ていた。
その中の一人、眼鏡をかけた真面目そうな──やけに青白い肌の所々に鱗がある──人が、
「君は先程、魔法陣から現れましたね?」
と、慎重に問いかけてきた。
……あれはやっぱり魔法陣だったんだ。謎の飛行物体も見たし、ここはSFの都市そのものなのに、ファンタジー……。
「僕たちは宇宙政府軍の軍人です。今、逃げ去ったのは、地球を狙う悪の組織に属する者たちです」
「……」
うちゅうせいふぐん。ちきゅうをねらう、あくのそしき……。
分かりやすく説明してくれるこの眼鏡の青白い人も、宇宙人とかなのかなー。耳に鰭っぽいものがついている。
あまりにも戦隊シリーズで宇宙が舞台の物語すぎる状況に、思わず現実逃避してしまうセイカだ。
「君を保護したいのですが、一緒に来ていただけますか?」
「なに確認してんの!? アイツらが元凶ならこのままじゃ危ないんだから来て当然だよ!」
この中で唯一セイカより小さくて可愛い男の子が、眼鏡の人に噛みついた。
コレは『ゆめかわいい』という恰好では? その上、猫耳と尻尾が付いている──感情に沿って動いているように見えるんだけど、SFな世界だからグッズも高性能なのかな?
その時。
「!」
「!?」
四人の手首の辺りから、短い音が鳴った。
『モシモシ? アタシよ! いい? 絶対にそのコを連れてくるのヨ、命令ヨ! 解ったわネ!?』
手首に巻かれた『変身ブレス』っぽいアイテムからオネエさんの声が響いたかと思うと、それだけ言って通信が切れた。
どこかからこの一連の出来事を見ていたのだ。いくらSFな世界でも撮影隊は要るだろうから、番組などの撮影に紛れてしまったとは考えていなかったけれど、どうやって見ていたのだろう? 車が宙を飛び交うくらいだから、セイカには分からない方法もあるに違いない。と納得しておく。
「心配しなくてもいいぞ、ユー。なぜならオレ達は『悪と戦う正義の味方』だからな!」
全身をカウボーイコーデでキメた、長身の男の人がキザにウインクした。
あ、彼は一般人っぽい。なんかホッとする。
「もうっ、少佐! 突っ立ってないでなんとか言ってよ! こういうの専門だろ!」
猫耳ジェンダーレス男子が焦れて、彼らの後ろで一歩引いて見ている人に声をかけた。
──なんの専門!?
軍人と言うわりに声をかけてきた三人は私服だったが、その人はバリバリに黒の軍服姿だった。それも、上役の軍人用と思われる制服だ。
制帽を被った黒髪の超絶美形は、コートを羽織った状態で腕を組み、ズボンをブーツインした長い脚を肩幅に広げて立っている。極め付きは、黒の眼帯を右目にしていること、ベルトに下げた武器の中にケインと呼ばれる短い鞭や巻かれた長い鞭があること。
ヤバイ。何がヤバイって、もう全てがヤバイとしか言いようがない!
ふつう、こういうキャラって敵の幹部とかじゃないの!?
「秘密基地に案内する。──来なさい」
佐官らしいその人は、とても落ち着いた、涼やかな耳に通る声音で言った。
……ああ、彼女は〝男装の麗人〟だ。
セイカは学生鞄の持ち手を両手でぎゅっと握り、素直に頷いた。