『星の間』にて
巨大戦艦の通路はまさにSF世界そのものだった。脇道に逸れて冒険したい気持ちをぐっと抑え、道順を頭に入れつつセイカは〝白の廃園〟の後を追う。
身長差から歩幅がだいぶ異なるが、セイカが早足になることはない。「優しいなぁ」と彼の背中を眺めながら歩いていると、急に開けた場所に出た。
「わぁ……!」
感激したセイカは思わず感嘆の声を漏らした。
そこは天井の半分から右手の壁一面が透明で、黒く磨かれた床にも星々が映っている。まるで宇宙に浮かんでいるようだ。
「通称『星の間』です。一応通路なのですが、ひろくて眺めも良いので休憩や応接にも使われているのです」
セイカ達が出てきたところから遠く、宏大な空間の向こうの壁、真正面に通路の入り口が見える。星の中の右側には応接セットが八つも並んでおり、そこまでも結構な距離がある。
もったいないことに今は誰もいない。〝白の廃園〟は中央辺りの応接セットへセイカを導いた。
「気に入って頂けましたか?」
「はい。とても素敵な場所ですね」
二人の声と靴音だけが響く。
「あの、今回も助けてくださり、ありがとうございました」
セイカはソファーに座る前に一礼する。〝紫の百合〟に捕まって困っていたのは一目瞭然で、用事があることにして連れ出してくれたのだろう。
「貴方は……」
一人掛けのソファーの前で振り向いた〝白の廃園〟は、複雑な表情をしていた。
「私が貴方をどこかに監禁するとか、危害を加えるなどとは考えなかったのですか?」
言外に敵地で敵に簡単についてくるものじゃない、自分を信用しすぎだと指摘され、セイカは目を丸くする。
「監禁は趣味ですか? 仕事でですか? わたしはザッソー兵の皆さんと違ってドMではないので、痛めつけられても悦べないのですが」
セイカは首を傾げて背の高い〝白の廃園〟を見上げ、真面目に確認した。
危機管理について心配をしたのに、なぜ性癖の話になる!? 可愛いお嬢さんと思っていたら、とんでもない返しをされた。そのギャップに撃沈した〝白の廃園〟は、
「……違います。仕事でです」
と、なんとか言葉を絞り出し、力なくソファーに座り込んで片手で顔を覆った。
「じゃあ、その時はその時ですね。監禁されても脱出して、ついでにこのアジトの秘密を手土産に特虹戦隊の基地に戻るだけです」
想像するとやる気が漲ってくる。拳を握ったセイカは、逆境になればなるほど燃えるタイプだと初めて自覚した。
ディヴァースⅤのレッドとしての自負もある。簡単に敵の思うとおりになる訳にはいかない。
「あなたがわたしに危害を加える心配は……ないとは言い切れないのかもしれませんが、あったとしたら余程の事態だと判断します」
セイカはソファーに腰掛け、目線を極力同じ高さにして告げる。
〝白の廃園〟は悟った。自分達の境遇を解った上でそう発言しているのだと。真っ直ぐに向けられた力強い黒い瞳は、救ってみせると語っていた。
「…………参りましたね」
自嘲的に苦笑して胸の奥に生まれた熱を誤魔化すと、〝白の廃園〟はセイカの前に片膝をつく。
「大変遅れてしまいましたが、貴方をこの世界に召喚したことを、我が主に代わって謝罪させて頂きたく存じます」
ひたすら誠実に、セイカの瞳を見つめる。本意ではなかったとはいえ、こんな謝罪では済まない大罪を犯してしまったのだ。罵倒でも何でも甘んじて受け入れるつもりである。
慌てたのはセイカだ。
「謝罪は受け取りました。ですから、体勢を戻してくださいっ」
年上の人からこんなに謙られても困る。
「しかし……」
「しかしも案山子もありません! ソファーに座ってください。そして、わたしの話を聞いてください」
大人の男の人──いや、〝白の廃園〟に触れるのを躊躇ったが、彼の上腕に手を添えてどうにかソファーに座らせ直し、セイカは自分の事情を語る。
元の世界ではひどく運動音痴だったこと。でも戦隊ヒーローのスーツアクターになるのが夢だったこと。それがこの世界に来たら運動神経抜群になって、夢もほぼ叶ったこと。
どれだけ運痴だったのか、また戦隊ヒーローやスーツアクターについて、事細かに説明した。
「──だから、わたしは感謝しているくらいなのです」
「家族や大切な人に会えなくなってしまったのに?」
「わたしの家族や町内の人々は、今の状況を知ったらきっと喜んでくれるはずです。夢が叶ってよかったねと。もしも戻って運動音痴も復活するなら、誰もが『帰ってくるな!!』と止めるでしょう」
「……大切な方は?」
「大切な人ですか? うーん……家族枠ですけど、師匠ともいえる叔母ですかね。戦隊ヒーローになったなんてバレたら、絶対羨ましがるし応援してくれると思います」
顎に右人差し指を添え、右肘を左手で支えて、宙を見ながらセイカは答えた。
これははっきり言わないと伝わらないようだ。
「恋人か伴侶はいなかったのですか?」
「恋人!? 伴侶!?」
セイカは素っ頓狂な声を上げ、〝白の廃園〟をちょっと驚かせた。
「巻き込まれ怪我をするのがオチの、運動神経が死滅していたわたしを好きだと言う勇者など、いませんでしたよ!? わたしも自分の運動音痴とつきあって生活していくのに精一杯で、恋愛どころではなかったですし! あと、元の世界での成人は二十歳で、女子は十六歳で結婚できましたがそんな人は稀です。二十二歳まで大学で学ぶ人も多く、三十歳を過ぎても未婚の人も少なくありません」
慌ててセイカは捲し立てる。
「十六歳のわたしはまだ未成年で、高校に通う学生でした。なのにこの世界での成人は十五歳と聞き、結婚なり就職なりしていると言われ、困惑しています」
こちらの世界について教えてもらうことになっているヴァリーリアンに聞いたところによると、学問の面では科学の発展で、大学レベルは十二歳で修得を終え、十五歳ともなれば研究職に就いているらしい。
とすると、この歳で高校一年生レベルのセイカは遅れに遅れていることになる。
セイカは膝の上で両手をキュッと握った。
「……無理もありません。貴方がこちらへ来てから、まだ三日と経っていないのですから」
〝白の廃園〟は流れるように席を離れてまたセイカの前で片膝をつき、握った手を自身の両手で優しく包み込んだ。
温かい──と心地良く思ってしまったセイカは、ハッとした。近くなった〝白の廃園〟の目を覗くと、やはり責任を感じている気がする。
「そもそも、あちらと宇宙時代のこちらの世界とでは千年以上文明のレベルが違うらしいので、悩んでも仕方ないのですけれど。それに、わたしはSF好きなので、簡単に月まで来られて、宇宙から地球が生で見られて、感激しています。宇宙戦艦のこんなに素敵な場所にまで案内してもらえて、凄く嬉しいです」
良かったことの方が圧倒的に多いのだと伝われと、セイカは〝白の廃園〟の瞳をまっすぐ見返す。
「……貴方は本当に……独り身だったのですか? 年頃の少年など、貴方を好きにならずにはいられないと思うのですが」
自分が大変な状況に置かれているのに、相手の気遣いができるのは美徳だ。それはとても好ましく、〝白の廃園〟の胸を打つ。
実際、本人は知らないだけで、セイカは非常にモテていた。性格も容姿も良いが壊滅的な運動神経の『残念な美少女』として、町内外で有名だった。けれど本人は自分の美醜に無頓着で、性格も裏表がなく、転んでばかりいてもめげない。愛されキャラだったからこそ、町内の老若男女に見守られていたのだ。
隣で並んで歩くことさえできない運痴でなければ、少年達の告白合戦が繰り広げられていたに違いない。
「いえいえ、まったくいませんでした」
モテる要素がないと思い込んでいるセイカは、頭を左右に振る。素っ転んだのを助け起こしてもらったり、散蒔いた荷物を拾ってもらったり、絆創膏をもらったり、他の年代性別の人達と同じ対応をされた記憶しかないし。
「こんなに愛らしいのに?」
「えっ」
「向こうの男性陣は見る目がなかったのですね」
〝白の廃園〟はさらりとそんなことを言い、セイカの隣に腰を下ろした。両手はそのままなので、自然と斜めに向き合う形になる。
「今日の装いは凝っていらして、一段と可愛いです」
召喚された日の学生服でも、昨日の軍服でもなく、イクシアが徹夜で初めて作ってくれたロリータファッションver.制服を着てきた。私服は今のところこれのみで、気に入っていたので。
だから褒められて嬉しいが、面と向かってこう何度も言われると恥ずかしいし、勘違いしそうになる。
「……誉め殺しですか?」
厄介な口撃だ。セイカは少し上目遣いになって非難した。
「事実を申し上げているだけです。ほら、ザッソー兵にも貴方のファンは沢山いたでしょう?」
微笑む〝白の廃園〟は、本心だと伝えるようにセイカの手に添えている両手に僅かに力を込める。
間近で美丈夫に見つめられ、手まで握られて、セイカの心臓はもう持ちそうにない。
「あ、あの、〝青の薔薇〟さんから離れてしまってもよかったのですか?」
今更な質問だ。苦し紛れがバレバレで、余計に可愛らしい。
「若ですか? 若ももう十九の青年なので、御自分で対処なさるでしょう」
〝白の廃園〟は突き放した発言をした。確か〝青の薔薇〟は未開の地の惑星の次代の王になる身のはずだ。なのに、扱いが雑な気がする。セイカのほうが恭しく応対されていないか。
〝青の薔薇〟の相手は百戦錬磨の〝ハートブレイカー〟である。王への道は険しい。
「彼はあなたを『ジイ』と呼んでいますが……なぜですか?」
「ああ、私は殿下が赤子の頃からお目付け役をしているので、若い殿下には年寄りと思われているのですよ」
「そんな! わたしはあなたを年寄りとはまったく思わないですよ! 四十代といったら男盛りじゃないですか!」
セイカは疑問が解決してすっきりするどころか、身を乗り出してその理由に憤慨した。
「そうですか?」
「そうです! あなたは大変魅力的な人です!」
勢い余ってセイカは胸の高さまで両手を持ち上げ、それを包む〝白の廃園〟の両手を解き、逆に力強く握り返した。
「貴方にそう言って頂けるとは、光栄です」
〝白の廃園〟はくすりと笑った。ぷりぷり怒っているセイカが可愛い。
「貴方も大変魅力的な人ですよ」
隣りで美丈夫に優しい瞳で見つめられ、美声に酔い痴れそうだ。けれど、自分の容姿や性格が秀でているとは思っていないセイカは、それを社交辞令と受け取った。そして今、自分がなにをしているかに気付く。
「す、すみませんっ」
慌ててセイカが両手を離すと、
「おや、私はそのままでも構わないのですが。残念ですね」
などと言い、〝白の廃園〟はまだセイカを見つめてくる。
これ以上、美丈夫に真顔で揶揄われては堪らない。なにか話題の転換を! と焦ったセイカは、基本的な挨拶をしていないことに思い至った。
「あの……改めまして、わたしの名前は『セイカ』といいます。片仮名で、セイカです。苗字は日本人でも憶えにくいので省きますが……」
「ええ、構いませんよ。本名が分かっていても召喚・送喚できるとは限らないそうですが、貴方の場合、例外かもしれませんから」
誰が、とは口にしなくても、通じている。
セイカが苗字を教えないのは彼を信用していないのではなく、無用な危険を避けるためだが、どうやら気分を害していないようだ。
「では、セイカさん」
〝白の廃園〟は自分に近い方、セイカの左手を取って、
「私のことは『ルニー』とお呼びください。私自身、本名は言い辛いと思っていますので」
と、愛称呼びを勧めてきた。
セイカは美声で初めて名前を呼ばれたのと、手をキュッと握られたのと、美丈夫の微笑みと、どれにドキドキしているのか分からなかった。
ここ『星の間』というロマンチックすぎる場所が追い討ちをかけている。通路という割には誰も通らないし。
と思っていたら、美青年のザッソー兵がひょっこり顔を出して「お二人が帰るそうですよ」と呼びに来た。「もうそんな時間ですか」と呟いた〝白の廃園〟は、「では行きましょう」と握っていた手を繋いで歩きだした。それは艦の出入り口まで続き、イクシアとロメロに生ぬるい目を向けられた。
エスコートしてもらったというには無理のある状態だったが、恋人繋ぎでもない。セイカとしては、子供が迷子にならないように手を引かれている気がしないでもない。なんせ二人は十六歳と四十歳だ。
だからセイカは別れ際、〝白の廃園〟に向き直り、
「ルニーさんの故郷の星では、成人は何歳ですか?」
と、質問した。
「宇宙政府と同じ、十五歳ですが」
今日のセイカとの会話で、宇宙政府軍の情報部は〝悪ノ華〟に関することはほぼ調べ上げていると分かった〝白の廃園〟は、不思議そうに、それでも答えた。
その返事に満足したセイカは、彼の両肩に手をかけて背伸びをする。今日履いてきた大きなリボン付きの白い靴は太い七センチメートルのヒールだが、背の高い〝白の廃園〟には及ばない。
すると、親切な〝白の廃園〟は上半身を前に少し倒してくれたので、
「そうですか。安心しました」
と、なんとか耳元で囁けた。そして相手の反応を待たずに背を向けて、さっさとアジトを後にする。
仲間に生ぬるい目で見られたままでは終われない。
ずんずん先を行くセイカの背後でロメロが「ヒュ〜ッ」と口笛を吹き、「セイカ、早いよ〜っ」とイクシアは小走りになってついてくる。
〝白の廃園〟は『若』につきっきりのせいか結婚歴は無く、現在は恋人もいないとデータにあった。遠慮はいらない。帰ってセイカだけ今日のやりとりを思い出して悶々とするのはフェアじゃない。まずは意識してもらわねば──反芻して、少しでも思い悩めばいいのだ。
セイカは自分が『攻め』(『責め』ではない。それは少佐の専売特許)の気質であると今、自覚した。意外に負けん気が強いということも。
初めての敵のアジト訪問は、自身についての発見も多かった。
「…………ッ」
一方、残された〝白の廃園〟は、耳元で囁かれた体勢で固まっていた。不意打ちだった。
しかし、思い返すと『星の間』に連れていった最初のほうでも、突然のギャップに撃沈させられた。それからはずっと守りたくなるお嬢さんといった感じだったから、その衝撃を忘れていた。
「…………」
素顔のザッソー兵達が「また来てくださいね〜!」「お待ちしてま〜す!」等々とゆるい声をかけるなか、二人の男を従えての先頭を行く凛とした後ろ姿を見送る。
考えれば、別世界に独りなのに、一般の学生から軍人に、隊のリーダー(レッド)になってしまう人なのだ。守ってもらうか弱い存在の訳がない。あの自分達にはよく分からない、〝黄の庭師〟が会心の出来だと自慢していた魔法陣に選ばれし、戦士だ。こうして敵陣まで乗り込んで来る大胆な──
自分は若を見守る役だと思っていたが、傍観者ではいられないのか。けれど、そんなことがあるのだろうか。彼女は十代で、自分は四十歳だ。
「…………フッ」
〝白の廃園〟は自嘲的な笑みを浮かべた。
既に自分の頭は彼女の存在でいっぱいだ。もう術中に嵌っている。
セイカの姿が見えなくなるまで、〝白の廃園〟はその場を動けなかった。




