アジトは驚きがいっぱい
「うわ〜本当に地球だ! 青い!」
セイカは目の前の光景に、ただただ感動していた。
やって来ました、月面都市の外れに係留されている宇宙戦艦──〝悪ノ華〟のアジトに。
始めは宇宙政府軍の宇宙港で宇宙船や様々な種族の宇宙人に、次は小型宇宙船のコックピットから見た宇宙空間とどんどん近付いてくる月に、その次は月にある都市に、そのまた次は〝悪ノ華〟がアジトにしている巨大な戦艦に、セイカは驚いた。SF映画さながらの世界、未体験の連続だった。
そして最も驚かされたのは、〝悪ノ華〟のアジトにすんなり入れてしまったこと。
その上、見晴らしがいいというラウンジに案内された。地球が前面に見えた。
敵地だという現状も忘れ、思わずセイカは駆け寄って歓声をあげた。
「やっぱり感動しますよね。肉眼で地球が見られると」
「毎日見てても飽きないよな。日本人の富士山みたいな存在だよ」
気さくに声をかけてくるのは、地球出身のザッソー兵だろう。
このひろいラウンジには、そこかしこに寛いだ青年達の姿がある。みんな私服のザッソー兵だ。
セイカ達が乗り込んで来たのに誰も臨戦態勢に入らないのは、勤務時間外だからだそう。ザッソー兵の求人は『週一〜二日勤務のカンタンなお仕事です。母なる星・地球で、正義の味方にやられたい人、大募集! ※年齢・身長制限あり。月給制・副業不可』というもので、週に一〜二回〝悪ノ華〟の下っ端戦闘員を演るだけで、例えば日本の二十代の平均月給1.5〜2倍貰える。勤務時間はザッソー兵のコスチュームを着ている間と決まっており、それ以外は自由に過ごして良いという超ホワイトな職場だと、ラウンジに着くまでの道中、案内してくれた青年が教えてくれた。
ついでに年齢制限は二十代で、体力面を考慮してのもの。身長制限は百七十五センチメートル前後で、揃っていた方が見栄えがするし、あまりにもヒーローより大きくては格好がつかないから、らしい。
ディヴァースⅤで一番背が高いのはエフェドラで、百九十一センチメートルだ。次点でロメロの百八十八センチメートル、ヴァリーリアンは百七十八センチメートル、イクシアが百六十センチメートルで、一番低いのは百五十三センチメートルのセイカである。(シャーリー司令官は百八十一センチメートル+ヒール)
対する〝悪ノ華〟の大幹部は、〝紫の百合〟が百七十二センチメートル、〝青の薔薇〟が百七十八センチメートル、〝白の廃園〟は百八十センチメートル、〝緑の指〟は百七十七センチメートル、〝黄の庭師〟は不明だ。
それにしても、ザッソー兵が破格の待遇とか。勤務時間外ならアジトに入れてくれるとか。意外にフレンドリーだとか。驚きがいっぱいだ。
しかし、驚くべき事実はもう一つあった。それは、『素顔のザッソー兵』が全員イケメンであるということ。
あれかな? 常春の国に住む野菜名の部隊が眼鏡を外すと美形だったというのと同じ原理なのかな?
なんにせよこの美青年達があのザッソー兵の恰好で怪しげな動きをしたり、自らやられにいくドMだったりするのか……宇宙はひろいなぁとセイカは思った。
「ささ、こちらへどうぞ」
「ジュースをお持ち致しました」
セイカは勧められた席に着く。美青年達に丁重にもてなされ、なんだかホストクラブにいるような気がしてきた。実際に行ったことはないけれど。
そして、ジュースはトロピカルだった。どうして敵地でもコレなのか、小一時間ほど問い詰めたい。
「ねえ、〝紫の百合〟のお姉さんはいないの?」
「オレは〝青の薔薇〟に会いに来たんだが」
イクシアとロメロがVIPな態度でソファーに座り、飲み物を持ってきた美青年に聞いている。いよいよホストクラブっぽい。
「それであの……」
「魔王様……いえ、ノルトヴェルガー少佐は……」
席を勧めてきた人と、膝をついてトレーを抱えた人が、もじもじして言い淀む。
ああ、彼等はそっちの人達か。
「すみません。少佐はお仕事が忙しいらしく……」
「そ、そうですか」
「……残念です」
二人以外にも、いつ増えたのか周りで耳を欹てていた大勢の美青年達が明らかにがっかりした。なにを期待していたのか考えたくないが、たぶん忙しくなくても少佐は来ない。昨日の戦いぶりや今の状況を見るに、大変なことになるので。
「あ、あのっ! 自分はレッド推しなのでっ!」
暗い空気を払拭し、人垣や鉢植えが並ぶ仕切りの向こうから手が挙がった。それを皮切りに「おれも!」「僕も!」「レッドで強くて可愛いとか、神か!」「今日の私服姿、ご馳走様です!」などと、次々と申告してくる。誰一人姿は見えないのだが。シャイか?
「ア、アリガトウゴザイマス?」
自分にこういった声援がくるとはとは思ってもいなかったセイカは、びっくりしてついカタコトになってしまった。
──その時。
「わたくしも貴女のファンよ」
ふわりと良い香りがして、肩に両手をかけられ耳元で囁く声がした。
(いつの間に!)
少し体を反らして左を向けば、真横に座り体を密着させてくる〝紫の百合〟がいた。
至近距離で見る彼女は、薄化粧なのに濃紫の瞳を縁取る睫毛は長いし、腰まである髪は白銀のサラサラストレートで色白と相俟って儚げだが、腕に押しつけてくる胸はけしからん大きさで、なにより額から生えている一本の角が凶器だ。
「会えて嬉しいわ。この艦ったらオスばっかりで最低なのよ。貴女、ここに住まない?」
わたくしの部屋で一緒に……と、桜色の唇で艶っぽく誘う。
イケメンパラダイスを『最低』と言い切ってしまう美女、流石は一角獣人だ。
いえいえ、わたしは異性愛者ですので。揶揄われているとしても明確にさせておくほうがいいから、そう言おうとセイカは口を開きかけたが、
「お姉さん、こんなところにいたんだね!」
と、イクシアが人垣を飛び越えてやって来た。空中で一回転して。変身もしていないのに。ネコ科獣人の跳躍力の凄さを見た。
「ボク、ソフィーお姉さんに会いに来たんだよ!」
「迷惑だわ……消えて」
「えー! お姉さんに気に入ってもらえるように、こんなにカワイクしてきたのに?」
イクシアは邪険にされてもめげずに小首を傾げる。
あざとい! メンタル強っ! 見ているこっちがハラハラする! と周囲やセイカは兢々だ。
「なに!? 特虹戦隊の奴等が来ているだと!?」
今度は騒々しい声と足早に歩く複数の靴音が近付いてきた。
「なっ……!? 貴様等っ、なぜここにいるっ!?」
予想通り現れたのは〝青の薔薇〟で、セイカ達を指差して喚いた。
「若、他人を指差してはなりませんと何度も申し上げているでしょう」
その声に、セイカの心臓が跳ねた。
〝青の薔薇〟の後ろに控えている美丈夫──〝白の廃園〟は悩ましげに首を振り、苦言を呈しているが、その『若』はレッドの腕にひっついている〝紫の百合〟を熱心に口説いているオレンジという、目に飛び込んできたプチカオスな光景に気を取られていて聞いていない。
「オレも忘れてもらっちゃあ困るぜ」
人垣の輪の中にいなかったロメロが〝青の薔薇〟に最接近して腰を抱く。
「……ッ!! 貴様までッ!」
「ユーに会いに来たのさ。当然だろ?」
ロメロは〝青の薔薇〟の顎に指を添えて顔を自分に向かせ、甘く囁く。〝ハートブレイカー〟の本領発揮である。
低音イケヴォを間近でくらった〝青の薔薇〟は案の定、腰砕けになった。経験値が少ないとその口撃を防ぐのは難しい。
「こ、こらッ、なにをッ……!」
「席までお連れしますよ、殿下」
「…………ッ!」
〝青の薔薇〟は然る惑星の王子(十九歳)だ。それを人前でロメロに軽々と『お姫様抱っこ』されて、羞恥で言葉も出てこない。
ロメロは〝青の薔薇〟が暴れないのをいいことに、さっさと静かな席に連れていく。
BLですか!? リアルBLですね!?
セイカは腐な展開にわくわくしてしまった。
「誰だ! 敵をアジトに入れるやつがあるか!」
「えーでもオレたち今、勤務中じゃないしー」
「そーだそーだ」
少し離れたところから、〝緑の指〟と素顔のザッソー兵達の会話が聞こえてくる。
「万が一にも、ノルトヴェルガー少佐が来てくれるかもしれないじゃないっすか」
「…………」
さっきがっかりしていたザッソー兵の美青年達も、エフェドラはそう簡単には来ないと解っていたようだ。
「……それで、いるのか」
「いえ、いないっす」
「やっぱムリですかねー」
「…………そうか」
叱責していた勢いはどこへやら。〝緑の指〟の姿は確認できないが、去っていく足音のとぼとぼ感が半端ない。
昨日、戦場で縛られ足蹴にされて悔しそうにしていたのに、どうした!?
セイカは混乱している。
「紫の、彼女を解放してください」
ドキッ! 美丈夫の声にセイカの鼓動が大きく跳ねた。
〝白の廃園〟はロメロに連れ去られた〝青の薔薇〟について行かずに、まだそこにいた。
「なぜ……?」
「彼女に用事があるので」
はっきり言う〝白の廃園〟と〝紫の百合〟の視線がぶつかり、火花を散らした。
暫し、沈黙が辺りを支配する。
空気を読んで静かに成り行きを見守っているイクシアは、内心〝白の廃園〟を応援している。
「……そう。仕方ないわね」
折れたのは〝紫の百合〟で、巻きついて胸の間に埋まっていたセイカの腕を離した。
セイカはホッとして席を立ち、目が合ったイクシアに頑張れと密かにグッドサインを送る。するとイクシアは頷き、グッドサインを送り返してきた。
これでイクシアの任務を邪魔せずに済む。
「昨日ぶりですね」
「はい。昨日は大変お世話に? なりました」
〝白の廃園〟は近寄ってきたセイカを自然に迎え入れ、
「この艦の最も眺めの良い場所に案内しましょう」
と、通路の先へ促した。
「ああ、レッドさままでもが……」
「無理だ。シブメンの魅力にはオレらじゃ勝てん……」
「大丈夫だ! 俺たち下っ端には〝漆黒の魔王〟様がいる!」
〝白の廃園〟に連れられていくセイカを見送る素顔のザッソー兵達は、そう嘆いていたとかいないとか。




