駅の階段
最近は残業続きで睡眠時間が削られて、眠い。私は電車に揺られながらウトウトと、船を漕いでいた。
現実と夢の堺をウロウロしていると、聞き馴染みのある駅名のアナウンスが聞こえて、がばっと飛び起きる。見ると電車の扉は既に開いていて、私は急いで立ち上がると駆け足でホームに降りた。
その時、何か違和感を覚えた。何がどうということは説明ができないが、二の腕にぞわっと鳥肌が立つような、厭な感じだった。
その場で辺りを窺うが、見慣れたホームに異変はない。終電を迎え入れたホームに人影はなく、しんと暗闇に静まり返っている。
発車ベルに驚くと同時に背後で扉が閉まり、電車がゆっくりと走り出した。明るい車内にも珍しく人の姿はない。今日は残業で終電に乗ったのは自分だけかと、私は溜め息を零した。
改札に繋がる階段を重い足取りで上る。夕飯もまだ食べていないが、帰ったらそのままベッドに倒れ込むだろう。それくらい、眠いし怠い。
えっちらおっちら階段を上り続け、上り続け、続け……はたと足を止めた。
――この階段、こんなに長かっただろうか。いくら疲れて感覚がおかしくなっているとはいえ、これだけ上っても改札に着かないのはおかしい。
頭を擡げ、階段の行く先を見遣る。
「…………え、嘘……」
蛍光灯に照らされた階段は、ずっとずっと上の方まで続いていた。終点など見えない。遥か彼方まで、延々と伸びている。
いつもなら、ホームから見上げれば終点が見えているはずなのに。
青くなった私は、取り敢えず引き返そうと振り返った。が、下の方も上と同じ状況で、まるで奈落の底まで続いているような恐怖を覚えた。
どうしようかと再び上を見、凍り付いたように固まった。
十数段上ったところに、一人の女の子が立っていたのだ。ついさっきまではいなかった、白いワンピースの女の子。麦わら帽子を深く被り、その表情は見えない。けれど、何故か女の子は笑っているような気がした。
次の瞬間、女の子の白いワンピースの胸の辺りから、じわりと色水が染みるように鮮やかな赤色が広がった。それはゆっくりとワンピースを侵食し、到頭真っ赤に染め上げると、スカートの端からぽたりぽたりと雫を零した。
女の子の身体がゆらりと傾き、こちらに向かって倒れてくる。
それを見た途端、息を呑んで見上げていた私は悲鳴を上げて階段を駆け下りた。終わりのない階段を、ひたすら下りる。途中で靴が脱げてしまったが、構ってなどいられなかった。
すると突然、階段の先に眩しいほどの光が見えて、私は縋るようにそこへ飛び込んだ。
「大丈夫ですかっ?」
柔らかいものに抱き留められて、私は顔を上げた。私の肩に手を添えているのは、制服を着た駅員だった。その驚いた顔を見て、私は咄嗟に後ろを振り返った。
――そこには、いつも通りの階段が静かにあった。長くもなければ、女の子もいない。
心配そうに声をかけてくる駅員を半ば無視して、私はぼんやりとホームから階段を見上げる。
我に返ってから靴を捜したが、それは何処にも落ちていなかった。