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子殺し極刑

作者: 藤雅

子殺し極刑


「そこをどいてくれ! 法案は成立したんだ!」

身動きが取れないほどの集団に取り囲まれたつるぎは人垣を分ける様に叫びながら歩を進める。


「剣法相! 今国会で成立した子供に対する殺人罪の重罰化に関して世論がどよめいていますがいかがお考えですか?」

「いかがもなにもないだろう? 法案は成立したんだ、そしてこの法案は子供達にとって国家にとってどうしても可決しなければならないものであることは理解してもらえると捉えている」


「しかし児童を殺害した場合最低でも無期懲役、ひとりでも殺害すれば原則死刑では他の刑罰との整合性が取れないとの批判が法曹界からも噴出していますが!」

レポーターのひとりが剣の鼻先に不躾にマイクを差し出す。


「そうでもしなければ無力な子供達に今この瞬間も起きている悲劇をくい止めることはできない」

語気を強める剣の表情が鬼の形相となった。


「時に何の抵抗も出来ない乳幼児が卑劣な暴力に合い命を落とす。また愛情どころか食事さえも与えられることなく暗澹たる思いで闇の中、孤独と不審に苦しみながらどうする事も出来ずに命を落として行く子供達がいる。そんな現実を看過することは出来ない。子供達にとって未来は当たり前にある明るい物にしなければまた我々の未来もないのだ」


「ですが大臣? 親殺しは子殺しよりも軽いとか他の殺人罪との整合性についてはどうお考えなのですか?」

剣をなだめる様に今度は女性レポーターが他を押しのけてマイクを差し出す。


「親殺しが子殺しに比べて罪が軽いなどとは言っていない。それは別の議論だ。この法案で言う子供はあくまでも法的な取り扱いとしての子供だ。しかし子供はいくつになっても親にとっては大切な子供だ。そういった意味では全ての人間は誰かの子供となるから親殺しの議論においても殺された親も必ず誰かの子供ではあるが…」

噛み砕く様に言う剣。

「では全ての殺人に適用されるという拡大解釈も可能なのですか?」

先の女性リポーターが無邪気に続ける。


「いやいやここで言う子供はあくまでも法的な定義での子供だよ」

困ったような顔をしてなだめる様に回答する。

「ですからその辺りの議論を事前にきちんとすべきではなかったかと世論は言っているのではないですか?」

また別のレポーターが厳しい口調で迫る。


「そんなにのんきなことを言っている事態ではないのだよ。この法律は今すぐに必要なんだ…向井総理がかつて構築した未来館での虐待児童の保護政策が功を奏し事態は改善に向かっている。しかし虐待死や虐待自体をゼロにするためにはこの法律がどうしても必要なのだ」

「ゼロなんて無理でしょ…」

レポーターのひとりが聞こえよがしに言う。

「虐待や虐待死をゼロにする気概でなければ何も変えられないんだよ! 子供でいられる期間など人生の中でほんの少しの間だけだ。その短くも大切な時期を守ることは大人のひいては国家の責務だと考えている。全ての子供達が何の不安もなく大人へと成長する事を完全に補償しなくてどうして国家の繁栄などあり得ようか!」

剣の形相が一層厳しくなる。


「抑止力として死刑を前面に打ち出したことにも人権団体を中心に批判が集まっていますが?」

「かつて我が国で飲酒運転の厳罰化がなされてから以降交通死亡事故は大幅に減った。飲酒運転はゼロにはならなかったが減ったんだよ。法律の厳格化が犯罪の発生を一定程度抑止する効果は誰もが認めるところだ」

「しかしどこまで効果があるかなんの補償はありませんよね?」

辛らつな言葉が集団の誰かから投げかけられた。


「今すぐにこの問題に対して何らかの行動を起こすことが必要なのだ。そうでなければ過去から面々と引き起こされている悲劇を容認する事に繋がる。過去の悪しき事態に何ら手を差し伸べないでいる事はその事態を容認する事であり保身でしかないと考えている。もしこの法案が悪法であれば即刻廃止する必要がある。しかしまず問題に対して行動する事が重要なのだ。この法律の評価は未来が証明してくれる。」

周囲を取り囲む圧倒的な数の質問者に一つも怯むことなく言い切る剣。


「極論で殺人を犯罪でないと仮定して人口の半分の人間が殺意を持ちもう半分の人間を殺したら殺人犯しかいない社会になる。だが当然殺人は犯罪だ。過去から綿々と最大死刑の刑罰が設定されている。起きてはいけないことを抑止する為には自分自身に振りかかって欲しくない状況を設定する事は結果的に全体的な社会にとっては必要なのだよ…」

「大臣のその極論で考えると犯人は死刑になるので結果、社会に人間はいなくなりますよね?」

「だからそんな馬鹿なことが起きないためにも法律はあるんだ」

そう言い切ると剣は足早にその場を立ち去り時もまた顔色ひとつ変えずに過ぎ去って行った。


「世論の批判を受けながらも可決した子供に対する殺人罪の重罰化法施行後10年が経過し全国の虐待死事件は激減しておりますがその法案の立役者である剣元法相が本日死亡しました」

ニュース速報が剣の死を忙しげに報じている。


「この法案については原則死刑の重罰が虐待事件の隠蔽に繋がるのではないかと懸念されていましたが剣元法相は警察機関とも事前に入念に協議し虐待児童の死因について特別に検死を行う特殊捜査チームも設置されていました」

キャスターがもう一方のキャスターに語りかける。

「犯罪の隠匿と冤罪を回避するために周到に準備されていましたね」」


「しかし皮肉なことに剣元法相を刺殺したのは虐待事件で死刑となった犯人の実子であったとの事です」

「連れ子を殺害し死刑となった男の実子に当たる少女によるものす。死刑となった父への想いからの事件であるようです」


「なんともやりきれない事件ですが、子供にとってどんな親であっても愛すべき大切な存在であると言うことでしょうか…」

「そういった子供の親への情がきちんと大人達にも伝われば虐待といった悲痛な事件も無くなるのですが…」

「では次ぎのニュースです…」

ニュースは淡々と過ぎ去って行く。


剣の表札がかかる瀟洒な館にスーツ姿の男が飛び込んでくる。

「奥様! 奥様のご意向を検察側にお伝えしてまいりました」

スーツ姿の男は玄関に飛び込んでくるや否や一刻も早く伝えたいとの様相で話しだす。

「持田…私の、ではないわ。剣の最後の言葉よ」

剣の妻はそう言うと事件当時の様子を語りだした。


「剣が刺された時私はすぐ側にいた。剣を刺した少女は呆然と立ち尽くしていたわ。剣は倒れこむ寸前に少女に最大限の情状をするよう私に言うとその後少女に向けて『何の心配もない…自分の未来を信じて…』と告げそのまま意識を無くし逝ってしまったわ」

「そうだったんですね…」

「剣はこうなる事を予見していた…いつかそんな事態が起きた時にはその子供に最大限の情状と子供の未来が潰えないようしっかりと支援をする様にって私と子供達に言い残していたのよ…」

剣の妻の横には成長した子供達がしっかりと寄り添っていた。

「剣は子供達と未来のために闘い死んで行った。彼はあの法案を成立させる為に生きそして死んで行ったのよ」


今はただ遠く未来の子供達もが健やかに愛に包まれている事を願うばかりだわ…

剣の妻は視線の先に在りし日の剣の姿を見ていた。

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