15話:株価上昇と暴落
今年も素晴らしいクリスマスパーティーができて、神様に感謝した。そして年の瀬が迫った、株式市場の大納会の日の朝8時半、N証券の池田から電話が入りソニー株が、思った通り、上昇し、売り時だろうと言い、30300円の気配値が出ているから成行売りというと、夢想が、それでお願いしますと言った。売りを出すと9時市場開始と同時に直ぐ売れ、税引き後利益24650万円で残金が29900万円になった報告を受けた。
そして2000年があけた、当初、2000年になるとコンピュータが狂うとか、いろんな悪い予想があったが、特に大きな混乱もなく21世紀に入った。しかし2000年3月を過ぎる頃から、日本株でも特にインターネット関連株が暴落してきた。4月7日にN証券の池田から電話が入りソニー株、あそこで売っておいて大正解だと言った。多分、この下げ基調は、く続くと言った。
上げ始めたら、また電話すると言い、もう1回、株で儲けられたら、それで終了にしたほうが良いと言った。そして夏を過ぎるとネットバブル崩壊と新聞をにぎわすようになり急降下した。典型的な株が光通信だった。光通信は1998年に設立された会社。光通信は99年9月、店頭市場から東証第1部に、同2部を飛び越して昇格。株価は値を飛ばし、2000年2月15日に24万1000円の最高値を記録した。携帯電話やPHSの普及の波に乗り急拡大した企業だった。
そのため株式市場で代表的な投機資金が集まった。当時の光通信は携帯ショップ「HIT・SHOP」をフランチャイズ形式で全国展開。覚えている方もいると思いますが、携帯を0円や1円で大量に販売して、キャリアからの報奨金で売上を急激に伸ばし市場の注目を集めていた。その後、文藝春秋のスクープ記事により、FC店の架空契約疑惑が浮上した。 携帯電話販売代理店「HIT SHOP」を全国に展開し、無料で端末を配布した。
携帯電話事業者「キャリアー」とケータイ1台当たり数万円の報奨金が支払われる契約を結び、いわゆる“ゼロ円商法”で濡れ手で粟の利益をかすめ取った。ケータイの販売が一定の台数を超えると手数料が急増する契約だった。架空の携帯電話契約を大量に行った「寝かせ」を暴かれ、墜落した。光通信では事実上の過重な販売目標と、その結果多発する実際には使われないのに名義だけ借りて契約したように見せかける架空契約、行為の事だ。
光通信の販売店では携帯端末を無料に近い価格で販売する代わりに、販売目標を達成すれば仕入れ値を上回る手数料を携帯電話会社から得るという構造が一般的になっていたようだ。2000年2月中間決算(当時は8月決算。現在は3月決算)で、96年の株式公開以来、初めて営業赤字に転落した。その後、2000年3月30日に2000年8月期の下方修正を発表。中間決算書には以下のように買いて発表した。
「下方修正の理由には、利益につきましては、期初計画いたしておりました取引先通信キャリアからの受付コミッションの一部が販売台数未達のため受領できなくなりましたが、一方で、かかる受付コミッションをミコンだ代理店手数料を支払っておりますことから、営業利益は赤字になる見込みです」。
また、ITS事業「インターネット・トータル・サービス」において、サービスの拡大と市場シェア拡大を目的とした経営資源の先行投資により、販売費およ簿一般管理費が大幅に増加する見込みであります。一方で、当社は保有する株式の一部を2000年8月中間期において売却いたしました。これにより、当社は約239億円の有価証券売却益「営業外収益」を計上することになりました。光通信の信用は失墜し、翌日から連続ストップ安が始まった。
2000年3月30日の株価、78800円で翌、3月31日、73800円「値つかず・売り気配」7日目、4月10日、45800円「値つかず・売り気配」、14日目、4月19日、25800円「値つかず・売り気配」20日目、4月27日、13800円「値つかず・売り気配」、21日目、4月27日、15800円、売買成立。連続記録の前後を比べると、2000年3月30日の株価、78800円、4月27日、13800円(-82.5%)となった。
21日目の4月28日も始値は11800円のストップ安だったが切り返してストップ高になった。この記事を後日、読んだ世之介は4月7日にN証券の池田から電話が入りソニー株、あそこで売っておいて大正解だと言った意味が良く理解できた。しかし実際に日本の株式市場でこんな事が起きるなんてと恐ろしくなった。
その件で後日、池田と食事した時に聞いた所によると2000年4月の新年度があけてから光通信、ソフトバンク、その他のインターネット株の上昇に浮かれて信用取引で自分の投資資金以上、インターネット関連株を買って6ヶ月後に証券会社から借りた金を返せずに田畑を売った農家、お屋敷を売った富裕層、自己破産を宣言した個人投資家などが証券会社に来て、その手続きを取ったと聞かされた。
*信用取引とは証券会社から一定の利率で、お客が支払った金の3倍までの資金を証券会社が一定の利率で貸してくれるシステム。しかし6ヶ月間に売却しなければならないという条件がついている
実際に自分も、その処理をさせられた時、真剣に、この会社を辞めようかと思ったほどだと、その時を振り返った。こんな時、世之介は旅行に行く気もならず本を読んでいて奥さんは地元の公民館の女性達のヨガ教室、習字教室、カラオケ教室などに出かけ、同世代の女性達と交流を持っていた。