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時間屋  作者: 深澤雅海
7/25

腕時計 1


 大昔は架空のものだったのに、今は実現しているものはある。それでも実現していないものもたくさんある。

 例えば空を飛ぶ車。

 瞬時に別の場所に移動できる装置。

 ……タイムマシン。


 商店街から外れた5丁目に端に、古くからある時計店。ドアの横に店名が書かれているであろう看板があるけれども、表面は風化して読み取れない。

 壁もドアも年代を感じる作りだけど、丁寧に手入れされているのが分かる。なかなか雰囲気のいい店だ。

 この時計店にはひとつ噂がある。


 「時間旅行できる時計があるらしい」


 私がそれを初めて聞いたのは高校生の時だ。

 高校生では気軽に入れないような「いかにも」な雰囲気のお店なので、そういう子供特有の噂遊びの対象にされただけだと思っていた。

 まさか大人になってからその嘘にダメ元ですがることになるとは思いもしなかった。


 ダメ元だけど本当にダメだったらどうしようと思いつつ店のドアに手をかけた。

 がっしりとした木製のドアは、見た目よりも軽く音もなく開いた。


「いらっしゃいませ」


 落ち着いた声に迎えられる。見ると、カウンターに若い男が姿勢よく立っていた。

 年齢は……私より年下だと思う。二十代後半だろうか。いわゆる「イケメン」だけど、格好いいと可愛いが混合したアイドルの様な顔立ちだ。濃い色合いの紺色のスーツを着ている。白いシャツに青い無地のネクタイと品のある服装のせいで大人びて見えるので、三十代と言われても納得してしまう。

 気軽に入れるショップ店員のにっこりとした笑顔ではなく、高級店で見る落ち着いた微笑で私を見た。


「ごゆっくり、どうぞお手に取ってご覧下さい」


 雰囲気のある美青年をもっと見ていたい気持ちもあるけど、私は店内を見回した。

 カウンターの反対側、店の奥に女性客がふたり目覚まし時計を手に取って楽しそうに話していた。


 店はとても清潔で綺麗な印象だ。店に入ってすぐ、左側にはガラス張りのカウンターがあり、その中には腕時計が並んでいる。その前にバーのカウンター席の様にちょっとお洒落な高さのある椅子が五脚。

 カウンター内にいる店員は再び目が合うと、ゆっくりと頭を下げた。上品だ。


 店内の壁には様々な壁掛け時計が掛けられ、壁際には棚やガラスケースがある。

 店内中央には四つのテーブルに置時計。テーブルの横に背もたれのない横長の椅子が一つずつ置かれている。女性客ふたりはそこにバッグを置いて時計を見ている。バッグを置くための椅子なのか。


「お探しのものがありましたら、お気軽にお申し付けください」


 店に入ってから一歩も動かない私に、店員は静かな声でそう言った。

 じゃあ、お言葉に甘えて申し付けてみようじゃないか。

 カウンターに近付くと椅子を示されるので遠慮なく座る。


「店主の内藤と申します。本日は何をお求めでしょうか」

 近くで見るとやはり随分と若い店主だ。家族経営で父親の店を継いだと推測する。

「高橋です。仕事はフリーライター」

 名刺を出そうかと思ったけど、これは仕事じゃない。必要ないだろう。

 それにこちらの顔と名前と事情を覚えられるのは気持ちいいものじゃない。

 

「高橋様は何をお求めでしょうか?」

「前に聞いた噂を元にここまで来たんだけど。時間旅行できる時計があるって噂」

「時間旅行ですか」

 笑い飛ばすことなく微笑のまま復唱されると少し恥ずかしいけど、ライターと言ったから勝手に何かの記事にすると思うだろう。


 店主は普通の対応だったけど、背後でキャッキャと騒いでいた女性客の声がピタリと止んだ。何かコソコソと話している。感じ悪いなぁ。

 店主もちらりと彼女らを見た。ここで私も振り向いたら今度は私が感じ悪いな、と思い堪える。

 話を続けるか考えていると、女性客が「これくださーい」と私の隣に立った。横目で見ると目が合ってバカにしたように鼻で笑った。感じ悪い女だ。

 何か言ってやりたい気もあるけど年下の小娘に突っかかるほどバカではない。


 店主は私に一言断ってから彼女たちのお会計をする。私は目の前のカウンターの中にある腕時計を眺める。

 ……時計って時間を知るためのものじゃないの? 給料何カ月分なの? という商品が並んでいた。一万円を出しておつりがくる時計をしている私とは無縁だ。


 女性客がキャッキャと声をあげながら店を出て行くと、店主が「お待たせいたしました」と優雅に頭を下げる。

 店の中には私一人だ。一度息を大きく吐いてからもう一度言う。


「時間旅行しに来たの。過去に行きたい。ここではそれが可能だって聞いたんだけど」

「申し訳ございませんが」

 店主のその声が聞こえた瞬間には椅子から降りる。

「旅行とは少々異なるかと存じます」

 再び椅子に座った。

「と、言うと?」

「私どもは時間移動と呼んでおります。移動する日付と場所はお選びいただけますが、細かい時間の指定はできかねます」

「……」

 本当に、できるんだ。

 店主は今まで通りの平然とした態度で、さっき女性客に保証書の説明をした時と変わらない。

「移動した先にいつまでいられるか調整することは出来かねますので、旅行とは異なるかと存じます」

 よろしいですか? と言う店主に私は重要なことだけ確認する。


「私が過去のある日の…できればお昼くらいがいいんだけど、そのくらいにある山に行って人を待ち伏せて事件が起こる一部始終を見て帰ることは可能?」

「一部始終、の部分はお約束出来かねますが、それ以外はある程度可能かと存じます」

「じゃあお願い。お金ならいくらでも出す」

 とりあえずで50万円持ってきていた。


「今すぐでしょうか? 時間移動は一日一回しかできません。ご準備はよろしいですか?」

「どうして行きたいのか、とか聞かないんだ? 別に行って何かするわけじゃないから大丈夫。そこで起こることを見てくるだけ。過去を変えるなんて私には重すぎる」

 どんなSFでも過去を変えたことにより大変なことになっている。バタフライエフェクト。

 私が変えるのは過去じゃない。今より先、未来だ。

 ここに戻ってきてからが勝負だ。


「私は弟を殺そうとした人が誰なのか見てきたいだけなんだ」


 物騒な発言に驚くと思ったのに、店主は微笑を湛えたまま「さようでございますか」と言った。



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