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時間屋  作者: 深澤雅海
6/25

   インターバル

 番外編です。前後続いていないので読まなくても問題ないです。

 時間移動はせずおしゃべりしているだけです。

 続きません。


 土曜日の9時10分。僕はまた時計店に来ていた。

 週の初めに梅雨明け宣言されてからどんどん暑くなる。額ににじむ汗を指で拭き取った。

 一度息を吐きだしてから重いドアを開ける。

 ……本当に重い。女性では開けられないのではないかと思う。

 店内に入るとひんやりとした空気に包まれる。涼しい。さっきとは違う意味で息を吐きだしたところで、目の前の光景に顔が引きつる。


 カウンターで店主である内藤と女性が向かい合っていた。

「申し訳ございませんが、私には分かりかねます」

「過去に行ったことによって変わったことがあるはず」

 女性の言葉に俺は落胆する。これは使用された後だ…

「先ほども申し上げましたが、例え何が起こっても私どもは関与いたしません」

 内藤はいつも通りの笑みを浮かべている。


 やり取りを凝視しているのも失礼なので、僕はカウンターとは反対側の店の奥へと進み、なんとなく時計を見て回る。この店の時計は何気に毎週商品が入れ替わっている。そんなに売れているのか、それとも出し入れしているだけなのかは分からない。


 この店に来るのは今日で何回目だろうか。仕事の都合で土日にしか来れないのがもどかしい。

 先週の日曜日は体調が悪くて来れなかった。

 その前日の土曜日は寝坊して慌てたせいでキッチンでコーヒーメーカーを思い切り床に落としてしまった。後片付けをしているうちに12時すぎになってしまった。

 何度この店に来ても、例の「タイムリープできる時計」は使えない。

 運がないのだろうか。

 いや……


 ドアが閉まる音で振り向く。

 女性客は姿を消していた。

「トメ様、いらっしゃいませ」

「早乙女です!」

 やや楽しそうに声をかけてくる内藤に即訂正を入れる。

 ほぼ毎週通っていると当然、店員と客という間柄でも仲良くなるものだ。

 何度訂正しても内藤は僕の事をトメと呼ぶ。何度目かの来店時の会話が原因だ。


 「内藤です」と名乗った店主に、僕は緊張のあまりどもりながら「早乙女です」と言った。

 正確には「さ、さぉとめです」だろうか、発音も変だった。それを聞いた内藤は微かに眉を寄せて「…トメ様?」と訊き返してきた。僕は慌ててもう一度名乗ったが慌てすぎて上手く発音が出来ず、笑顔で固まる内藤に何度も名乗り、挙句の果てに漢字の説明をするまでに至った。

 そのやり取りを内藤は気に入ったらしい。


「毎度のことながら本日もご使用は出来かねます」

「うん、入った瞬間気付いた」

「今日は何をお買い上げでしょうか。そろそろ必要ないものを買うという散財も飽きてきたのでは?」

「ぐっ…!」

 バレてた。

 僕は店に入って何も買わずに出るということが出来ず、何かしら買って帰っていた。

 そう、小心者なのだ。それに内藤は商品を薦めるのが上手い。しかし家に時計が増えていくことに最近妻も何か言いたそうだ。


「そうですねー。しばらくお待ちください」

 そういうと内藤はカウンター内にあるstaff onlyと書かれた扉の中へと消えて行った。

 内藤は誰に対しても敬語だが、僕に対しては割と明るく砕けた敬語だ。ちょっと特別感があって嬉しい。


 内藤が消えると店内には僕だけだ。防犯カメラはあるが不用心じゃないだろうか。そう思いつつカウンターの椅子に座る。

 5分もせず戻ってきた内藤はカップとソーサーを持っていた。中身は紅茶だ。僕の前に置いた。


「僕に? 飲んでいいのか?」

「さすがに私も同情いたしまして。労いのアールグレイです」

「いっ…いっただきまーす!!」

 やけになって飲む。程よい温度の紅茶は香高くとても美味しかった。


「僕はコーヒー派だけど、この紅茶はすごく美味しい。高価い茶葉なのか? いや淹れ方か?」

「茶葉や淹れ方は好みによりますので、私の淹れ方があなた好みなのかと存じます。お口に合ったのなら光栄です」

 恐縮した言葉とは違い顔は若干「フフン」と得意げである。

 内藤の歳は知らないが、多分年下だ。見た目はものすごく若く服を変えたら大学生にも見えそうだが、立ち振る舞いからして僕とそんなに変わらないだろう。30前後と推測している。

 鼻筋がスッとしていて黒目勝ち。まつ毛も長くて目だけ見ると美少女だが、残念ながら骨格はしっかり男だ。目が大きいせいで若く見えるんだろう。きっとモテる。絶対モテてる。


「なんでしょう? 紅茶のおかわりはありませんよ」

「そこまで図々しくないから!」

 凝視していたらジト目された。

「ずっとコーヒーばかり飲んでいるから、たまには紅茶もいいよな」

 僕はそう言って紅茶を飲みほした。香りが体に広がる感じがする。アールグレイはこの香りが特徴なのは僕でも知っている。


「食わず嫌いというわけではないのですね」

「コーヒーの方が手軽だろ? コーヒーメーカーもあるし、カップ一杯分ドリップできるやつもあるしインスタントコーヒーもある。コンビニカフェもある。紅茶はティーバッグでも美味く淹れるにはコツがいるだろ?」

 今飲んだ紅茶は美味すぎる。内藤は絶対ティーバッグではなく茶葉で入れる派だろう。

「人は皆、味覚には貪欲で努力を惜しまないのかと思っていましたが、あなたは違うようですね」

「努力を惜しまない?」

「美味しいものを手早く食べられるように工夫するでしょう。レトルトやフリーズドライの様に。人によっては美味しいものを食べるために何時間もかけて店に行き、行列に何時間も並ぶ方もいらっしゃいます。努力でしょう」

「確かに。でも俺は食べ物にあまり興味がないんだよな」

 苦い出来事を思い出し、長い息を吐く。


「何かトラウマでもございますか?」

「妻と結婚する前から何度かあるんだけど、一緒に行ったレストランの話とかされても思い出せないんだよ。行ったっけ? とか食べたっけ? とかよく思う。ちゃんと覚えている物もあるんだけどさ、大体分からない」

「…………」

 あれ? 内藤はスッと無表情になった。珍しい。


「記念日とかにもさ、どこに連れて行っていいか分からないから、食べ歩きが趣味の友達に訊いて行ったことがないはずの店に連れて行くんだけど、妻に前に行ったことあるみたいなこと言われたりして、青くなったりさ。僕は妻とも息子とも味覚が違うから外で食べるのも家で食べるのも美味しいって感じたことがなくて……いや不味いわけじゃないんだよ」

 無表情な内藤が珍しくてちょっと動揺しペラペラしゃべってしまう。まだ無表情で僕を見ている。

「……そのご友人とは、よく、お出かけに?」

 無表情なまま僕が飲み終えたカップをカウンターの内側にしまった。そういえばカウンターの下ってどうなってるんだろう。カウンターはガラス張りで商品が置けるケースも兼ねているが、こちらからは商品以外、内藤の手元など全く見えない。


「堂本っていうんだけど、仲良いよ。独身だから家に招いて皆で夕食食べたり泊まっていったりしてるし。堂本と息子は味の好みが同じらしくて、僕が買ってきたものより堂本の土産の方が喜ぶんだよなぁ」

 堂本に言うと「俺は子供舌だからかな?」と言っていたが、堂本が家に来ると子供が走って出迎えるのだ。うらやましい。


 内藤は無表情かつ無言で僕を見る。

 なんだ?

「僕、何か変なこと言った?」

「……」

 ものすごく気の毒そうな顔されたんですけど。


 文句を言おうとした瞬間、突然音楽と鐘が鳴り響いた。振り向くと壁掛け時計がいくつか時を告げている。9時30分だ。

 ここに通うようになって、僕は初めて30分を知らせる時計があることを知った。

 普通の時計店は音を切っていたり、電池を抜いて動かないようにしているものだが、ここにある時計は全て動いている。切りのいい時間、0分になった時は思わず耳を塞ぐほどの大合唱だ。


 体を戻すと内藤はいつもの微笑に戻っていた。

 さっきの無表情は貴重だったな。


「そういえば、内藤さん」

 心の中では呼び捨てていても、口に出す時はさん付けだ。

 小心者だから。

 でも自分にとって重要なことはちゃん訊く。

「この店って他に従業員がいる?」

「大変恐縮ですが私のみでございます」


「じゃあ、私ども(・・)って誰の事を指してるの?」



 その時の内藤の笑顔は、今までにない美しさだった。






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