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時間屋  作者: 深澤雅海
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目覚まし時計 4

 店主は確認されない限り、お客様が間違った認識をしていても進んで訂正はしません。


 ビクッと体が揺れて目を覚ます。カウンターの上に頭を抱えるように伏せていた。

 体を起こすと店主が目の前に姿勢よく立っていた。


「体調はいかがですか?」

 言われた瞬間一気に覚醒して見回した。実家ではなく元の時計屋だった。戻ってきていた。

 右手に父さんの時計を握っていた。

「も、もう一度行きたいんですけどっ!」

 何かを考える前に立ち上がり叫んでいた。

「申し訳ございませんが、本日のご使用はできかねます」

 そうだ、一日一回だった。

「明日ならまた連れて行ってもらえますか?」

「明日ご来店いただいた際に、ご使用いただける状態であれば可能でございますが…」

「ございますが!?」

「同一の時間には行くことはないかと存じます。よろしいですか?」

「時間は選べない、でしたっけ」

 俺は両手で時計を握りしめた。

 父さんに事故のことを言えなかった。

 最後に叫んだけど、届いてたとは思えない。


「明日、また、連れて行ってもらえますか?」

「恐れ入りますが、ご予約はできかねます」

「じゃあ、また明日来ます。それで行けるなら連れてってください。だめなら、また次の日に」

 父さんを助けられる可能性があるなら、何度でも来る。


「恐れ入りますがお客様」

 店主は明るい声のまま真顔になった。

「時計について訊く、という目的は達成されていますが、それでも必要ですか」

 ぎくりとした。

「それは…」

 良い言い訳がすぐに思いつかず、手の中にある時計を見る。

 今日、俺が貰ったせいで、今まで行方不明だった時計だ。この時計の事を訊くと店主に言ったのは確かだ。


「…他の目的のために行くのは…ダメなんですか?」

「別に構いませんが……」

 珍しく店主が言葉を濁した。

 時計から視線を剥がし店主を見る。


「お客様が何をしたいのかはおおよそ察しております。以前同じようなことをされたお客様もいらっしゃいました」

「え!?」

「時計をひとつ持ち帰る程度の事では何も問題ございませんが、人の命となると異なります。何が起こるか分かりかねますが、よろしいですか?」

 淡々とした声に真顔が怖い。

「それはつまり、何か代償が必要だということですか?」

「そのような意味も含めて、何が起こるか分かりかねます」

「含めて」

 それだけじゃないってことか。

「あの、その前の同じようなことをしたお客さんには何が起こったんですか」

「亡くなられました」

「え」

「最初に申し上げました通り、私どもは関与いたしません」

「……」


 これは店主からの警告だ。

 自分が死ぬことになっても店主は何もしてくれないのだ。

 だってそうだろ? 過去に戻った時、実家で店主は何一つ行動しなかった。ただ俺の後ろをついて歩いただけだ。

 自分の命と父さんの命。

 俺は……

 父さんと一緒に生きたいだけであって、自分の命を犠牲にするのは、怖い。

 死にたくない。父さんとまた会いたい、一緒にいたい。

 それじゃダメなのか。父さんの命を助けるためには俺は死ななきゃいけないのか。


「予知夢は外れていませんでしたね。疑ってしまい申し訳ございませんでした」

 悩んでいる俺に店主がゆっくりと丁寧に頭を下げた。

 俺はもう一度時計を見る。予知夢で見た通りの光景が、ついさっきあった。

 死んでほしくない、という気持ちは確かにある。

 でも……


「また行くかどうかは、ちょっと考えます。あの、また来てもいいですか?」

「お客様が行くべきだと判断されれば」

「じっくり考えます!」

 店主の言葉にかぶせるように叫び俺は頭を下げた。


 帰る、となるとお金を払わなければいけない。

 いくらでもいい、と店主が繰り返したので、俺は父さんの時計を見せて、これはいくら位ですか? と聞いた。俺が過去に行って得たものがこの時計だったから。

 でも店主には「そちらに値段は付けられません」と言われた。意味はなんとなく分かる。


 仕方がないので俺は、財布の中の一万円札を全て渡すことにした。対した枚数じゃないけど、俺にとっては結構な大金だ。

 財布に残ったのは千円札数枚と小銭。まあ、いいか。明日もバイトがあるし、生活費に困っているわけでもない。


「ありがとうございました」

 店主の声を背中に聞きながら店を出た。

 ため息をひとつついてからアパートへ向かう。

 どうすればいいんだ。

 いや、分かってる。必要なのは勇気だ。後は根性?


 バスならすぐの道のりだったけど俺は歩くことにした。時計だけ持って歩いているのはちょっと変な人かな、と思ったけど、ポケットに入るような大きさじゃないから持っていくしかない。

 時計は音を立てて秒針を動かしていた。15時ちょい過ぎだ。

 過去に行っている間の時間はそんなに長くなかったけど、10分以上はあったと思う。その時間はどうなっているんだろう。


 歩けば少し冷静になるかと思ったけど、そんなことは全くなく、結局は死ぬのは怖い、でも父さんには生きて欲しい、という考えがグルグルしていた。

 アパートに近付いた時に、尻のポケットに入れていたスマホが鳴った。着信だった。


「もしもし?」

「やっと出た!」

「母さん…?」

「何度かけても出ないから…!」


 母さんの声はスマホからとその反対の耳からも聞こえた。

 アパートの一階、俺の部屋の前に母さんがいた。はああーと長い溜息がスマホから聞こえると共に、目の前の母さんは崩れるように膝をついた。


「母さん? どうしたんだよ? 何かあった?」

「それはこっちのセリフ……」

 母さんも俺に気付いた。目が合うと何も言わず通話が切れた。

 スマホをしまう前に画面を見てぎょっとした。着信通知が10件を超えていて、メールやメッセージもすごい数来ていた。慌てて確認すると全て母さんだ。使えるもの全てで俺に着信したらしい。

 何があったんだ。


「母さん、何かあった?」

「母さんじゃなくて、アンタに何かあったんじゃないかと思って飛んできたのよ」

「え?」

 今日、あの店に行って過去へ行くことは誰にも言っていなかったはずだ。心配するようなことは何もないはず……?


「この前時計の話した時、様子が変だったのが気になって、まあ、何もないならそれで元気なのが分かればいいかなって思って電話したのに出ないから、何かあったんじゃないかとか、何かしようとしてるんじゃないかとか、色々考えちゃって、でもアンタがバカなことするわけないし、とも思ったんだけど気になって仕方なくて、まあ、元気そうでよかった…」

 母さんはそう言うと今まで聞いたことないくらい大きなため息をついてから立ち上がった。


「あー、うん。心配かけたみたいで、ごめん」

 俺はとりあえず謝った。この年になって電話が通じないくらいで飛んでくる母親もどうかと思うが、父さんの事もある。人は突然いなくなるのだ。


「母さんも大げさだったね。帰るよ」

 ホッとしたというより疲れた様子を見せる母さんに申し訳なくなった。


「無事ならいいよ。母さんを置いていくのは父さんだけで十分。何かあったら連絡するんだよ?」

 にっこり笑って腕をぎゅっと握られた。ちょっと震えていることに気が付いて、俺はさっきまで悩んでいたことを放棄した。


 父さん、ごめん。


 時計の秒針の音がやけに大きく聞こえた。


「あれ? その時計、父さんの時計だよね? どこにあったの?」

「あー、ちょっと……預けてあったみたいで…」

「あら、そうなの?」


 親孝行な息子だったらここでお茶でも飲んでいく? とか言いそうだけど、正直俺の部屋は母親を気軽に入れられるほど片付いていなかったので、素直に笑顔で帰る母さんを見送った。


 あの時計屋に行くことは、もうない。多分。

 あんなに悩んだのに、母さんにあった途端、なくなってしまった。

 父さん、ごめん。

 俺はこれからずっと父さんに謝り続けるだろう。


 部屋に入ると、俺は父さんの時計を部屋のどこからでも見える机の上に置いた。

 俺は今日の出来事をずっと忘れないだろう。

 

 

 大学生が名乗らなかったので出てきませんでしたが、彼の名前は鈴木蓮といいます。

 若い子って訊かれない限り名乗らないよね、という勝手なイメージ。

 そして店主は失礼なことに、客の名前に興味がありません。

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