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時間屋  作者: 深澤雅海
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目覚まし時計 3


「お客様はお父様に会って、時計について訊く、ということでございますね」


 店主の言葉に俺は一度唾を飲み込んでから頷いた。


「お父様が生きていらっしゃる時となるとお日にちの幅が広いですが、いつに戻るか決めていらっしゃいますか?」

「はい。父が亡くなる…当日の実家に。去年の九月の第二日曜日で!」


 本当は生きている時ならいつでもいいと思っていたけど、店主の話では未来を変えていいのだ(・・・・・・・・)

 当日に行く。命が救えるなら救ってやる。

 ああでも、時間の指定は出来ないんだっけ。でも事故が起きたのは夜だ。よほどのことがない限り会えるはずだ。会って夜、出掛けないように言えばいい。


 俺が拳を握りしめて決意していると店主はどこからか本を取り出した。A4サイズだ。当然の様に俺に渡してくるので受け取って見る。


「……これって、何ですか?」

「地図です」

 確かに表紙にはそう書いてある。パラパラめくると確かに地図だった。しかし見方が分からない。地図なんてスマホかカーナビでしか見たことない。

「その地図でご実家の場所を教えて欲しかったのですが……難しいでしょうか」

「すみません、使い方が分かりません!」

 ここは正直に言おう。賞状を受け取るときの様に両手で店主に返した。

 その代わり俺はポケットからスマホを取り出す。地図アプリに実家の住所を入力して出す。ほら、これなら10秒とかからない。

「これじゃダメですか?」

「いえ、問題ございません。そのままカウンターの上に置いていただいてよろしいですか? ありがとうございます。では酔わないように目を閉じていただけますか?」


 酔うってなんだ? と思ったけど言われた通りに椅子に座ったまま目を閉じる。

「もうすぐ15時です。鐘が三つ鳴りましたら目を開けてください」

「鐘?」

 15時に三つ、ということは時計の鐘? ぴったりの時間に音楽が流れる時計は見たことがあるし、それが鐘の時計があるのも知っているが実際に見たことはない。少しワクワクしてしまう。


 金属音を期待していたけど、聞こえてきたのは少しくぐもったポーンという音だった。

 まず一つ目の鐘。

 体が上に持ち上がるような、浮くような感覚がした。エレベーターに乗ったような感じだ。

 ワクワクからドキドキになり、膝に置いた手をぐっと握りしめる。


 二つ目の鐘。

 座っていた椅子は結構高さのある椅子で、座るとかかとが浮くくらいの高さだったのに、いつの間にかしっかりと地面に足を着き立っていた。

 

 三つ目の鐘が鳴り、俺は目を開けた。

 実家近くの十字路だった。目の前に内藤が立っている。ついさっきまでいたカウンターと同じ距離感だ。


「少しずれてしまったようです。申し訳ございません」

「いや、問題ないです。この先が俺ん家です」

 見慣れた景色だった。本当に時間移動したのだろうか。


 何十年も前なら景色に変化があったかもしれないけど、一年前だ。変化はない。

 少し蒸し暑いだろうか? さっきとあまり変わらない気がする。よく分からない。


「参りましょう、有限です」

 そうだった。俺は店主を案内するように先に歩く。すぐそこだ。


 実家の前に来たものの、どうすればいいのか。ピンポンすればいいのか…?

 内藤は2、3歩後ろで何も言わず立っている。

 ……スーツの男が後ろに控えているってなんかあまりいい雰囲気じゃない気がする……


「あれ? どうしたんだ?」

 庭の方から父の声がした。ポロシャツに下はジャージ姿で両手に軍手をはめている。

「来るなら電話してくれればいいのに。昼飯は食ったか? もうとっくに終わったけど、何か残ってるかも」

 いつもの父さんの笑顔だった。

「父さんは……何してんの?」

 声が震えてしまった。涙が出そうだ。止まれ、止まれ!

「母さんに頼まれて庭の草むしりだよ。もう終わるところだ」

 やれやれ、といったような笑いを浮かべ庭の方へ歩いて行った。自然とそれを追う。


 それほど広くない庭はいくつかの花が咲いていて、抜かれた雑草がいくつか山になっていた。

 その山のひとつを父さんはゴミ袋に詰めていく。


「て、手伝うよ」

 ゴミ袋の口を開いて閉じないように抑えると、父さんはせっせと草を詰めていく。

 勉強はどうだ? ちゃんと飯食ってるか? と色々訊いてくるものの、生きている父さんが目の前にいるということに感動してなかなかうまく答えられなかった。

 全ての雑草を詰め終わり、綺麗になっただろ? という父さんと共に庭を見回して、店主が庭の端に立っていることに気が付いた。無表情で俺たちではなく、家の窓を、家の中を見ている様だ。


 ここに何しに来たかを思い出した。


「ねえ父さん、父さんが大事にしてた時計あるじゃん? あれ、誰かにあげる予定とかある?」

「なんだ急に? あの時計か。そうだな、ちょっと待ってろ」

 そう言うと止める間もなく家の中に入って行った。

 待ってろと言われたら待っているしかないな、ともう一度店主を見ると目が合い、優しくにこりと笑った。

 綺麗で温かい笑顔だった。男の俺でもどきっとしてしまう。

 何かあるのか? と話しかける前に父さんが戻ってきた。


「この時計だろ? 遅くなったけど、入学祝いだ。大切に使ってくれ」

 持っていたあの(・・)時計を俺に渡す。


 この光景は知っている(・・・・・・・・・・)


「……俺が、貰っていいの?」

「もちろん。本当は結婚とか出産とか、もっと大きなお祝いであげようと思っていたけど、その時はこんな使い古した時計じゃなくて、もっと新しくて格好いいやつをあげた方がいいだろうって気付いてな。一人暮らし初めてだろう? 母さんの代わりにこの時計に起こしてもらえば、遅刻もないだろ? 大学生活を安心して送れるように、お守りだ」

 いつもの笑顔だった。


「……目覚ましなんて今時ないよ、スマホのアラームで起きてるし」

 照れ隠しに口から出た。

 嬉しいのか悲しいのか分からない涙がこぼれて、俺は慌てて下を向いた。

「こういうすぐ止められない時計は本当に寝坊できない時に使うんだよ。いざという時はスマホと両方使え。お前もこの時計、好きだっただろう?」

「うん、まあ、好きか、な?」

「なんだ照れてるのか?」

 泣いている俺に気付いているのかいないのか、父さんはにやにやしながら小突いてきた。

 今時の時計にはないくらい重い時計を手のひらに乗せて見る。

 俺が見た「時計をもらう未来」はここだったのか…?

 過去であり、未来でもある。こんなことってあるのか。


「お客様」


 店主の声に顔を上げると、そのままひっくり返るように視界が空に向いた。

「え!?」

 驚いて声を上げるけど、視界はそのまま宙返りをするようにぐるりと回り、背後の庭が見え、地面が見え、正面に立っていた父さんを映し、また空へと移る。

 なんだこれは。

 庭の緑、父さん、空、緑、父さん、空、と繰り返しぐるぐると回る。酔いそうだ。なんだこれは!


「お客様、目を」


 店主の声が聞こえて気付いた。そうか、あれだ! 戻るのか! 


「父さん!」

 ぐるぐる回る視界に吐き気を覚えながらも叫ぶ。

「夜、出掛けないで! 家にいて! 絶対に…!」

 重い時計を握りしめる。


「絶対に死なないで!」


 


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