目覚まし時計 2
世の中にはいると言われているけれど、実際に目の前にしたことはない。それが超能力者。
念動力とかテレパシーとか瞬間移動。
漫画や映画で出てきて悪人を吹っ飛ばすその姿は格好良く、憧れる。
だけど、俺の身に着いた超能力はそんな格好いいものではなかった。
予知夢。
それが俺の能力だった。
漫画やゲームにも予知夢が出てくることがあるけど、それほど役に立つものではない。せいぜい預言者が勇者に告げるくらいだ。
俺の予知夢は俺が体験することだけに限られていて、世界の崩壊も災害も予知することはなかった。
自分の体験する未来を分かっていれば嫌なことを避けられるだろうって? そんな便利なものではないんだ。俺の場合だけかもしれないけど、俺が見る予知夢は決して避けられないものばかりだった。
雨に濡れる夢を見て傘を持って行っても、いざ使おうとすると盗まれていたり壊れていたり。怪我をする夢をみたから気を付けていても、ちょっとした隙に怪我をしたり。そんな感じ。
物心ついてからこの年までの間に、避けることより覚悟を決めることが身に付いた。
物心ついた時から予知夢を見るのが当たり前だったから、子供の頃は自分以外の皆も見ているんだと思っていた。
ちょっとした災難に遭った友人に冗談半分に「夢で見なかったのかよ」と言って不思議な顔をされ自分だけだと気付いた。変な奴扱いされる前に自分で気付けたのは良かった。今から思うとね。
でも気付いた時は優越感より恐怖が大きかった。
なぜ自分が。なぜ予知夢なのか。
自分には分からない何かがあるのか、恐怖の次はどこにも行き場のない怒りと焦り、自分でも自分の感情を持て余してコントロールできなくなっていた。
あっと言う間に問題児の出来上がりだ。
両親は何度も学校に呼び出され、近所でも白い目で見られる。それでも自分ではどうしようもない。得体のしれない恐怖と自分だけだという孤独にパニックだったんだ。
そんな中、唯一の理解者は父だった。
母さんは俺の言うことを妄想だと信じ疑わなかったけど、父さんは真剣に俺の話を聞いて俺に安心感を与えてくれた。
避けられない嫌なことでも、自分の気持ちを父さんが理解してくれると分かっているだけで落ち着くことができた。単純だよな。
大学に入学して一人暮らしを始めても、父さんとはよくメールでくだらない話をしてた。父であり親友でもある、そんな感じ。
予知夢で見るのは嫌なことだけではなかった。
初めて女子に告白された時も、受験に合格した時も、何日か前に予知夢を見ていた。
普通に考えると楽しみや嬉しさが半減しそうだけど、これから喜ばしいことが起こると分かっているとわくわくするし安心もする。
そんな予知夢の中に、父さんに関することがひとつだけあった。
父さんは、昔からアンティークの目覚まし時計を大切にしていた。
父さんが子供の頃に祖父さんからもらった時計らしい。祖父さんは父さんが子供の頃に亡くなったので想い出の品ってやつだ。
スヌーズ機能もなければ、ライトもついていない。音も電子音ではなくベルの音で、音を止めるには時計の後ろにあるツマミを動かさなければならないという目覚まし時計だった。
父さんは性格上、目覚ましがなくても起きられる人だったので、その音を日常的に聞くことはなかったが、たまにいじって音を鳴らすと、その煩さに驚いた。
父さんが、その大切にしている時計を俺に譲ってくれる夢を見た。
とても大切にしていることは知っていたので、まず思ったことは「なぜ」だった。
俺は今までその時計を欲しがったことは一度もない。
父さんが好きだったのでその時計をくれたら、とても嬉しい。でもくれる理由が分からなかった。
だから、何気なく、さりげなく、何かの話のついでの様に、父さんに訊いてみた。予知夢のことは言わず、時計を俺に譲ろうと思ったことはある? そんな感じに。
父さんはあっさりと、あるよ、と言った。
父さんが子供の頃から大切にし、毎日自分のそばに置いていた時計。自分の体の一部のようなものだ。
だから、お前から予知夢の話を初めて聞いた時、お守り代わりに渡そうかと思った。実際は、お守りがなくてもお前は乗り越えてくれたけど。
照れたように笑っていた。
けれど、実際はもらってない。
不思議に思っていると、父さんは続けて言った。
「お前が結婚したら、この時計は譲るよ。もう父さんのお守りは必要ないかもしれないけれど、新しい家庭での生活のお守りになるように」
結婚なんてまだ先の話だ。まだ大学生だし。でも父さんの気持ちが嬉しかった。
でも、今から一年前。夏の終わり頃。
父さんは事故で死んだ。
酔っ払い運転の車に轢かれ即死だった。
突然のことで驚きと怒りと悲しみと、色々混ざった感情。今でも父さんのことを思い出すと泣けてくる。
命日を迎えた日、それまで触ることができなかった父さんの遺品を整理しようと母に言われた。
父さんの部屋に入り、残すものと捨てるものを分けていく。
その部屋に、父さんが大切にしていた目覚まし時計はなかった。
父さんの部屋をくまなく探しても出てこなくて、どこか別の部屋に持って行ったのかと家中探したけど出てこなかった。
いつの間に、いつなくなったのか母さんも俺も分からなかった。
家のゴミの管理は母さんがしていたので、父さんがその時計を捨てようとしたのなら母さんが気付くはずだ。
誰かにあげたのだとしたら、俺に話すだろう。あげるつもりだったけど別の人にあげたって。
誰かに盗まれた? 泥棒に入られた形跡はない。
父さんの会社にあった私物は全て送られて来ていた。その中にも入っていない。
父さんの形見になるものは他にもたくさんあったけど、俺はその時計がないことがとても……納得ができなかった。嫌だった。
あの時計を大切にしてるのが父なんだ。父さんの一部のようなものだ。
時計は俺が大学に行く前まではあったのを覚えている。
父さんに会って話を聞けたら、時計が今どこにあるのか分かるんじゃないかな。
過去に戻って、その時の父さんに会えたら。
5丁目の時計屋の話を聞いた瞬間、行くことを決めた。