振り子時計 8
めまいが止まって目を開けると、僕も内藤も床に倒れていた。
見慣れない場所……いや、時計店のカウンター内だ。体を起こす。
内藤は隣で額を押さえながら仰向けだった。
「大丈夫か内藤」
「大丈夫かどうかあなたには正解が分かるのではありませんか?」
「血が出たけどもう止まってるはずで大した怪我じゃないのは分かってるけど、精神的な面は分からない」
「若干混乱していますが問題ございません」
そう言ってちょっと笑った。口調もさっきより丁寧だ。
「さっきの出来事、思い出しました。いや、追加された…?」
内藤は目を閉じて深呼吸をした。
「私たちふたりが突然目の前から消えたことで長男は時計をさらに嫌うようになりました。幽霊か幻か……そんな話を次男としているのを見ました。でも、ジョージに壊されるのは変わりません」
内藤が額から手を放して手に付いた血を見る。大した量じゃなく、すでに乾いていた。
「でもジョージさんが時計を壊した理由も分かった」
「……本当ですか?」
内藤が体を起こそうとしたので手を貸す。
額の血は乾いているが痛々しい。
「連れて行きたかったんじゃなくて、置いて行きたくなかったんだな」
「それは違いがあるのですか?」
「違うよ」
僕は立ち上がる。
当たり前だが店内には誰もいなかった。店中の時計がこちらを見ているような錯覚に陥る。
「ジョージさんは自分が死んだら息子たちが時計を手放してしまうのを分かっていた。だから死ぬときに残していけなかった。あんなに元気な人が自殺する理由ははっきり分からないけど、本当に大切にしていたんだな」
「でも壊した」
「自分の手で壊したかったんだな」
内藤が僕を見上げる。
「今まで散々自殺未遂を繰り返していたのに? 時計に攻撃したのはあれが初めてです」
「ずっと未遂だったし、居間では決してやらなかっただろ」
「あと一年で精霊になれたのに?」
「ジョージさんは知らなかった」
内藤は何かをこらえるように目を閉じ俯いた。
泣いたのかと思った。でも違った。十秒ほどで何事もなかったかのように立ち上がる。
「それが、正解なんですか?」
「行くべき場所に連れて行ってくれる時間移動で、あの時に飛ばされたのはなぜだと思う? 内藤がするべきことがあって、見るべきことがあって、聞くべき言葉があったんだ」
内藤は僕を見た。
僕も内藤を見る。
だれも内藤を過去に連れて行かなかったんじゃない。僕じゃなきゃいけなかったんだ。
その役割が僕は嬉しい。
内藤は何か思案するように俯き、しばらく何かを考えていた。
そしてそのまま無言で靴を脱いだ。
僕に突き返してくる。
「ところで時間移動の料金をいただいていないんですけど?」
いつも通りの口調で言いながら趣味の悪い靴を履いている。今日はメタリックパープルにソールが赤。だからなんでその色チョイスなんだよ。どう考えても今日のスーツに合わないだろ。
「僕が昨日言ったこと覚えてるよな?」
そう言うと目を細めてこちらを見た。
本当に内藤は色々な表情をするようになったよなぁ。
「とりあえず、紅茶が飲みたいな」
「特別に入れて差し上げましょう。友達だそうですから」
「友達だろ?」
「ちょっと分かりかねます」
「え! そこはさようでございます、だろ?」
「さようでございますか?」
「疑問文!?」
「お元気そうでなによりです」
言外に「昨日のあんなことがあったのに」と言っているようだ。
「内藤、七年後、僕はどこにいると思う?」
staff oniyのドアを開けて、内藤は振り向いた。
「どうせここで紅茶を飲むつもりなんでしょう」
僕らは出会えて良かったし、それが正解だと僕は分かっていた。
僕の物語はここで終わり。
そして、始まりでもある。




