振り子時計 7
少し長めです。
いや、これでもカットしたんだ。(言い訳)
会話させるの楽しくて(言い訳)
数十年前と言っていたので若干不安に思っていたが、時計店も変わらない姿でそこにあった。
内藤を見ると、無表情である。緊張しているのではなく不満、または不機嫌と思われる。
今日は濃い青のスーツを着ている。靴は僕が持ってきた靴を履かせたので、上から下まで完璧な美男子だ。靴を履かせるのに一時間かかったけど。
「内藤は来たくなかったのか?」
「は? ええ、まあ、来たところで何がしたいなどありませんし、自分が呆けているのを見るのも別に楽しくないです」
内藤が「は?」って言った!
驚いていると「失礼」と咳ばらいしたのでまじまじと見てしまう。あ、目をそらされた。
いつも落ち着いて丁寧な物腰なのでそんな性格なんだと思っていたけど、あれは意識して丁寧だったのか。
「それで、どうするんですか?」
「ジョージさんに会えるように話をしてみようと思っているけど、今思ったけど内藤は自分に会わない方がいいのか? 会うと何か起こったりする? タイムパラドックス…? とかあるんだよな?」
そこまで考えていなかった。ジョージさんに会わせるのが正解だと分かっていたから。
「会ったところで向こうは単なる時計ですし何も起きませんよ。お客様で過去の自分に会ったことがのある方もいらっしゃいましたが、特に問題も起きませんでした。そもそも過去や未来を変えることは私どもの店で禁止していません」
「そうなのか? 内藤の存在がマズイ状態になったりとか」
「マズイ場合はそもそも来られない」
なるほど。神の判断は常に正しいのか。
しかし内藤、どうやらものすごく不機嫌らしい。
一応敬語だけど今までにない雑な口調だ。新鮮すぎてちょっと楽しい。
「君たち、うちの店に何か用かい?」
その声に振りかえると壮年の男性がドアを開けてこちらを見ていた。
「ジョージの長男です。家を出たはずなのにいるということは、ここは正月か母親の葬儀後ですね」
内藤が小声で教えてくれる。僕は長男さんに向かって会釈する。
「こんにちは。以前ジョージさんにお世話になった者です。時計店を営んでいるという話だけ聞いていたのでこちらに来てしまいました。ジョージさんはご在宅ですか?」
「父の知り合いですか? お名前をお伺いしても?」
「僕は早乙女と申します。こちらは内藤」
「内藤さん? 製作所の内藤さんですか? 父と面識があったとは知らなかった」
僕は驚いて内藤を見た。内藤は無言だ。僕が慌ててしまう。
「以前病院でお会いしたんですが……お元気でしょうか」
慌てて言う。
「父は自宅にいます。どうぞ裏に回ってください。中から開けますね」
そう言って横の道を示す。僕らは会釈してその道を進んだ。
「内藤、この時って時計だったんじゃないのか?」
「私を内藤と名付けたのは長男です。彼は初めて会った時にこう言いました『内藤さん、生きていたのか』それから内藤と名乗っています」
「それって……」
思わず立ち止まって内藤の手を握ってみる。あたたかい。
とりあえず死体ではないらしい。
「……」
ものすごく嫌そうな顔をされた。そして振り払われた。
「あなたはジョージが時計を壊した理由をどう思っているのですか?」
再び歩き出すと内藤が肩を並べてついてくる。
「話を聞いた時は自分の分身だと思っていたから連れて行こうとしたんだと思ったけど」
「けれど?」
「それは内藤から見た事実からの答えだから。本当の正解ではない場合がある。お前が言ったんだぞ、自分の知る全てが」
「世界の全てではない。分かりました」
内藤は深呼吸のような長い溜息をついた。
「それが私にとって嫌な事実だったとしても受け入れましょう」
情けないことに僕はそこで、内藤が不機嫌なのは恐怖も含まれているんだと気付いた。
しかしここで「大丈夫だ」と言っても気休めにもならない。
時計店の裏にある自宅前に来た。現代ではもうない部分だ。長男さんが玄関の戸を開けて待っていた。
促されるままに靴を脱ぎ居間に案内される。居間は洋風だった。
奥に、ゆっくりと振り子を揺らす、時計。
内藤は無表情でその時計を見ていた。何を考えているのかは分からない。
「すみません。普段は布をかけているんですが、父が取ってしまったらしい」
内藤の視線を追って長男さんがそう言った。
「布?」
「呪いの時計なんです。ああ、大丈夫。誰かが呪われたわけではないです」
どうぞおかけください、と言われソファに座る。
内藤は優雅に腰かけるが無言だ。僕を見上げる。とりあえず内藤の隣りに座る。
「とても古い時計の様ですが、呪いとは一体?」
なるべくにこやかに話しかける。
「この時計は神が住むと言われていた山にあった大木から作られた時計だそうです。父が生まれた日にこの場所に設置されました。だから、もう100年近く動いている時計なんです」
内藤から聞いていた通りだ。
「ただここ数年、ねじを巻かなくても動いているんです。初めは俺が知らない間に父が巻いているんだと思っていたんですがそうではないようで。自ら動いている時計なんです。不気味なので普段は布をかけているんですが父はそれが気に入らないようで、すぐ取ってしまうんです」
ソファはローテーブルを挟んで対面に置かれているが、どちらに座っても時計は見えない。
「父を呼んできますね」
そう言って長男さんは居間を出て行った。
僕は体を捻って時計を見た。特に変わった所は見当たらない。
……今ここに、内藤がふたりいるんだよな。
なんだか不思議な状態だ、と思い人間(?)の方の内藤を見ると、内藤は僕を見ていた。
「ジョージに会ってどうして時計を壊すのか訊くんですか?」
「そんなストレートに訊かなくたって分かることはあるよ」
僕の能力の見せ所だ。
「内藤は今までジョージさんに会おうと思った事はないのか?」
「ないですね」
即答だった。
「それに、私だけでは過去に来ることは出来ませんので、考えたこともない」
誰も内藤の話を聞かなかったのだろうか。聞いたところで、自分には関係ないと放置したのだろうか。
あの店でひとりで幸せを集め続けていると聞いて、誰も何かしようと思わなかったのだろうか。
結構モテそうなのにな。近くで見ると本当に綺麗だし。今日のスーツも似合っていて最高に美男子だ。
「……」
見つめ合ってしまった。
気まずくなったので立ち上がって時計の方の内藤を見に行く。
近くで見てもアンティークだなぁと思うくらいで変なところはない。汚れもキズもなくて大切にされているように見える。
「ねじを巻かなくても動くなんて便利だと思うけど」
「振り子が心臓の様だと思わないか」
僕の声にこたえたのは老人の優しい声だった。
振り向くと長男さんに付き添われて杖をついた老人がいた。
「心臓だなんてやめてくださいよ父さん」
「知ってるぞ、お前たち兄弟はこの時計を怪しい祈祷師に売ろうとしているんだろう。そんなことをしたら罰が当たるぞ」
「神の山の木で作られたからですか? 単なる言い伝えでしょう。何か恩恵があったならともかく、ただ勝手に動くだけだ」
「100年近くも生きているんだ、そういうこともあるだろう」
「生きている? 時計に命はありません。父さん、お客さんの前で変なことは言わないでください!」
「祈祷師に売ろうとしている時点でお前もこの時計の力を信じてるんだろう!」
「そんなわけないでしょう!」
言い争いになってきている。さすがに内藤もソファから立っている。
「この時計があったから父さんは生きてきたと言っていましたね! ではこの時計を壊せばあなたも死ぬんですか!」
「お前!」
ジョージさんが杖を振り上げた。僕は無理やり長男さんの前に割り込む。打たれると思い目を閉じたが衝撃はなかった。
「ジョージ、落ち着いてください」
内藤がジョージさんともみ合っていた。しかし老人に無体な真似は出来ないのだろう。押され気味だ。
「父さん! やめてください! 本当に壊しますよ!」
長男さんが僕の後ろから時計の方に移動する。
「やめろ!」
内藤がジョージさんに振り払われ、横にあった本棚に勢いよくぶつかった。
「内藤!」
ぶつけた額から血が出ていた。駆け寄って怪我を見たが問題はない。かなり痛むようで額を押さえている。
「すまん」
内藤に手を差し伸べたのはジョージさんだった。
「この時計の前で争いなど、罰が当たる。怪我の手当てをしよう」
ああ、そうか。
内藤がジョージさんの手を取った瞬間、視界が回転した。




