振り子時計 6
戻ってくるときは目を開けることは出来なかった。それくらいすごいめまいだった。
もともとめまいを起こしたことがあまりない。酒を飲みすぎた時はこんな感じだったか?
いや高熱を出した時がこんな感じだった気がする。
そんな気持ち悪さに耐えながら目を開けると、元の時計店だった。
振り子時計を抱え込むように、カウンターに伏せていた。
帰ってきた。
ここが現実だ。
幸せそうなあの三人はまだいない。
いや、僕が傍にいないこの時間に、三人で仲良くしているのだろう。
この感情は何と言っていいのか分からない。
悔しい。いや、悲しい。
いや、むなしい。寂しいともいえる。
体を起こすと、何事もなかったかのように内藤がマネキンのような綺麗な姿で立っていた。
「残念ながら、あなたが幸せかどうかは分かりませんでしたね。ちょうど席を外していたところだった可能性もありますが」
「いないよ。あれが本当は正しい姿、正解なんだ。不満はない」
内藤を遮って言い切る。
不満はない。はずだ。
でもこの感情は、何だ。
抱え込んでいた時計を見る。
この店で買った時計だ。
「僕が買って行った時計が捨てられていたということは、あそこにいないんだろう」
「そうでしょうか。今までも4人で仲良く出かけていたのでしょう」
「僕の家で表札が堂本だったし、僕がいたらこの店で買った時計を捨てるわけがない」
「今はそう思っていても、7年後は分かりませんよ」
「分かるよ。僕が内藤に勧められた時計を捨てることは決してない」
そしてすでに自分の考えが正解だと分かっていた。
内藤は微かに眉を寄せて僕を見た。
「私はてっきり、あなたが家族を追い出してひとりで住んでいると思っていました」
「それは正解じゃないから」
「でもあなたは悪くない」
この男にこんな顔でその言葉を貰えただけでもう良いような気がした。
「なぜ笑っているんですか?」
無自覚に笑っていたらしい。
抱えていた時計をカウンターの上に置く。電池は抜かれているようで動かない。
「内藤は人の事否定することを多いよな。天邪鬼なのか?」
「それは大変失礼しました。否定しているつもりはございません」
内藤はゆっくりと瞬きをしてから、悲しげに笑った。
「ただ、私は……自分の知る全てが世界の全てではないことを知っているのです」
ジョージさんのことだ。
内藤は居間でのジョージさんの事しか知らない。
彼は、子供の頃から自傷行為を繰り返していたんだろう。もしかしたら自殺未遂もしていたのかもしれない。居間以外で。
そして内藤はそれに対してトラウマのようなものを抱いている。
兄弟の様に思っていたのはジョージさんだけではなく内藤もそうだったのだろう。
「7年後、あなたはどこにいるんでしょうね」
この男は本当に優しい。
「そうだ、内藤、時間移動の料金についてだけど」
「はい」
「別に金じゃなくていいんだよな。僕の、この能力をあげたい」
「……はい?」
今日の内藤は色々な表情をするなぁ。
「その力は譲渡できるものなのですか?」
「ちょっと色々準備がいるから、また明日来る。一日待ってくれ」
「ええ、まあ、それは構いませんが、何か、代わりの物を、お預けください」
すごく動揺している様だ。ちょっと笑ってしまう。
「悪いけど、今日時間移動できると思わなかったから手ぶらで来たんだよ」
「何をしに来てるんですかあなたは」
「友達に会いに来た」
にっこり笑って言ってやると、内藤はピタリと動きを止めた。
この店内以外で会ったことはない。連絡先も知らない。毎回次はいつ会うかなんて話をしたことはない。
それでも会うと紅茶を出して少し話をして、僕が現実から逃げるのを許してくれていた。
「ああ内藤、明日また時間移動したい。できるかな?」
「……あなたが行くべきだと判断されればいつでも何度でも可能でございます」
「また明日来る。今度は過去へ行こう」
「未来を変えるおつもりですか?」
「違うよ」
僕は椅子から降りてドアへ向かう。
「ジョージさんに会いに行こう」
内藤が何も言わないのをいいことにさっさと店を出た。
ドアは微かに音を立てたが、片手で軽く開けることができた。




