表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
時間屋  作者: 深澤雅海
2/25

目覚まし時計 1


 存在するかどうか分からないものというのは世の中にはたくさんある。

 例えば深海に沈む太古の都市。

 どこぞの将軍の埋蔵品。

 雪山に潜む雪女。

 ……タイムマシン。


 5丁目の端っこにあるちょっとアンティークでお洒落な時計屋さん。古くからあるそのお店は子供には気軽に入れる雰囲気ではない。

 それでも、大人になったら誰かへのお祝いや何かの記念に時計を買うとしたらここで買いたいと思うような店。

 そんな店にはひとつの噂がある。


「時間を自由に操れる時計があるらしい」


 時間と言うものは自由にできないというのが常識だ。誰にでも平等に訪れ、そして去って行く。それが時間。

 それが自由に操れるというのはどういう事なのか。

 過去に戻れる。

 未来に行ける。

 時間を止めることができる。

 ちょっと考えただけでも簡単に3つ浮かぶ。


 だから俺は勇気を持ってそのお店へと足を踏み入れた。

 がっしりとした木の扉は、見た目より軽く音もなく開いた。


「いらっしゃいませ」


 高くもなく、低くもない、落ち着いた声だ。勝手なイメージで初老の店主を思い浮かべていたけれど、カウンター内に立っていたのは若い青年だった。

 ……青年、だと思う。年齢はよく分からない。童顔、だろうか。顔だけ見れば大学生にも見えるけど、グレーのネクタイにグレーのスーツを上品に着こなしているので、全身を見ると30歳前後にも見える。

 笑顔だけれども「にこにこ」ではなく「静かに微笑む」という感じだ。


「ごゆっくり、どうぞお手に取ってご覧下さい」


 あまり店員を凝視していても失礼なので、促されるまま店内を見回す。

 俺の他に客はいなかった。


 店はそれほど大きくはない。店員のいる左側にあるカウンターはガラス張りで高級そうな腕時計が並んでいるのが見える。低い背もたれのついたイスがいくつか並べられていて、ガラス張りでなければバーカウンターのようだ。すぐ目に入るのは単純に、そちらの方が明るい。つい見てしまう。そしてカウンターの中に年齢不詳の美青年が微笑んでいる。


 店の壁全体には壁掛け時計が綺麗に整列している。近代的なデジタル時計から人形がくるくる回る子供向けの時計。見ているだけでも楽しい。

 壁際に置いてあるガラスケースには懐中時計がビロードの上に丁寧に並べられていた。


 店内中央には広く四角いテーブルが四つ置かれている。通路が広くテーブルのすぐ横にピアノの椅子が置かれている。四つのテーブル全てにひとつづつだ。なんだろう、座って見ていいってことだろうか。

 テーブルの上には様々な時計が値札と共に置かれている。

 腕時計、置時計。

 ……目覚まし時計。 


「お探しのものがありましたら、お気軽にお申し付け下さい」


 店内を見回しただけで一歩も動かない俺に、店員は落ち着いた声でそう言った。

 探しているものは多分、見回しただけでは分からない。

 カウンターへ近付くと、お掛け下さい、と椅子を手のひらで示される。優雅だ。絶対大学生ではない。


「店主の内藤と申します。本日は何をお求めでしょうか」

「店主…」

「ええ。店内のものは全て把握しておりますし、場合によっては取り寄せることも可能です」

「同い年くらいに見えたので、バイトさんかなって思って驚きました」

「よく言われます」

 失礼だったかと思ったけれど、店主はにっこりと笑った。


「お客様は何をお探しですか?」

「笑わないで聞いて欲しいんですけど」

「はい」

「ここに、時間を操れる時計があるって聞いて」

「時間を操る時計ですか」

 笑うなと言ったけど真顔で復唱されると恥ずかしい。

「大体の時計は針を操れますが、そういった意味ではなく?」

 笑うどころか店主は真面目に問い返してくる。恥ずかしさ二倍だ。


「まあ、ありますけど」

「あるんだ!」

「申し訳ないのですが、売り物ではないのです」

「あるけど、売ってない?」

「ええ。例えお客様から高額での取引をご提示されても、お売りすることは出来かねます。大変申し訳ございません」

「売ってない?」

「はい」

「高価いからダメとかではなく?」

「さようでございます」


 俺は何も言えず口を開けたまま店主を見る。すまなそうな声なのに真顔だ。


「その……せめてその時計を見せてもらうことも、できませんか?」

 見たからって買えないのであれば意味はないのだけれど、俺は諦めきれずに言った。言い切ってぐっと唇を噛み締める。


「これもまた、大変申し訳ないのですが、その時計は使う時以外は・・・・・・お客様の前にお出しすることも出来かねます」

 俺は再び馬鹿みたいに口を開ける。

「つ、使う時…?」

「はい」

「ここで、使うってこと?」

「さようでございます」

「使いたいんですけど!!」

「宜しいですけど、何がご希望ですか?」

「良いんだ!」

 あっさり使えるならもったいぶってんじゃねえよ、と思ったけれど、そうではない。店主は訊かれたことだけに答えているだけだ。俺が叫んでも驚くことなく上品な笑みを浮かべている。これ、いわゆる微笑ってやつだ。初めて見た。

 俺は自分を落ち着けるために一度咳ばらいをする。まさか俺の人生で咳ばらいをする日が来るとは思わなかった。初体験ばかりだ。


「その時計なんだけど、時間を操れるってだけ俺は聞いてるんです。具体的に何ができるんですか?」

「今のところ、過去に戻るお客様が多いですね」

「過去に戻れる! ええと、それ、俺でも出来ますか? 条件とか……売り物じゃないって言ったけど…」

「ご使用料金は頂いております」

「で、ですよね……はぁ」

 ため息が出てしまったのは俺が大学生だからだ。バイトをしているから、ちょっと遊ぶお金には困ってないけれど、何十万も提示されると手が出せない。


「何からご案内いたしましょうか」

「値段からお願いします。一番大事なので」

「かしこまりました。金額に関しましては決まっておりません。お客様が払いたいと思った金額をご使用後に頂いております」

「決まってない?」

「ええ。以前はご使用前に頂いていたのですがトラブルがございまして、それ以来ご使用後に頂いております」

「それは…例えば、例えばですよ? 100円でも良いんですか?」

「構いません。以前、ガラス玉ひとつのお客様もいらっしゃいました」

「マジか」

 一番の懸念が振り払われちょっとホッとしたものの、逆に「そんなもんでいいのか?」という不安も残っている。


「条件はあるんですか?」

「条件といいますか、注意点が4点ございます」

「4つ」

「まず、時計の能力は時間移動です。日付と行く場所の指定はできますが、細かい時間の指定はできかねます。午前、午後といった簡単なものでしたらお選びいただける場合もございます」

 俺は黙って頷いた。日付の指定ができるなら問題ない。

「ふたつめは、移動した先にいつまでいられるかは分かりかねます。要件が済む前にこちらに戻ってしまう場合もございますのでご了承くださいませ」

「えっ、突然戻ってくるってことですか?」

「さようでございます。三つめは、ただ今からご使用いただけるのであれば問題はございませんが、時計は一日に一回しか稼働いたしません。他のお客様がすでにご使用されていた場合はその日はご使用いただけませんのでご了承くださいませ」

「今日はまだ誰も使っていないってことですね?」

「さようでございます。最後の注意点ですが、行った先で行動することにより、未来や過去が変わる場合もございます。その点はお忘れにならないようお願いいたします」


 説明が終わり、俺は一度ゆっくりと唾を飲み込んだ。

 真顔で説明していた店主は再び微笑する。


「ご不明な点はございますか?」

「突然戻ってくるって言ってましたけど、例えば、過去の人と話している最中に突然戻ることってあるんですか? 何かに関わっていると戻らないとかは?」

「話したり触ったりしていても戻ります。相手からすれば突然人が消えたことになりますね」

「そ、それって大丈夫なんですか?」

「その人、その時によって変わるかと存じますので、問題がないかどうかは私には分かりかねます。何か不思議なことが起きたとして、それを解明しようとする方もいれば、なんだったんだろうで終わる方もいらっしゃいますし」

「なるほど…?」

 目の前で人が突然消えても、調べようがなければ不思議な出来事で終わってしまう…かもしれない?

「他にご不明な点は」

「あ、あと、行った先で何をしてもいいんですか? 話すのは大丈夫ってことですよね。やっぱり未来が変わらないように行動した方が……あれ、でもさっき未来が変わる場合もあるって言ってたっけ」

「さようでございます。基本的に、何をされるかは自由でございます。しかし、私どもでは責任は負いかねますので、全て自己責任でお願いいたします。例え殺人を犯した場合でも、私どもは関与いたしません」

「さ、殺人なんてしませんよ!」

「さようでございますか」

 突然何を言い出すんだよ! と怒鳴ってしまったが、店主は平然としていた。


「お客様はどのようなご事情で時計をお使いになりたいのですか?」

 微笑の店主に俺はもう一度告げる。


「笑わないで聞いて欲しいんですけど」


 普通の人なら信じてもらえないだろうけど、この店では大丈夫だ。




 普段自分が仕事で使っている言葉が文にするとちょっとイラっとするくらい回りくどいということを知りました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ