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時間屋  作者: 深澤雅海
15/25

懐中時計 4

 気持ち悪い。

 それに息が苦しい。わたしはひたすら息をする。苦しい。

 おでこにそっと、冷たい手が触れてわたしは目を開ける。

 元いた時計屋さんのテーブルに、右のほっぺを下にして寝ていた。上から時計屋さんのお兄さんが困った顔で私を見下ろしていた。


「お客様、体調はいかがですか?」

 大丈夫じゃないから、わたしはただ息をすることにした。ぐるぐるの気持ち悪さはなくなっていたから、あとはこの息がいつも通りになれば大丈夫。

 お兄さんの手はちょっと冷たくて気持ちいい。


 おじさんにお父さんになってって言えなかった。

 でも時計は渡せたし、ママに会いに来てって言えた。

 きっと病院にも来てくれるはずだから、その時にお父さんになってって言おう。

 手術がんばるからお父さんになってって。


 苦しくなくなってきたから体を起こした。

「問題ございませんか?」

「大丈夫です……」

 まだいつも通りに息は出来ないけど、胸も痛くない。

 疲れたのでリュックを下そうと思って気が付いた。手に何か握ってた。

 開いてみると、おじさんにあげた時計の鎖についていたビー玉だった。持ってきちゃった!

 慌てて反対の手やテーブルの下を見るけど、このビー玉以外は持ってきてない。ちゃんと時計はおじさんのところにあるはず。


 リュックを肩からはずしてテーブルに乗せてから、持ってきちゃったビー玉を見る。

 お家にあるビー玉は透明で中につぶつぶがあるものだけど、このビー玉はカスタードクリームみたいな色で透き通っていない。鎖に付けられるように丸い針金が飛び出してる。


「月と地球の時計でしたね」

 お兄さんが優しい声で言った。

「月と地球?」

「お持ちになっていた懐中時計です。時計の方の文字盤が地球を模していたでしょう。鎖にそちらの月を模した球体、鎖は銀河を表していたのでしょうか。品のいい作りです」

 お兄さんに言われて気が付いた。これ、月なんだ。


 ひんのいい、という意味はよくわかんないけど、お兄さんの言い方から褒められているんだと思う。

 この時計を選んだのはママだ。ママはすごいんだ。

 おじさん、ママとケッコンしてくれるかな? 

 ママがあげたかった時計だって事は言えたから、あの後ママと話してくれればいい。


 それで、ふたりでお見舞いに来てくれるといいな。


「お客様、大変申し上げにくいご案内が一点ございます」

「えっ?」

 わたしは月のビー玉から顔を上げてお兄さんを見る。

「時間移動ご使用の料金をいただきたいのですが、よろしいでしょうか」

「えっ!?」

「金額は決まっておりませんので、いくらでも結構です」


 料金、つまりお金だ。

 タイムスリップできるお店があることだけ考えていて、それにお金がかかるなんて考えていなかった。

 慌ててリュックの中をかき回すけど、今日はお財布を持ってきてない。バスに乗った時もICカードを使って来た。

 今日は泣きそうになることばっかりだ。


「お金、ありません。ごめんなさい!」

 椅子に座ったままだけど、できる限り頭を下げた。

「代わりにこのICカード……でもこれがないと帰れない……」


 それ以外でリュックの中にあるのはハンカチとちりがみ、ママにだけかけられるケイタイ、お出かけした時に具合が悪くなったら大人に見せるわたしの事が書いてあるメモ、それぐらいだった。

 どうしよう、お店でお金がないって……ケーサツにつかまっちゃう?


「料金はお金である必要はございませんが代替品もお持ちではないご様子ですし……ご案内が遅れた私のミスでございますので、料金は後日で構いません。ただ約束として、何か持ち物をお預かりしたいのですがいかがでしょうか」

「だいがえひん? ごじつ?」

「今度お支払い出来る時にまた来ていただければ良いので、その約束として何か持ち物を預けていただけますか?」

「約束のしるしだ!」


 毎週日曜日の朝に見ているアニメであった、友情のあかしとしてペンダントを土に埋めたやつ。大人になったらふたりで取りにこようって約束したやつ。きっとあれだ。


 わたしはまたリュックの中を見る。ICカードとケイタイはだめだ。メモもダメ。今日は力も使っちゃったし疲れてる。帰るまでに具合が悪くなっちゃったときこのメモは大切だ。

 そうするとハンカチとチリガミ。

 ハンカチはトイレで手を洗ったときに使ってちょっとぐちゃっとなってるし、チリガミも残り少なくてぺっしゃんこだ。約束のしるしにはならないと思う。

 そうすると残るのはひとつだけ。


「この月のビー玉でいいですか?」

 握ったままだったビー玉をお兄さんに見せた。

「退院したら、お金持ってきます。その時に返してもらえるってことですよね? このビー玉は必ずおじさんに渡したいので、必ずお金を払いに来ます!」

 今年のお年玉は全部貯金箱に入れたから、その中から持ってこよう。


 お兄さんは布が敷いていある平たい板を出して、わたしからビー玉を受け取り乗せた。


「それでは、こちらをお預かりいたします。もし後日ご来店いただけなかった場合は、こちらを料金としていただきますのでご了承ください」

「必ず来ます!」

「かしこまりました。お待ちしております」

 お兄さんの笑顔にちょっと安心した。


「おじさん、ママと会ってくれるかな?」

 お兄さんはにっこりと笑うだけだった。

「もしうまくいかなかったら、今度は未来じゃなくて過去に戻ってもいいですか?」

「ええ、あなたが行くべきだと判断されれば、私はお手伝いをするまでです」


 よかった。私は大きく息を吐いてから時計を見た。もう10時になる。

「ここに鳩時計ってありますか?」

「あちらにございます」

 お兄さんがちょうど反対側を指したので、わたしはリュックを背負って鳩時計まで走った。

 細い針が12を指した時、お店の中の時計が全部なったのでびっくりしてしまった。

 そうだよね、これだけ時計がたくさんあればこんなに大きい音になるよね。


 いろんな音が鳴る中、鳩時計からは鳩が出てくる。

 高いところにある時計に手を伸ばすけど届かない。

 急にグイっと抱き上げてくれる人がいた。お兄さんかと思ったけど、知らないおじさんだ。

 どこから出てきたの!? と思ったけどそれどころじゃない。鳩時計の鳩はすぐいなくなっちゃうんだ。


 おじさんが時計を直してくれた時を思い出す。

 ちっちゃい部品も大きい部品もたくさんあって、みんなが協力して時計を動かしてる。

 わたしも、ママやおじさんを動かすひとつになれてるかな?


 鳩がお部屋に戻ってお店の中も静かになると、知らないおじさんはゆっくりと下ろしてくれた。

 突然どっかから出てきたけど、優しい人みたい。しっかりお礼を言う。

 座ってたイスの方を見ると、お兄さんは元の位置からちっとも動かず、相変わらずニコニコしていた。

 わたしは先生にさようならを言う時と同じようにあいさつをして、出口に走った。


 ドアを開ける前にもう一度お兄さんを見ると、ゆっくりとおじぎをした。

 難しい言葉ばっかりだったけど、最後までちゃんとお客さんとして見てくれてうれしい。


 ドアを開けて明るい外へと飛び出す。

 家に帰ったらおじさんに電話しなきゃ。

 三週間後、日本に来たらさんかく公園に来て。

 ゴールデンウィークの公園は人でいっぱいだから、座って待ってて、って。



 


内藤はお兄さんだけど早乙女はおじさん。


早乙女「僕の感覚だと内藤とは歳が近いはずなんだけど」

内藤(にっこり)

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