腕時計 4
評価ありがとうございます。
もっと頑張ります。
視界が2、3回転した後、見えたのはガラスのカウンターだった。7桁の金額の時計が見える。
少しめまいを感じながら顔を上げると姿勢よく立つ店主がいた。
時計店だ。
「戻って、きた…」
「体調はいかがでしょうか」
「目が回っている以外は大丈夫、です」
目をかばうように顔を覆うと手のひらから腕にかけて痛みが走った。椅子が消えることを教えてくれなかった目の前の店主を殴りたくなる。
「内藤さんは、弟が突き落とされたんじゃないって知ってたんですか?」
攻めるような声になるのは仕方ない。
それでも店主は微笑していた。
「知っていたわけではございません。ただ、向こうに着いた時にその可能性はあるかと思いました」
そう言って身を乗り出し私の手首を優しくつかんだ。そのまま手のひらを上に向ける。
私の手は擦り傷で血が滲んでいた。
「事前にお話を伺っていたので着いてすぐ可能性に気付いたのですが、言い出すタイミングを逃してしまいました。それに、すぐ分かることだと思いましたので言わない判断をいたしました。申し訳ございません」
何か言いそうだった店主を無視したのは私だ。何も言えなくなる。
「お電話に関しましては、落ちてすぐ男性が連絡したから良かったとお伺いしたのに、誰もお掛けにならないようだったので私の事かと気付きかけさせていただきました。高橋様の探す人物はいらっしゃらないので私がかけても問題ないと判断いたしました」
消えた通報者。
未来に戻ったから消えたんだ。
「つまり……」
私は自分の赤い手の平を見る。
「私の勘違い?」
「私が電話をしたせいでもあります。申し訳ございません」
「ううん…」
電話のおかげで弟は助かったのだ。
あの時あの場所にいた人たちは全員、突然の事に混乱していた。冷静に電話が出来たのは店主だけだっただろう。
「そっか、勘違いか」
呆れと安心と……その他色々なものが混ざったため息が出た。
どこにもいない犯人をずっと恨んでいた自分、絶対に捕まえると意気込んでいた自分が情けなくなる。
「綺麗な花でしたね」
うつむく私に店主が言った。
花?
「ご覧になりませんでしたか? 崖の下に白い花が咲き乱れていました」
そうだっただろうか。いや、そうだ。
柵の下、少し平らになっている部分に落下した弟を受け止めていたのは水仙だ。真ん中が黄色くて花びらが白い水仙の花。
私は弟を思い出す。スマホを持った手をまっすぐ伸ばし、覗き込むようにして落ちた弟。
落ちた理由は明白だ。
「あいつの、自業自得じゃないか」
またため息が出た。
なんだか馬鹿みたいだ。自分の能力を過信してひとりで正義を振りかざしてきた結果がこれだ。恥ずかしいにもほどがある。
さっさと帰ろう、と隣の椅子に置いていた鞄を手に取ろうとしたところで、ジャケットの中のスマホがなった。
見ると、弟からのメールだった。目が覚めたらしい。
短いメールを三回読み返してからスマホを再びジャケットにしまう。
鞄を手に取り中から封筒を取り出す。持ってきた50万円だ。
その中から目分量で半分取り出し封筒の方を店主に差し出した。
「内藤さんが電話しなければ私はここに来ることはなかった、という複雑な気持ちの分引かせてもらいます」
返事を待たずに椅子から降りる。
店主の「ありがとうございました」の声を背中で聞き店を出る。
弟からのメールには写真が添付されていた。
あの崖の下の水仙。
私が一番好きな花だ。




