第七話 狂気に染まる
少し空きました。
前半 主人公
後半 少女
視点でお送りします。
「怪我はない?」
心から心配したような表情を顔に貼り付けて、囚われた少女に歩み寄る。
「っ!!」
「ん? どうしたの?」
僕が近づくと、少女が顔を伏せ、身を震わせる。
まあ、さっきの一部始終を見てたら、こういう反応になるのも仕方ないかもね
周りの景色だってトラウマものだと思う。
「い、いえ! け、怪我なら大丈夫です!」
「そう、なら良かったよ。……立てるかな?」
傷物ではないことが確認できた。
今日はついてるね♪
僕は、少女を拘束しているロープを解いて、両手を自由にする。
「っ!! ス、スミマセン!! 腰が抜けてて、今はとても…」
すると、自由になった両手で、破れたワンピースの裾を引っ張り、股下を抑える少女。
僅かにだけど、床が血以外の液体で濡れているのが見えた。
なるほど、おおかた恐怖のあまりに失禁して、それが知られるのが恥ずかしいって事かな?
こういう時は、そっと触れないでおいてあげるのが吉だ。
何か、気を紛らわせてあげよう。
事を起こすなら、ある程度気を許してくれてからの方が、ずっと良い。
「いや、いいよ。えっと…」
「あっ、すみません! セ、セラって呼んで下さい」
「わかったよ。セラ。年は幾つ?」
「ヒャウン!」
……ヒャウン?
そんな歳あったっけ?
いや、今のは名前の所に反応したような…?
「えと、今のは違うんです! えと! 歳は六才です!!」
え、六才?
僕より年下じゃないか!
全然そんな風に見えない、良くて一つ上の年齢かと…。
というか、六才にしては一つ一つの所作が、女性らしく完成している。
雰囲気が大人びていて、気品が感じ取れるし……。
何処かの貴族のご令嬢だろうか?
ミリィとは大違いだ。
「ん~。 セラは貴族なの?」
「…え? えと……。はい! そうです!」
だとしたら、ここで彼女を殺ってしまうのは得策じゃないかも。
一貴族のご令嬢が、ゴブリンの巣で無惨な死を遂げたことにでもなったら、大規模な調査が行われることになるかもしれない。
足が付くような事はないだろうけど、この森で活動しにくくなっちゃうな。
「あ、あの…」
「ん? 何かな?」
僕が考えごとをしているのを好機とみたのか、今度はセラから声をかけてくる。
「貴方様は──」
頭を上げるセラ、彼女の顔はまだ子供とは思えないほどに綺麗だった。
松明に照らされ、髪色がエメラルドグリーンだとわかる。
大人びた印象も相まって、子供の体ながらにその容姿は、とても艶やかだった。
ホントに子供?
少なからず、衝撃を受けていると、更なる衝撃の一言が彼女から飛び出る。
「貴方様は──私の騎士様でしょうか?」
「……は?」
何を言ってるんだ?
この娘は?
「えっと、どうしてそう思ったのかな?」
「ああ、やっぱり! 貴方は私の騎士様なんですね!!」
ダメだ。
会話になってない。
というか決定された。
どうしてそういう結論に至るの?
自分で言うのもアレだけどさ。
普通、嬉々として魔物を惨殺して、挙げ句の果てに血を浴びてアヘってる姿を見たら、ヤバい奴だと思うんじゃない?
どうして騎士なの?
この世界の騎士って僕みたいな狂った奴ばっかなんだろうか?
もし、そうじゃなかったら、僕が騎士に見えるセラは、かなり狂ってる。
僕が言えた立場じゃないけど……。
「ああ!! 夢だったんです! 騎士様に危ない所を助けて貰うのは…」
うん。
この子、ヤバい子だね。
どうしよう。
対処に困るなぁ。
人が変わったように、目を輝かせて言葉を捲したてるセラ。
僕が適当に相槌を打ちながら、行動を起こすタイミングを伺っていると、僕がやって来た通路から人の声が聞こえてくる。
どうやら、ゲームオーバみたいだ。
「助けが来たみたいだね」
「ですから! 私は騎士様と…え? あ、そうみたい…ですね……」
落胆した様子のセラ。
情報を漏らさないように釘でも刺しておこうか。
「セラ、僕の事は誰にも言わないでくれるかな?」
「え!? 何故ですか、騎士様!!」
「お願い、このことは二人だけの秘密にしておきたいんだ」
「二人、だけの秘密……! わ、分かりました!」
その言葉を聞いて、一先ず安堵。
なんか、セラが軽くトリップしてる。
取り合えず、ここから出ないとね。
入り口から脱出するのは無理そうだ。
今、ここに向かってきてる人と鉢合わせることになる。
身バレするのは避けたいし、見つかったらこの状況の説明をさせられるのは明白だ。
出来れば、使いたくなかったけど、背に腹はかえられないな。
「セラ、それじゃあね」
「え、あの、どちらへ?」
「大丈夫。またいつか会えるよ」
──【再現】、転移石。
「あ、せめてお名前を──」
再現した石へ魔力を込める。
次の瞬間、僕の姿はその場から掻き消えた。
◆◆◆◆
「あ、せめてお名前を教えてください!」
咄嗟に声を上げましたが、その時には既に、騎士様の姿はありませんでした。
「……行ってしまいした」
助けて貰ったお礼もしていないのに……。
胸が苦しい。
何か、心に大きな穴が空いたみたいです。
「姫様ーー!! ご無事ですか!? 姫様ーー!!」
「隊長、道はこちらに繋がってます!」
「姫様~。いらっしゃるならお返事を下さい!」
この声は……騎士団の方達でしょうか。
ああ、騎士様の声の余韻に浸りたいのに、もう少し静かにして貰いたいです。
──セラ
「ハァウン!」
あの声を、初めて異性の方に真名を呼ばれた時のことを思い出すだけで、お腹の下がキュンとなります。
こんなの初めて……!
「これは……あの時と同じ?」
思い出されるのは、騎士様が醜悪なゴブリン達を嬉々として殺していくお姿。
おびただしい数の雄に囲まれ、自分の未来を悟って絶望していた時、突如として表れた彼。
並み居るゴブリン達を相手に殺戮の限りを尽くし、周囲に屍を築いていくその姿は、とても残忍でそれでいて、とても美しかったです。
彼が腕を振るうたびに飛び散るゴブリン達の血は、彼を彩る花弁のようで、響く断末魔は彼を引き立たせる音楽のようで……。
今までの、血や他人が傷つくのが大嫌いな私なら、そのおぞましい光景に目を瞑り、じっと終わりが来るのを耐えたでしょう。
ですが、私は彼が繰り広げる殺戮劇──舞から目を話すことが出来ませんでした。
彼の、ゴブリンを一匹屠るたびに喜悦に染まるその表情を見てると、どうしようもなく、胸が昂ぶるのを感じました。
お腹の下辺りから、何か熱いモノが溢れてしまったのはこの時でした。
騎士様に見られてしまったかと思うと少し不安です。
「これが、噂に聞く”恋”なのですね♪」
王宮で平和な暮らしを続けてきた私に取って、彼の姿はとても新鮮で刺激的で、物語に出てくる騎士様。
私が恋い焦がれた、退屈で、閉鎖的な日常から救い出してくれる騎士様その人でした。
ああ、再び貴方に会えるのを、私は待ち続けます。
そして──
「今度こそ、私をこの退屈な日常から救い出してくださいね」
──この日、一人の少女が狂気に染まった。
少女は、英才教育を受けているので年齢に比べて、かなり達観してます。