第十四話 三途の川
久しぶりに満足いくものが書けた予感!!
水中を漂う確かな浮遊感と、痛覚を破壊しかねないほどの耐え難い激痛に、失っていた意識が復活する。
うん。
苦しい。
痛い。
まず、息は出来ない。
襲い来る激痛によって、体を動かすこともままならない。
ただ僕の体は地上から遠ざかるように下へ下へと沈んでいく。
まるで、これまで殺した大量の魔物達の怨念が、僕を地獄へと引きずり込むように。
そこに抵抗の余地は無い。
この川、こんなに深かったかな?
どうでもいいけど。
ふと、霞む視界に水中を漂う紅い筋のような物が目に映る。
同時に違和感が僕の体を襲う。
あれ?
右腕、いや、体がない?
そこで僕は初めて、本来あるべきはずの右腕が、その半身ごと消失しているのを知る。
どうやら、幾ら【身体強化】で防御力が多少上昇していても、あの豚の一撃を受けて無事で済むはずは無かったみたいだ。
残った左半身から、大量の血液の奔流が幾重にも立ち昇り、水中を真っ赤に染め上げようとしている。
その光景を見て僕は静かに悟った。
ああ…。
僕、今日…死ぬんだ。
自分でも驚くくらい簡単に、その事実を飲み込めた。
さしずめ、この川は僕にとって”三途の川”って事だ。
そして胸中に湧くのは一抹の後悔。
思えば前世に比べてとても短いセカンドライフだった。
人だって一人も殺してない。
結婚だってしてないし、成人だって出来なかった。
はあ、話が違うよ、邪神さん。
未練たらたらだよ。
…母さん達は、僕が死んだら悲しんでくれるかな。
ファムは、僕が死んだら縁談が破棄されて喜ぶだろうか。
それとも、墓参りくらいには来て…泣いてくれたりするのかな。
徐々に薄れゆく意識の中、僕の脳裏に少女の顔が浮かぶ。
ミリィ、この世界で最も長く一緒にいたかもしれない少女。
僕が死ぬのは、彼女を庇ったからだ。
ホントはあそこで逃げるべきだった。
だけど、僕はそうしなかった。
それで、まんまと豚の演技に騙されて、ミリィを助けに動いた結果がこれだ。
柄にもなく、何故そんなことをしたのか。
ただ、彼女が豚に殺されるのが堪らなく怖かったんだと思う。
自分が死ぬことよりもね。
前世で、僕は特定の異性と懇意にしたことが無かった。
だから、彼女と過ごす時間は──とても新鮮だったんだ。
彼女と一緒に食卓を囲んだ時はそれだけで楽しかった。
毎年のように誕生日を祝ってくれる事が、正直嬉しく思う事もあった。
快活な声で笑い、喜色満面の笑みを隣で浮かべ続けた彼女は太陽のようだった。
知らない内に、僕は彼女が隣に居ることが心地良くなっていたんだと思う。
『アルくーん!!』
記憶の中のミリィは、いつも笑顔で……。
『アル君…結婚するんだ…。あ、あはは、そうだよね。け、結婚か~。おめでとう! アル君!! 私も嬉しいよ!』
笑顔で…。
『今日は……帰って』
笑顔…で……。
『いゃぁあああああ!! アルくーーーーん!!』
はは、最期くらい……笑って欲しかったな。
もう……言葉にしなくてもわかる。
そうだね。
ファムが…言った通りだ…。
僕は……ミリィの事が──。
そこで、急速に失われていく意識。
既に全身の血は、水中に溶け込み、そこに残るのは冷たい半分の肉塊と微かな命の灯火。
──失えば最期、もう二度と戻る事はないだろう意識を、僕は静かに手放した。
ハズだった。
◆◆◆◆
あれ?
温かい、痛くない。
それに……ここは…。
急速に回復する意識。
体を蝕んでいた凍えるような寒さや、激痛が消えた事に混乱しつつ、僕は半分になった顔で辺りを見回す。
あ、体も動くんだ。
視界に広がるのはただただ真っ白で殺風景な空間。
さっきまでの僕の状況からして、この空間は天国のように思えた。
だけど、その認識は間違っている。
僕はこの場所を──知っている。
『お久しぶりですね。お元気でしたか?』
脳に直接語りかける、そう誤認するほど透き通った声がその空間に響き渡る。
──ああ、やっぱりあなたでしたか。
顔の右半分も消し飛んでいるから、喋る事は出来ない。
僕は心の中で姿の見えない彼女に語りかける。
伝わる──何故かはわからないけど、そんな確信があった。
すると、僕の正面に黒の羽衣を纏った銀髪の女性が現れた。
いや、あるいは初めからそこにいたのかな?
彼女──邪神ゼフィアは七年経った今でも変わらず、にこやかな笑みを浮かべている。
──僕は死んだんですか?
心の中で、彼女へと話しかける。
『いいえ♪ あなたはまだ死んでませんよ?』
その言葉を聞いて少し、安心する。
そうか、まだ死んでないのか。
まあでも、彼女の物言いから察するに、死ぬのは間違いないんだろね。
まだ死んでない。
ん? 死んでない?
そこで疑問に思う。
だとしたら、何故僕はここに居るのだろう?
以前この空間に来たのは、僕が前世で死んだからだった。
でも今回、僕はまだ死んでない。
死には瀕しているけども。
ここに来た理由がまるでわからないや。
あ、そうか。
僕は邪神から受けた任務──勇者達とついでに神を殺す──を失敗したのか。
と言うことは、今回ここに来たのは任務失敗の責任を取って”死”より恐ろしい罰を受けるか。
再度、同じ世界に転生させれられるか、そのどちらか──。
『言っておきますが、あなたの想像しているような事は致しませんよ?』
え、しないの?
そうですか…。
興味あったけどな……”死”よりも恐ろしい事…。
──それじゃあ、目的は何なんですか?
邪神は、顔に浮かべる微笑みを一層深めて、若干テンション高めに、声を高らかに宣言する。
『フフ♪ 今回あなたをお呼びしたのは他でもない…そうですね……。あなたの世界でいえば…そう!! 覚醒イベントです!!』
は、はあ…。
覚醒イベントですか。
反応の薄い僕を見て釈然としなかったのか。
ゼフィアは咳払いをした後、いつもの調子に戻って、言葉を続ける。
『ま、まあ要するに…以前言っていた”特典”を渡しそびれ──ンンッ、コホン……他の神々の妨害によって渡す事が出来なかったのでこの機会にお渡ししておこうと思った訳です♪』
思わずジト目でゼフィアを見つめる。
だが、その視線にも彼女は無反応だ。
変わらず、ニコニコと笑顔をこちらへ向けている。
今の失言が、無意識で…この態度なら、驚くべきポーカーフェイスだね。
いいですよ、もう。
…ん?
──特典なら、既に【再現】を貰ってますが……。
『あれは、あなたがあの世界で独自に得た、謂わば固有のモノです。私は何も関与してません。というか、あの程度のスキルでは、神々を相手にすること自体、不可能ですよ』
ああ、そうですか。
確かに、神と言うからにはそれこそ、常軌を逸する存在なんだろうね。
想像もつかないような攻撃手段や、罠を張っていてもおかしくない。
なるほど、武器や魔法を再現するだけのスキルじゃ、太刀打ち出来ないのか。
て言うか…神って殺せるの?
今更だけど……。
──あの、神って…。
『殺せますよ』
うわっ、心読まれた。
『それはもう、手段さえ得ることが出来れば簡単に死にますよ。私は例外ですが』
──具体的には?
『そうですね……。一:聖遺物を壊す。二:信仰を消失させる。三:神に匹敵する力で嬲り殺す。この三つ程手段があります。私は例外ですが。まあ、詳しい話はおいおいするとしましょう』
…理解はした。
というか、これだけ聞くと、神を殺すのってとても難しいんじゃ……唯一出来そうなのは、”一:聖遺物を壊す”くらいかな。
『ああ、”神”といえば…どうやら、あなたを転生させたことが他の神にバレてしまったようでして……。『使徒』というんですが、あなたの命を狙っているみたいです。別段、こちらは無理して殺すことは無いですし、気にすることもありませんが…。目障りでしたら殺しちゃってください♪』
……どうやら、神の妨害を受けたというのは、まるっきり嘘でもないらしい。
『使徒』か……。
人型だったら嬉しいな。
あと、どうせ狙われるなら女の子がいいかな。
閑話休題
『さて、そろそろ”特典”を配布するとしましょうか』
──お願いします。
やっと本題。
はたして、特典というのは何か。
道具?
それとも新しいスキルかな。
『といっても、配布するのは私ではありませんが』
え、どういうこと──。
疑問に思ったのも束の間、突如としてゼフィアの横の空間がねじ曲がり、ブラックホールのようなモノを形作る。
──あれは?
『どうやら、いらっしゃったようです』
彼女の言葉通り、疑似ブラックホールから悠然と出現するサッカーボール程の影。
『やれやれ、邪神よ。少々、人使い─否、鳥使いが荒くはないか?』
現れたのはブラックホール同様、闇に塗り潰されたかのような漆黒の羽毛に、黒光りする鋭利な嘴、黒い真珠のような双眸。
鳥類特有の、細長い両脚の間にある──三本目の脚。
──前世の記憶が正しければ、それは”鴉”と呼ばれる鳥類に酷似していた。
執筆の手が進んだので、明日もう一話投稿できそうかもw




