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空の夢  作者: ミサンガ
第一部
8/18

番外編 お節介

 王宮へ戻ってくると、リュウはアルスを下がらせ部屋へと向かった。ひとりになると、途端に色々な感情が押し寄せてきてはせめぎ合い、気付かないうちに足取りも重くなる。

「寒くなかった?」

 リュウがはっとして顔を上げる。部屋の前に立っている人物がひとり。

「イオリ……何で」

「そろそろ帰ってくる頃かと思ったんだよ。ウカラ大地に行ったんだろう? あそこは人間が住むには気温が低い」

 イオリは片手を伸ばし、リュウの頬に軽く触れた。ほら冷たい、と口元が僅かに緩められる。

 事情は全部聞いてるんだな――そう察したリュウは、相手から目を逸らすようにして俯いた。 

「間違ってたのかな」

 思わずそう呟いていた。

「俺がイージにしたことは、やっぱり間違いだったのかな」

「解らない」

 すぐに答えが返ってくる。昔からそうだった。この年上の王子はどんなことだろうが、質問には必ず答える。解らないことも虚勢を張らずに「解らない」と言う。それがリュウには頼もしかったのだ。

「気付いてないみたいだから敢えて言うけど」

 と、イオリはリュウに背を向ける。

「延命の魔法を受けたイージの寿命は、どうなると思う?」

「寿命、は……延びる」

「そう。術者が死んだら死ぬ、というのはつまり、術者が生きていれば生きるってことだ」

 こちらを振り向かない相手に、リュウは不安を覚える。

「術者が死ぬまで生きる。たとえば俺とローキィなら大問題なわけさ。ローキィのこの先の寿命は俺より遥かに短いんだから、俺はどんなに足掻いてもかなり若くして死ぬことになる。これがリイと俺なら、ほとんど差分はない。お前と俺でも、そうだ」

 背中に垂れる銀髪が、光を淡く反射する。

「ネーラ族の寿命は人間の半分以下と言われている。一般的には二十五年から三十年が妥当だろうが……延命の魔法の影響を受けるイージは、その倍以上は生き延びるはずだ。自分だけ、ずっとね」

 自分だけ、ずっと。イオリの甘い声が、呪いのように耳にこびり付く。

 リュウの顔から血の気が失せていった。

「そ、んな……」

「そういうこと……何故、延命の魔法が禁止されているか、解った?」

 訊かれるまでもない。そこまで言われては、嫌でも解った。ローキィに激しく叱責されるよりも、イオリのように淡々と諭される方が辛かった。

 そこで初めて振り返り、イオリはリュウを見る。

「リュウ」

 いつもと変わらぬ、平坦だけど甘い声。感情はこもっていない。

「お前がしたことが正しいのかどうか、それは俺には解らない。けれど、後悔はするなよ」

「……後悔?」

「少なくともリュウは、助けたかったんだろう。助けようと思って取った行動なら、後悔する必要はない。結果的にイージは助かったのにお前が後悔してたら、イージはこの先どう感じて生きていくと思う?」

 そう問いかけると、イオリはほとんど足音も立てずにその場を後にした。すれ違いざま、リュウの肩を軽く叩いて。

 ほんのりと甘い、トワレの香りだけが残った。

 




 

「嫌な役をさせたな」

「別に」

 肩から零れた髪を払い、イオリは表情を変えずに言う。

「あいつにとって俺は“嫌な奴”だから、今さら問題はないだろう」

「……お前も顔に似合わず、口は達者な方だな」

 すると、イオリはふいに笑った。薄っぺらい、どこか冷たく見える笑みだった。

「それは褒めてる? それとも貶してる?」

 冷え冷えとした美貌。ローキィは内心動揺するのを悟られないよう、わざと顔を背けた。

「どちらでもよい。とりあえず、ご苦労だった」

 ローキィがそそくさと話を切り上げたので、イオリは執務室を出た。

 ――ご苦労、ねえ。

 確かにリュウに釘は刺した。だけど、刺しっぱなしはさすがに後味が悪い。

 さっき、振り返ってリュウの姿を見て、ほんの少し動揺した。あまりにもしょぼくれていて、ショックを受けていて、縋るような眼をしているくせに絶望しきったような顔をしていて。何だよ、諦めるなよ、頼るなら頼れ、諦めるなら縋るな、と思った。つまりは、放っておけなかった。

 その結果、自分らしくもないお節介まで焼くことになってしまった。

 けど、まあ。

「後悔はしてないけど」

 自分自身に厳しいあいつに後悔まで背負わせたら、いつかきっと潰れてしまう。そうなる前に、ちょっとだけ肩の荷を下ろさせただけ。

第一部はこれでおしまい。次から第二部です。

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