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空の夢  作者: ミサンガ
第二部 王宮話
13/18

Ⅳ 王子として

 俺やイオリの名付け親はローキィで、何故か解らないけどローキィはやたら長い名前を付けたがる。呼ぶのも呼ばれるのも面倒なので、いつの間にか愛称ができた。

 イオリは誰が省略し始めたんだか知らない。俺だって、初っ端から本名で呼ばれることに抵抗があったわけじゃないんだ。でも俺は、ある日を境に本名が大っ嫌いになってしまった。

 確か、俺が七歳の頃だったかな。

「さっき、おもしろいことを聞いたんだ」

 事の発端は、やっぱりイオリだ。三つ年上だから、この時十歳ということになる。

「おもしろいこと?」

「そう、語学の時間に。お前はリュウアルトだけど、みんな上のリュウだけで呼ぶだろ。ほら、ハルフィリアはフィリアって呼んで構わない、とか言ってたけど」

 唐突に言われても、何のことだか解らなかった。ハルフィリアというのは俺たちの幼馴染で、西大陸にあるアラウ王国の第一王女だ。

「うん。それがどうかした?」

「いい?」

 と、イオリは俺の耳に口を寄せた。

「アルトだけだと、女名になるらしい」

 ……お解りいただけただろうか。

 ともかく、当時の俺は「じゃあリュウは男名なのか? もしそうならリュウアルトって何なんだよ、おかまか?」とイライラのヴォルテージが上がってしまい、その瞬間から王宮のみんなに本名禁止令を出したわけだ(その後でローキィが説教をしにきたのは言うまでもない)。

 ちなみにイオリのフルネームは、イオーリュス・クラヴェス・ルウという。ちょっと韻を踏んでいるのも腹が立つ。あいつとは物心ついた頃から折り合いが悪かったな。

 

 さて、この国で生まれ育つ人は知らないはずはないけれど、王族のファミリーネームについて補足を。

 俺やイオリ、ローキィ、俺の父親、イオリの父親は純粋なルウ王家の血統なので、ファーストネームの下にクラヴェス・ルウと付く。クラヴェスというのは、ルウの初代国王だ。このクラヴェス国王がルウに王政を立てた。まあこのことは、ルウ国民ならアカデミーで必ず習うけどね。

 そんでもってこのクラヴェス王、なんと蒼い瞳とグレーの髪を持っていたという。これは驚くべきことで、何故ならこの世界では青い色素を持った人間がほぼ存在しないからだ。

だから、一説では彼の遺伝子を遠い親戚であるこの俺が受け継いでいるのでは、と世間一般では言われているんだ。簡単に言えば、めちゃくちゃ飛び飛びの隔世遺伝みたいな。

 あ、そうだった。純粋な血統じゃない人――例えば俺の母親やイオリの母親のこと――の場合は、レーヌ・ルウとなる。そのせいで、俺の母親はミア・レーヌ・ルウなんてお菓子みたいな名前になるんだ。

「ふわぁ」

 よし、説明はこの辺にしておこう。俺の両親については、また後で。

 現在、朝六時。稽古がやたら多い俺の生活は、初っ端から馬術で始まる。

「リュウ様、今日は少し遠乗りしてみましょうか?」

「ほどほどにね。朝食に間に合わなくなる」

「私とリュウ様の走りなら、心配は無用でございますよ」

 馬術担当の騎士に、軽くあしらわれる。確かにその通りだから反論もしないけど。俺の愛馬はスピード狂なのか、機嫌の良い時はものすごい速く駆けてくれるんだ。

「さっ、行こうか」

 そんな愛馬の首を撫でてやる。黒い毛並みをしたリピッツァナーで、そろそろ十七歳になる。そう、俺より年上なんだ。もう十二年くらいの付き合いになるなあ。

 うん、今日もお利口さんだ。

「本当に仲がよろしいですねえ。リュウ様に懐いていらっしゃいます」

「まあね、四歳から乗ってるし。昔っから魔法にもよく慣れてて助かる……」

 はっとする。いや、違う。一回だけ、俺の魔力に驚いて暴れたことがある。

 苦々しい思い出を振り払うように、無理やり微笑んだ。

「もう、大丈夫だもんな、お前」

 毛と同じ黒い瞳をした相棒は、嬉しそうに俺の顔にすり寄ってきた。

 

 景色がすいすい流れていく。風を切る感覚が気持ちいい。

 俺の愛馬とは対照的に、イオリの馬は真っ白だ。正真正銘の白馬で、イオリ自身も純粋な銀髪なものだから、嘘みたいにお似合いなんだ。白馬の王子様はいらっしゃるんだなって皮肉を言ってやりたいけど、俺はそんなこと言える立場じゃない。

 そもそもこの黒馬はイオリが騎手の予定だった。ところが、アラウ王室から贈られた馬は調教しているにも関わらず、イオリが乗っても何の反応もしなかった。

 そこへ当時の、まだガキだった俺がちょっかいをかけてしまった。

「イオリっ、おうまさんだー」

 悪気なんてない。自分でもわけが解らなかった。微動だにしない黒馬に触れた途端――こいつはイオリを乗せたまま暴走した。その後のことは思い出したくない。

 ――ご、めんなさ……い。ごめんなさい。ごめんなさい。

 木に激突してぱったり気を失ったイオリの横で、俺はバカみたいに泣いて、謝って、疲れ果てて眠りこけた。

 あーっ、これもあいつと折り合い悪い原因のひとつだよな……うう、もう十年以上前のことだ、考えない、考えない。

 小さい池があった。脇腹を蹴って加速すると、相棒は難なくそれを飛び越えてくれた。




「あら、リュウ。おかえりなさい」

 王宮本館(つまり俺たちの居住スペース)の中庭で、母がメイドと共に花に水をやっていた。

「……ただいま戻りました」

「何だか浮かない顔してるわよ。疲れた?そんなに遠くまで行ったの?」

「いや、そういうわけじゃ」

「ね、今度わたしも連れてってよ。馬で自然公園まで行ってみたいけれど、護衛が必要じゃない?」

「母さん、俺に護衛しろと?」

「あなた強いから」

 じょうろ片手ににっこりする。っていうか、俺だって一応護衛される側なんだけど。

 

 じゃあここで、両親の話を。

 母さんはルウの城下町で売り子をしていた。そう、元は王族でも貴族でもない、普通の一般家庭の出身だった。若い頃は街でも評判なカワイコちゃんだったらしく(本人談)、実家であるお菓子屋さんの看板娘だったらしい。

 そしてとある日、その城下町を経由して王宮へ向かっていたひとりの男が、彼女に一目惚れをした。それが俺の父親である、ラウル・クラヴェス・ルウだったんだ。

「君のお店のお菓子を全部、くれないか。王宮のみんなに食べさせたいんだ」

 父さんは彼女に逢いに来まくり、王宮にいるという身分も隠さずオープンに接しては、必死で口説き落とそうとするついでにアホみたいにお菓子を買いまくった(母さん談)。

「最初はね、とても甘党な人だなって思ってたの。でも話を聞いてたら、お菓子と同じくらいわたしも好きだったらしくてねえ。ふふっ、彼、昔は結構ハンサムだったし、素直に嬉しかったわ」

 母さんはかなりの天然で、父さんはプロポーズするのに苦労したという。

「それがなあ、彼女は私のことを王子だとは思っていなかったらしくて……ものすごい主君思いな王宮勤めの人だと勘違いされていたんだよ、あはは」

 いや、あははじゃないだろ、父さん。

 ともかく、この二人はマイペースだ。いつもにこにこしてる。母さんはちょくちょく天然炸裂するし、父さんはローキィにシワを全部あげたんじゃないかってくらい、シワがない。あ、笑うとできるシワは別ね。

「この花、ここにあったっけ?」

 淡い黄色の花を見つけて、俺は訊ねる。この辺りは青い花ばかりで、黄色はすごく目立ったのだ。今まではなかった気がする。

「三週間目でやっと気付いた? もう、ホントあなたは豚より団子よねえー」

「母さん、花より団子だってば」

「ここに一輪だけ咲いたから、わたしが丁寧に育ててきたの。イオリくんなんてすぐに気が付いてくれたのに」

「……そりゃあ悪かったね」

 そうだ、母さんの欠点がひとつあるんだった。まあ、ぶっちゃけ言ってしまうと――めちゃくちゃ面食いなんだ。

 濃いブロンドの髪を耳に掛け、母さんはいつもより三割増しの笑顔になる。

「見る度に美人になってくわよねえ、あの年頃は。わたしも、あと二十歳くらい若ければ頑張ったわ、うん」

「あのさあ、それ父さんの前で言うなよ、絶対」

「リュウ、心配しなくても、あなただってもう二、三年したらきっとあんな風に色気が出てくるわよ。たぶん」

「たぶんてなに」

 っていうか、俺はあんな色気ダダ洩れな罪深い男にはなりたくないっつーの。

「ほらほら、ご飯にしましょう。お腹空いたわ」

 メイドにじょうろを預け、いそいそと中へ向かう母さん。

「お父さんも倒れそうな顔してたしね」

「はいはい」

 苦笑してしまう。ド天然な母さんは何でもストレートだ。頼りないことこの上ない。

 でも、俺がどんなに大変なスケジュールの日でも、一日の始めの食事は一緒に取ってくれる。それがうちの両親。


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