アナザーシンドローム
ーー最近若者の自殺が多発している。
そんなニュースが、テレビでやっていた。
悲しい話だ。自ら命を経つなんて。
よっぽど辛いことがあったのだろうな。僕にはできそうもない。
僕は大量の他人事を眺めては、そんな感情を抱いた。
テレビじゃ事情なんて説明しないし、想像しかできない。陳腐な感想ばかりが浮かぶ。
病院の待合室で慌ただしそうに移動するナースを横目に、僕はスマホを取り出した。
テレビも暗いニュースばかりで嫌気がさす。
暇つぶしに、ニュースアプリを開く。
――人気アイドルグループの闇「ご飯はいつも一人でした」
――若者の自殺、増加。その原因に迫る。
――大統領戦、新たな動き(米国)
――◯◯◯◯のソロ・プロジェクト始動。新曲MV公開。
さして気になるニュースもないなあ、とぼんやり眺めていると、「二瓶さん」とナースの声がした。
僕は立ち上がって、ナースの元へと歩んだ。ナースは東雲、と書かれたネームプレートを下げていた。
頭の上には、緑色と青色のゲージが浮かんでいて、緑のゲージのほうが減っていた。
忙しいんだな、と僕は思った。
案内された問診室に入ると、少し頭髪の寂しい先生が資料を読んでいた。
「ああ、どうぞ。座って」
山村、と書かれたネームプレートを下げた先生が僕に着席を促す。
頭の上のゲージは、特に減っていないように見える。
「失礼します」と告げ、僕は席についた。
先生はカルテに文字を書きながら、「じゃあ早速だけど」と言い、僕を見ずに話しだした。
「異世界症候群だね。しかも、かなり進んでる」
嗄れた声の山村先生が、頬をぽりぽり掻きながらそう告げた。
書き終えたのか、先生は机にカルテをおいて、最近多いんだよねぇ、とぼやいた。
異世界症候群?
なんだそれは。聞いたこともない。
「それは、病気なんですよね?」
僕がそう聞くと、山村先生はチラと僕を見て、「ああ、ちょっとまってね」と言って、机の引き出しを開けた。
しばらくガサガサと探すと、一枚のプリント用紙を取り出した。
「実際に見たほうが早いね。ええとね、ここ。一番上。この文章を声に出して読んで」
先生は一番上の行を指差して、僕に紙を手渡す。
言われた箇所を黙読すると、思わず目を疑った。
「いや、なんですか、コレ?漫画のセリフ?」
一行目に目を通すと、なんだか恥ずかしいセリフが記載してあった。
よく見れば、この紙にかかれている文章は全部そういったセリフのようだった。
それより、症状の説明をしてくれよ。
意味がわからず、僕は先生に確認を取った。
「ま、ま。いいから」
先生は早く読め、と言わんばかりに僕に読むようにすすめる。
納得がいかなかったが、言われたとおりにセリフを読んだ。
「はあ、コレを読めばいいんですね・・・えっと、"我 求ム 終焉ノ力 右腕ニ宿セ 地獄ノ火炎"・・・うおっ!?」
瞬間、僕の右手から真っ黒な火が出た。
僕の腕にまとわりつくように、尋常ではない高熱を浴びて。
その火は僕の皮膚を溶かし、徐々に手首へと侵食し始めた。
激烈に熱い。そして、猛烈に痛い。
味わったことのない痛みが、僕の右腕を支配する。
「せ、先生!?なんですか、コレ!熱い!燃えてます!痛い痛い痛い!」
「大丈夫大丈夫。2行目を読んで」
先生は目の前で患者が発火現象を起こしているというのに、平気な顔でそういった。
精神を疑った。頭がオカシイのか?
しかし、腕が燃えまくっていて正気ではなくなった僕は、言われたとおりに文章を口に出した。
「わ、"我 求ム 終焉ノ力 右腕に宿セ 冥界ノ水流"!!」
すると、次は非常に透明度の高い水が僕の右手にまとわりついた。
手にまとわりついていた炎を上書きするように消化して、徐々に蒸発していく。
右腕まで来ていた火を消すと同時に、水も蒸気と化して消えていった。
焼けただれた僕の腕が顕になる。炭のように真っ黒だ。変な汁も出ている。
なんだ、これ。なんだ?
いや、その前に、腕が!
ハッと意識が戻ると共に、強烈な痛みが僕を襲った。
「いぃ痛いいぃぃっ!先生ェ!僕の腕が!」
「あー、大丈夫大丈夫」
「大丈夫じゃないですよっ!見えないんですか!?焼けただれてるんですよっ!?痛いいいぃぃ!」
僕があまりの痛さに悲痛な叫びを上げると、先生は呆れたようにぽりぽり頬を掻いた。
「はぁ、これ恥ずかしいんだけどなぁ」とぼやきながら、僕の右手を手に取った。
「ええと、なんだっけ。ちょっと紙貸して。ええと・・・これか。"我 求ム 創造ノ力 右腕ニ宿セ 治癒ノ光"」
先生がそう唱えると、先生の右手が緑色に淡く発光した。
僕の手を撫でるように動かすと、みるみるうちに手が元通りになっていく。
「はい、もういいでしょ?」と先生が言って手を離す。
僕は治った右手を握り、開きを数度繰り返した。
元通りだ。
すげえ。
なんだこれ。なんだ。
もしかして、これって。
「せ、先生!これ、もしかして、魔法ってやつですか!」
僕は興奮気味に先生に聞いた。
アニメやゲームにしか出てこないような、超常現象を引き起こす力。
魔法がこの現実世界に存在していたなんて!
さっきまでの痛みもどこへやら、期待の眼差しを向けて先生を見た。
しかし、期待とは裏腹に、先生は先程からずっと呆れたような表情で頬を掻いている。
「うーん。魔法なんだろうねえ。私はわかんないんだけど」
「わからない!?だって、今、みてたし、使ったでしょう!魔法ですよ、魔法!」
煮え切らない答えだった。
今のが魔法でなければ、なんだっていうのだ。
僕はずい、と顔を寄せながら詰め寄る。
先生は困ったような顔を浮かべて、「わかった、わかった。説明するから、座って」と言って、僕を椅子に座らせた。
「ええとね、見たほうが早いよね」
そう言うと、先生は机のパソコンを触りだす。
マウスでカチカチ、とファイルをクリックし、画面に動画プレイヤーを表示した。
「あんまり詳しく無いんだけど、webカメラ?ってやつが、このパソコンについてるのね」
ほら、これ。とディスプレイの上の小さなカメラの端末を指差す。
「で、今、撮ってたんだけど・・・ええと、どれかな・・・これか」
先生はマウスを数回動かして、カチカチ、とクリックをする。
動画プレイヤーに、僕と先生が映し出された。
「3分のところくらいからかな・・・よいしょ」
シークバーを動かして、僕がセリフを読み始める前の所の静止画が画面に写った。
なるほど、今の魔法がどうなっていたか、見れるんだな。
「ああ、ここか。じゃあ、見ててね」
再生ボタンを押すと、僕と先生が画面で話しだした。
――"我 求ム 終焉ノ力 右腕ニ宿セ 地獄ノ火炎"・・・うおっ!?
――せ、先生!?なんですか、コレ!熱い!燃えてます!痛い痛い痛い!
――大丈夫大丈夫。2行目を読んで・・・
映像はつい先程の様子を撮影していた。
僕がセリフを読んで、火が出て、驚いている様子だ。
僕は口を開けてその映像を見ていた。
先生はもう見飽きた、と言わんばかりにため息を付いた。
「な、なんですか、これ」
僕は映像が信じられず、震えた声で先生に聞いた。
「異世界症候群の症状だよ、これが」
厄介だよ、本当に。と心底嫌そうな声で、先生はぼやいた。
画面には確かに僕がセリフを読んだところが写った。
僕が慌てふためく様子と、先生が呆れたように僕を見る様子が再生されていた。
一点認識とズレたのは"僕の腕には何の変化も無かった"と言う点だ。
画面では、何事も無い腕を見て、僕が慌てふためいている様子が延々と写っていた。
僕は驚嘆した。
確かに、先程僕は見たのだ。
手のひらに発現した黒い炎、焼けただれていく腕。
痛みも間違いなく、本物だったはずだ。
しかし、今の映像を見ると、何も起こっていない。
わけがわからない。どういうことだ。
「で、でもさっき確かに火が!先生もみてたでしょう!」
「いやぁ私はみてないよ。映像通りだ。君にはどう写ったのか知らないけど、なあんにも起きてないんだよ」
「だって、先生が直してくれたじゃないですか!腕!」
「私はただ、腕を触っただけだよ。恥ずかしいセリフと一緒に」
「でも、痛かったんです!燃えていたんですよ!」
「だから、燃えてないんだよ。でも、実際に起きたと錯覚してしまう。起こり得ないような超常現象がね。それが異世界症候群と呼ばれる病気だ」
「じゃ、じゃあ、僕が見えている赤と緑のゲージとかも?」
僕は先生に確認をとった。
僕は元々眼精疲労を訴えて眼医者にいったのだ。
魔法陣?のようなものが宙に浮かんで見えたり。
人の頭に赤色と緑色の線が見えたり。
それこそ、RPGのような画面が僕の視界には写っていた。
どう考えても疲れてる。そう思って診断を受けた。
そうすると、もっと大きな病院で診てもらうべきだ、と言われ、今日此処にいる。
といっても、大した検査はしていない。
脳波を取って、採血をして、おしまいだ。
それで、最後に結果報告を受けて、処方箋をもらって帰ろうとしたら、こうだ。
腕が燃えた。
燃えたと思ったら、燃えてなかった。
頭がぐちゃぐちゃだ。
つまり、全部僕の勘違いってこと?
・・・嘘だ。そこまでおかしくなっていない!
僕は認めたくなかった。
先生の言い草じゃ、まるで僕が妄想しているだけの危ないやつみたいじゃないか。
「しかし、先生。あれを、起きてないとは思えません」
「君はかなり進行してしまっているようだから、リアリティが強かったのかもしれないね」
「も、もう一度セリフを見せてもらえませんか?」
「ああ、うん。気の済むまでやって」
はい、と先生が紙を僕に手渡した。
僕は3行目から順に目を通した。
「・・・"我 求ム 勝利ノ力 右腕ニ宿セ 英霊ノ剣"」
右手から洋風な剣が出現した。
ずっしりとした重みを感じる。
すごい!剣だ!
あまりの重さに、僕は剣を支えきれず、床に刺してしまった。
「ああ、すいません!穴を開けてしまいました」
「大丈夫だよ、何も起こってないから」
先生は先程同様、なんでもないという風に答える。
「え?・・・これ。見えませんか?本当に?」
「見えないねえ」
馬鹿な、だって、こんなに重たいんだぞ。質量がある。
床に突き刺さっている。この剣が見えない?
・・・おかしい!
「・・・"我 求ム 創生ノ力 右腕ニ宿セ 新緑ノ苗"」
僕が5行目のセリフを口にすると右腕に植物のツルの様なものが絡みついた。
シュルシュルと動いている。
試しに机を触ると、あっという間に蔦のようなものが机に発生した。
すごい、緑を生み出す力だ。
「すごい!これも見えないんですか!?」
「うん、なんにも起こってないよ」
「嘘だ!!だって、ほら!」
僕は床に手をついた。
すると、床と壁に蔦や草が大量に発生した。
まるで小さなジャングルだ。
僕が、どうだ、と言う顔で先生を見れば、はあ、とため息をついている姿が見えた。
「先生には見えないだけなのでは?」
「うん、まあ、それはそうなのかもしれないね。でも、多分今は君しか見えてないよ。・・・東雲クーン」
「はい、お呼びでしょうか」
先生が部屋の奥に声をかけると、先程僕を案内してくれたナースが出てきた。
「ああ、ごめんね。大したことじゃないんだけど。今この部屋、どう見えてる?」
先生はナースにそういった。
そうか、先生には見えてないけど、他の人なら!
僕は期待を込めてナースの返答を待った。
「どう、とは?」
「うーん、ああ、なんだっけ、アナタ・・・ああ、二瓶さん。二瓶さんには今どう見えてる?」
「床と壁に蔦や草が大量に生えてます」
「らしいんだけど」
「・・・いえ、いつも通りです。何もないですね」
「わかった、ありがとう。時間取らせたね。戻って大丈夫だよ」
「はあ・・・」
ナースは釈然としない返答で、また奥へと戻っていった。
僕には信じられなかった。
こんなに異様な光景なのに、誰も何も見えてない?
おかしい。こんなのは、おかしい!
それとも、本当に僕がおかしくなっているのか?
もう、わからない。
「これ、今撮ってないんだけどさ。カメラの映像がパソコンに出てるでしょ。これ、どう見える?」
先生が再度パソコンの画面を僕に見せた。
そこには先生の顔を壁が写っていた。
他にはなんの変哲もない。
壁にも何も生えていない。何も写っていない。なにもだ。
どうやら僕の目がおかしい、ということらしい。
でも、まだ信じられていなかった。
僕はこの一連のやり取りで、新たな可能性を考察していた。
実は、この魔法は実在している。
しかし、適正の無い人間には、認識ができないのではないか?と。
電子映像では、魔力で作られたものは確認ができない、とか。
だって、そうじゃないと、説明がつかない。
そうじゃないと、僕がおかしいということになってしまう。
再度先生の顔を見る。
よく見れば、先生の頭の上に浮かんでいるゲージ、青色の方、少し減ってないか?
僕は一つの可能性を見出す。
見えないけど、誰にでも使える?
「先生、すいません。1行目を読んでもらえませんか」
「私が?」
「はい。ちょっと、確認したいので」
「ううん、わかった。それで満足するならね。・・・ええ、"我 求ム 終焉ノ力 右腕ニ宿セ 地獄ノ火炎"」
ゴウッ、と音を立てて、先生の右手に黒い炎が宿る。
すると、先生の右腕が燃えだした。うわ、あれ、痛くないのかな。
そして先生の頭上を見る。青いゲージが、減っている!
気付いてないだけなんだ!本当にこの力はある!
「はあ、もういいかい?そろそろ今後についての説明もしなきゃならないから」
そう言って、先生は机に手を向けた。
蔦が絡みついている、机に。
瞬間、引火した。
部屋中に黒い炎がじわじわと燃え広がっていく。
部屋中が黒く染まり、室内の酸素が一気に燃やされた。
呼吸は苦しくなり、室温も急上昇。
僕は絶望した。死ぬ。そう思った。
一切動じずに平然としている先生だけが、強い違和感を放っていた。
「せ、先生ェ!部屋が!燃えてます!やばいですよ!死んじゃう!うわああ!」
「え?ああ、右手が燃えてるんだっけ、今。大丈夫、なんにもなってないよ」
「でも!火が!あつい!痛い!先生、死んじゃいますよ!」
「はあ、そうか。・・・じゃあ、君が止めてくれないか?」
「止めるってどうやって・・・あ、そうか!"我 求ム 終焉ノ力 右腕に宿セ 冥界ノ水流"!!」
僕は右手を前に突き出した。
すると、勢い良く水が流れ出し、部屋を水で満たした。
徐々に蒸発していく室内。鎮火に成功したようだ。
呆れたように、僕を見る先生が、癇に障った。
僕は息を切らしながらも、先生を睨んだ。
「し、死ぬところだったじゃないですか!」
「だから、大丈夫だって」
「先生だって、今右手に違和感が無いですか!?僕には消し炭になってボロボロの腕が見えます!緑色のゲージだって減っている。僕が冥界ノ水流を使わなかったら、全身に燃え広がって死ぬところだったんですよ!」
「二瓶さん」
「それに、僕今見てたんですけどね、先生が魔法を使ったら、青いゲージが減ったんですよ。コレって多分、魔法の消費量を表してるんだと思うんです。先生はまだ、見えてないだけで、本当にこの力は存在しているんだと思うんですよ。そうじゃなきゃ、あんな現象に説明がつかない」
「二瓶さん、落ち着いて」
「そうだ、このセリフたちはどこから引用してきたのですか?この力には可能性がある。見えなくても、発生はしてるんです。なんだってできますよ。もっと有効に使われるように、世界に広めていくべきだと思いませんか?」
「二瓶さん!」
先生が強い語調で、僕を呼んだ。
僕は話を遮られたので、ムッとして先生を睨んだ。
「どうやら錯乱しているようだから、一回落ち着いて。これはそういう病気なんだ、とまず自覚してほしい。私の腕はなんともなっていない。ほら。握れるだろう」
先生がそう言って、僕の腕を掴んだ。消し炭の手で。
しかし、たしかに、体温を感じる。酷く違和感があった。
「セリフも、私はよくわからんのだけど、最近若い子の間で流行っているアニメのセリフだよ。特別なところから手に入れているわけじゃない」
「でも、でも!」
「二瓶さん、落ち着いて。そういう症状なんだよ。ゲージ?が見えるのも同じだよ。セリフを唱えて、超常現象が起こっている、と錯覚している場合は、かなり進行してると判断できる」
「・・・嘘だ!コレは、本当に起こっている!そうじゃないと、あの痛みも、あの現象も、説明がつかない!」
僕は診察室から逃げ出した。
「二瓶さん!」と声が聞こえた様な気がしたが、全て無視した。
久々の運動で、息が切れる。
ああ、畜生。ヤブ医者め。自分は見えないのに、僕に魔法の適性があったからって、でまかせばかり言いやがって。
10分程走り続けて、僕は後ろを振り返った。
誰も来ていない。僕は息をついた。
握りしめていた紙を見る。まだ、試していないセリフが何個もある。
コレを使えば、なんだってできる。
眼精疲労だと思っていたけど、新しい力を手に入れたんだ。
僕は紙を熟読する。
気になるセリフがあったのだ。あれを使ったら、どうなるのか、気になっていた。
それは、27行目に在った。
それは、他の呪文と違って、右腕は関係ない文言だった。
僕はセリフを唱える。
「"我 求ム 召喚ノ力 此処ヘ集エ 女神ノ招待"」
・・・?
何もおきない。
僕は自分の身体をよく見たが、変化はなかった。
まさか、失敗?
それとも、本当に僕の勘違い?
まさか、そんな。
僕は思わず天を仰いだ。
同時に目を見開いた。
近くのビルの屋上付近に、巨大な魔法陣が浮かび上がっていた。
すっ・・・げぇ・・・。
僕は再び駆け出した。
ビルの屋上に向かって、一目散に。
あそこには、何があるんだろう。
僕の知らない新しい何かが、待っている気がした。
このクソッタレで閉鎖的な息苦しい世界から、解放されるような、新しい何かが。
ギイィ、と錆びついた扉を開けた。
ビルの屋上についた僕は、息を切らしながら前を見据える。
まばゆい光を放つ、淡い桃色の魔法陣。
あそこに飛び込んだら、何が待っているだろう。
この魔法の力が振るえる世界?
それとも、新しい魔法が知れる世界?
僕は今日、魔法があると知った。
知識は、甘い蜜だ。一度味を知れば、もっと知りたくなる。
僕は魔法陣へと歩み寄る。
手を伸ばしながら、ゆっくりと。
魔法陣に手が触れる。
ズブズブと、身体が魔法陣の中へと入っていく。
まばゆい光が、僕の全身を包んだ。
――嗚呼、最高っ!
胸の高鳴りをそのままに、僕は魔法陣の中へとどんどん入っていった。
◆
最近若者の自殺が多発している。
そんなニュースが、テレビのニュースでやっていた。
悲しい話だ。自ら命を経つなんて。
よっぽど辛いことがあったのだろうな。あたしにはできそうもない。
なんて、あたしは大量の他人事を眺めては、そんな感情を抱いた。
テレビじゃ事情なんて説明しないし、想像しかできない。陳腐な感想ばかりが浮かぶ。
病院の待合室で慌ただしそうに移動するナースを横目に、あたしはスマホを取り出した。
テレビも暗いニュースばかりで嫌気がさす。
暇つぶしに、ニュースアプリを開く。
――人気アイドル復帰「ファンに支えられました」
――22歳大学生、投身自殺か。
――新大統領決定、国民動揺(米国)
――今話題!?激ヤセサプリメント特集
さして気になるニュースもないなあ、とぼんやり眺めていると、「佐倉さん」とナースの声がした。
あたしは立ち上がって、ナースの元へと歩んだ。ナースは東雲、と書かれたネームプレートを下げていた。
頭の上には、緑色と青色のゲージが浮かんでいて、緑のゲージのほうが減っていた。
忙しいんだな、とあたしは思った。
案内された問診室に入ると、少し頭髪の寂しい先生が資料を読んでいた。
「ああ、どうぞ。座って」
山村、と書かれたネームプレートを下げた先生があたしに着席を促す。
頭の上のゲージは、どちらも少し減っているように見えた。
「失礼します」と告げ、あたしは席についた。
先生はカルテに文字を書きながら、「じゃあ早速だけど」と言い、あたしを見ずに話しだした。
「異世界症候群だね。しかも、かなり進んでる」
嗄れた声の山村先生が、頬をぽりぽり掻きながらそう告げた。
書き終えたのか、先生は机にカルテをおいて、またか、とぼやいた。