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学校到着、一年四組教室。
「犯人はこの中にいるッ!」
「唸れ、『破離旋丸』! なに言っとんねん! この似非探偵がっ!」
「ぐはっ!?」
真新しいハリセンをどこぞの喋る刀みたいに扱って盛大に突っ込んだウエテルと、床に陥没したオタクの死体。ん? 足が微妙にぴくぴく痙攣してるから死んでないか。ちっ。
「どうや! ウチの愛刀『破離旋丸』の威力は! 昨日、使ってたやつを妹に伝承してしもうたから新しく鍛えたんがこのハリセン! ウチは、新しい力を手に入れたんや!」
「妹さん、迷惑がっただろうな……」
「いや、結構喜んどったで。『これで、あいつ等に鋭いモンがお見舞いできる!』って」
「似たもの姉妹というわけか……恐ろしいな、桐上家は」
「う、ぐう……かなり、効いたぜ……」
叩かれた後頭部を抑えながら起き上がったオタク。眼鏡だけ無傷なのが不思議だ。
「何で眼鏡は傷一つ付いてないねん! おかしいやろッ!」
「なはっ!?」
今度はハリセンが空気を裂きながら眼鏡に向かって薙ぎ払われた。当然、後頭部が床に激突した。
「ふぅ……これで割れたやろ?」
「突っ込みの趣旨も割れたようだけどな……」
「ああ。あれは、完全に眼鏡を割ろうとした振り方だった」
さて、皆さんお待ちかねの眼鏡の運命を発表です。
「「「っ!?」」」
三人で気絶したオタクの顔面を覗き込むと驚愕した。
「「「……不死身かッ! この眼鏡!」」」
傷一つとて、ゴミの一つとて、付いていない……。何なんだ? この眼鏡。
何製だ? 一体?
「なぁ、千歳、ウエテル……」
「恐らく、ボクも惇と同じ意見だ……」
「多分ウチも……」
以心伝心で何よりだ。
「「「この眼鏡が何処まで耐えられるか、試したい……」」」
オタクが、気を失っている間にあれこれと思案を巡らせる。
結果――。
「工作部から借りてきたで」
「おう。じゃあ、とっとと、やるか」
「どうなるか楽しみだ」
ウエテルが借りてきてくれた物を受け取り、それを眼鏡に対し、垂直になるよう合わせる。
「…………いくぞ」
「「……(ゴクり)」」
電源を入れると騒音が教室に響き渡る。
「……う、うう……イテテ……ん? って! ええェ!! なんで、目の前にチェーンソーが! し、死ぬー!!
誰かー助けてー! というか、惇、落ち着け! 早まるなァ!!」
「ちっ、起きたか。千歳、ウエテル! 抑えろ!」
「「了解(わかったで)!」」
「なんで、お前等までェ! 畜生っ! 脚で両腕を踏むな! ぜちの方は何か重いぞッ! 誰かーマジでヘルプ、ミー!」
「観念しろ。誰も助けには来ない。貴様のような女心も分からない奴には、な」
「ぜちがラスボス的なこと言うとなんかリアルっぽい!」
「さぁ! ひと思いにやったれー!」
「その『やったれー』は殺す方の『殺ったれー』じゃないよな!」
「動くな、本当に死ぬぞ」
「動かなくても死んじまうんだけど!?」
ギャアギャアと五月蝿い奴……。
「もう鼻先にチェーンソーが! 誰かー!」
騒音と騒ぎ声のせいで教室にいた、生徒のほとんどが廊下に出て行ったようだ。
下手を打ったらグロテスクな地獄絵図みたいになっちまうからな。全員、正しい判断だ。ま、それとは別に関わりたくないという意思表示だろう。
さぁて。
「壊れろ、眼鏡! さらば、メガオタ!」
「ギャアァァァ!!」
眼鏡と高速回転した刃が接触し、金属音と火花が飛び散った。
少しして――。
一分以上、ずっとチェーンソーを押し当てていた。
鼻が低いオタクは、失神している。鼻先は少々、火傷したのか、赤い。ピエロみたいだ。
ショック死していないだけ大した奴だ。
女子二人は耳を塞ぎ、目を閉じている。
かなりの音だったからな、無理もない。
で、肝心の眼鏡だが。
「……まさか、この俺が使っていたチェーンソーの方が先に壊れるとはな……眼鏡の方は――ダメだ、かすり傷一つついてねぇ」
「なんだと……!?」
「一体、どんだけ頑丈なんや……というか、これを掛けとるこいつも何モンや?」
「まぁ、こいつの家は無駄に金があるみたいだし、息子の眼鏡を超合金やオリハルコン製にしたんじゃ
ねぇの? 多分、ライフルでも割れねぇと思う。この眼鏡……」
「それは最早、鎧の一種だな……」
「こんなちっちゃい絶対防御いらんやろ……」
「ゲームに於いて、アクセの類は重要だけどな」
何時の間にか、目覚めたオタクがゲーム話のプロローグを語る。PCゲーム、特にRPGはそれ程やらないが取り敢えず反論することにする。
「そうか? ド〇クエのアクセとかモ〇ハンの護石は、あんまし役に立ってねぇと思うが?」
「ハァ!? お前それガチで言ってんのか?! どのゲームでも無駄な装備は一つも無いんだよ。スキルがそんなに強くない布装備は、大概、デザインがそこそこいいし、別の装備との組み合わせ次第でMOBをハメる様なことも出来るんだ。護石の場合、最初の方じゃそんなに強いのは期待出来ないけど、高難易度クエとかでなら結構、使えるモンがある。おっと、別に最初の方を無下にしていいわけじゃないぜ。後半になれば、最初の方でしかドロップしないアイテムが大量に必要だったり、手に入る弱い武器が強化したら、攻略の要になったりするんだ。わかったか? つまり、ゲームの中で不必要な物は一つもねぇってことだ!」
「そ、そうか……身を乗り出した力説どうも。お蔭で、リアルの法則が一つ浮かんだぜ……」
「ん? どういうことや、それ?」
「ゲーム内とリアルの物事は常に反比例する。ゲーム内でソロプレイヤーはレベルさえ高ければ、他のプ
レイヤーに頼られることが間々ある。だが、リアルのテストでどんなに高得点を取っても、取った張本人が誰とも接点を持たず、自分の席で静かに読書しているぼっちの場合、誰からも祝福されず、頼りにされない。といった感じのことだ」
「千歳の実体験か……。勉強になるな」
「皮肉にしか聞こえないことを言うぐらいなら、新規リアルの法則でもメモったらどうだ?」
「『第六条 得意分野とはいえ、長ったらしく語るのは相手に不快感を与えるので控えるべし』っと」
「口に出して言うのは俺への精神攻撃か!」
「その……(ササッ)通りやッ!」
「甘いッ(サッ)! 後ろからのハリセン攻撃は読めてるぜ、ウエテル! うげッ(ガンッ)!?」
「この俺が、オタクに鉄を、ぶち当てる」
「駄作だな。文才の欠片も感じられない。どうすれば、そんな駄文になるんだ?」
「俳句初心者のこの俺に何を求めるかッ! 綺麗な文字くらいしか無いぞ!」
「一般以下だと言っている。平均よりも少ない文才を身に付ける前に読解力を身に付けろ」
「この毒舌さんめ……おっかない奴」
「躱した俺にチェーンソー激突させるお前は、もっとおっかない奴だ!」
「首から上を落とされたくなかったら、黙れ」
「それ、殺人予告やで!」
「ウエテル、お前はさっきからよく吠える。よって、お前をこれから、『関西犬』と呼ぼう」
「ウチのどこが犬かいな! 元はといえば、ぜち達のせいやろ!」
「お手」
「手ぇ出すなま、ぜち! 後、犬扱いしんといて!」
「ウエテル、ちんちん!」
「女子を指差してそんなこと言うなよ……デリカシーの欠片もないな」
「え、何言ってんの? 浅井氏? ウエテルのどこが女子なんだ?」
「は? どこをどう見ても――――」
「胸はぜちと並んで見ると、悲しくなるぐらい皆無で、髪はチャラい茶髪。おまけに直ぐ、手を出す凶暴
性。スカートが似合わない日本人ナンバーワンの桐上輝霞『君』だろ?」
「…………確かに」
「納得すな! それからオタク! しばくで!!」
「これだから男子は……女の胸しか見ていないのか……?」
ウエテルがオタクをハリセンでしばき倒しているのと同時進行で千歳が呆れた目線で俺を凝視する。視線が痛い……妬みが一切込められていない分、開き直りが出来ない。
「あの~皆さん、何をしているんですか~?」
「「「「……え?」」」」
デジャヴュに襲われた俺達。だが、破壊力が桁違いだ。
だって、信じられないことが現実に起こっているのだから。
しかも、見たことがある人の身に。
「あの~固まられても、困るんですけど~」
のんびりでまったりした声の持ち主は、それぞれ脳味噌フル回転状態だった俺達に近づき、意識確認のため、目の前で手を振っている。
正直、俺はこの人物に恐怖し、心が騒めいている。
「ん~、どうしましょ~」
何故なら。
「しょうがないですね~。それじゃ~皆さんに~おはようのチューをしてみましょ~」
「「ギャー! 変態痴女だー!」」
「「先生! 服を! 早く服を着てください!」」
全裸の眼鏡のニーソックスの変態女が今、まさに、俺達の目の前に現れた!
俺とオタクは千歳達二人が慌てて、痴女を確保し、教室から出て行ったところで血を吹き、倒れた。
…………隣のオタクが「我が人生に……一片の悔い……無し……(ガクッ)」と気を失ったので、取り敢えず、
「……黙れ……ムッツリオタク…………」とだけ言い、その後、俺も貧血で気を失った。