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朝方。
四月六日金曜日。
路上。
「オース、浅井氏!」
挨拶と肩に飛びつく、どっちかにしろよ。鬱陶しい。
「これだから、オタクは……。アニメの見過ぎだ」
「ん? 主人公の親友キャラをやってみたんだが……如何か?」
「『如何か?』じゃねぇよ! 暑苦しいから離れろ!」
「お前等、ホンマ仲ええなぁ」
「おい、突っ込み担当! サボってねぇで仕事しろ!」
「誰が、突っ込み担当やねん! バイト先の先輩みたいなこというなま! 大体、関西出身やからって、突っ込みが生きがいちゃうねんで!」
「突っ込みしてる時のお前、結構輝いてるぞ?」
「オタクが褒めんなっ! 何か、寒気がするわ!」
「ひでぇ! 二の腕を擦るな! リアリティが増すから止めてけれぇ!」
「『けれぇ』って……オタってんなー、あいつ」
「オタが語幹か? 惇」
後ろから、清らかさが滲み出た声が聞こえ、振り向くと微笑んでいる千歳がいた。
「……よう、千歳」
「ああ。おはよう。相変らず、馬鹿騒ぎをしているのだな……」
「賑やかでいいだろ?」
「……悪くはない。と言うより、何時ものことだがな。今日は何故か新鮮だ」
昨日の言葉の数々は役に立ったようで、今のこいつにはこの光景が一味違う色合いになっているようだ。
千歳に気付いたウエテルがオタクの顔を手で退けて笑顔で反対の手を大きく振る。
「あ、ぜち! おはようさん!」
「グッモーニング! ぜち!」
「……お前が英語を使うと欧米に失礼だ。謝れ、駄メガネ」
「ぐはっ! ……冷たい視線と毒舌か……いいジャブ……だ」
「ボクシング業界に反省文百枚を提出しろ。『勝手に業界用語を使ってすみません』という言葉も添える
ことを忘れるな」
フラフラと後ろに蹌踉、バタリと近くの電柱にもたれる眼鏡。
「立てー! 立つんだー! オタクー!」
「……燃え尽きちまったぜ」
俺は声援を送るがオタクは白くなっている。
通り過ぎる自転車がベルを鳴らす。
「出鱈目に名シーン再現したら、意味がようわからんくなんねんな……無茶苦茶や」
「あれは何の名シーンだ?」
ネタが通じない奴に白い目で見られるのは、仕方ないだろう。話に付いていけなくて僻んでいるんだし。
「千歳、お前、もしかして、このじゃれ合いに参加したいのか?」
「惇、お前、もしかして、このボクに殺されたいのか?」
「なんでそうなる……?」
「レベルの低いじゃれ合いなど、ボクには不要だ」
「なら、お前はハイスペックなじゃれ合いってなにか知ってんのか?」
「知らん。お前が言ってみろ」
「うっ!? ……動物で言えば……交尾だ」
「「……」」
「あ、浅井氏の変態攻撃が炸裂っ! 突っ込みどころを逃したウエテルも真っ赤だ! 格言う実況の俺も
真っ赤! 言った張本人、そして、訊いた本人も真っ赤だ!」
「「「黙れクソメガネオタク!」」」
「わぁ、息ピッタリー」
顔がトマトみたいに赤くなった顔で睨んだが、オタクはそれを軽く受け流す。
こいつが空気を解してくれたおかげで俺のアレ発言も過ぎ去ったようだ。
「早く行かないと遅刻するのではないか? 惇?」
「そうだな。おい馬鹿二人、とっと行くぞ」
「馬鹿二人?!」
「馬鹿二人は酷いわぁ」
「だよな。馬鹿がいるからあっちが利口に見えるだけであって、俺達が馬鹿って訳じゃない」
先頭を歩き始めると後ろから聞こえる愚痴。お前等が居なくても、俺は利口だっての。
愚痴に耳を貸さず歩く俺。それまで付いて来ていた千歳が止まり身体を後ろに傾け(足音での推測)こう言う。
「さっさと来い、愚者共! 惇において行かれるではないか!」
「「……はい(愚者にまで格下げされた……)」」
御見事、千歳天皇。
「(本当の意味で解けこめてよかったよ)」
「惇! 少しは止まれ! お前は歩くのが速いのだ! この逃亡犯!」
だが、前より、俺についてきているように感じるのは気のせいか?