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 月の光が差し込み、多少、明るくなった広い空間の中で静かに呟く。


 「千歳。犯人を……突き止めたいか?」


 「……可能なら、な。だが…………」


 少し、間を空けつつも千歳は答えを吐露した。


 「……わかった」


 俺は、それだけ返事をして千歳を黙って背負う。


 「なっ!? 何をするッ!」


 「こ、コラッ、暴れるなッ。自転車の所まで行くんだから、歩けないお前を担いで――イテ、イテェよ! 髪を引っ張るな!」


 「このけだものッ! せ、セクシャルハラスメントだぞッ! 訴えるぞ!」


 喚くこいつを無視して、毛の引っ張られる痛みに耐えながら、自転車置き場まで歩く。


 勿論、こいつが捜索中に借りていたスリッパも返してだ。


 朝は大量に並んでいた二輪車もこの時間帯では、置き傘ならぬ、置きチャリしか無い様でガラガラに空いている。


 ……お蔭様でこんな恥ずかしい姿を見られずに済む。


 宣言通り、月を反射して光る銀で穴だらけの椅子に体育で使わなかった自前のタオルを敷いて、すっかり大人しくなった花車者を降ろした。


 「いっそのこと、殺してくれ……」


 俯いてどういう原理か頭から湯気を出している女。


 「自殺願望と照れはこの際、捨てろ……俺だって、案外、恥ずかしかったんだからな……」


 本当に自分からやっといて何をやってんだという話である。


 ……というか、なんで、俺はこいつの胸が当たることを考慮しなかった? 馬鹿か、俺は……。暴れている時は気付かなかったが、意外とデカく実ったな……。ガキの頃は予想すらしなかったが……結構、可愛くなったよな……。


 「ほ、ほら、さっさとペダルを漕げ。ボクを家まで送ってくれるんだろう。なら、さっさと漕げ。録画した三戸黄門を早く見たいんだ」

 

 「あ、ああ。本当に自分勝手な奴だな、お前。今更だけど」


 呆れながら、ペダルを漕ぎ始める。それに従い、ゆっくりと動き始める自転車。


 お嬢様を自転車に乗せて爆走するどこぞの執事になった気分だぜ……おっと、俺は、オタクじゃないからな。


 こう思うのは、後ろで千歳が手を俺の腰に回しているからなんだよ。また、立派に実った果実が背中に当たって鼓動が早まってしまう。恐らく、顔も赤いことだろう。

 

 と、俺の早まる鼓動が聞こえたのか、聞こえていないのか、お嬢様が腰に回した手の力を強めた。


 「お、大きくなった、な……お前の背中……それに、なんだか温かい……心が落ち着く」

 

 「前半は、当たり前だ、と返すが後半は人肌だからだろ? 人間ってのは、傍に体温があると落ち着くもんさ」


 「……(そんなことが言いたかったわけでは、ないのだが……まぁ今は……これで……)」


 「それより、靴の件だが、警察に届けを出しても、今、連続通り魔事件が相次いでそっち人員を集中してるから、相手にされないと思う。止めとけ。俺達がなんとかしてやるから」


 「……済まない……また、ボクはお前に、お前達に、迷惑を掛けてしまうのだな……」

 

 「馬鹿。善意くらい、素直に受け取っとけ。せめて、俺からだけでもな」


 「な、何を言っている?」


 自分では分かっている疑問を俺に投げる。


 「お前が、ウエテルやチャラ男に親切にされて遠慮することについてだ。お前、まだあいつ等のこと、完全に信用してねぇだろ?」


 「……信用していない訳では無い。だが、ボクのせいであの二人の時間を奪ってしまった。それもこんな遅くまで……」


 「だから、申し訳ない、ってか? はぁ……お前は相変わらず、変な所で真面目というか、律儀というか……いや、馬鹿だな」


 「ボクが馬鹿、だと?」


 「ああ。そうさ。お前は馬鹿だよ。勉学の意味じゃなく、気を遣いすぎってことだけどな。あいつらは、まだ三年ぐらいしか、つるんでないから、お前が少し遠慮するのはまあ大目に見るさ。でも――――」


 自転車を止め、後ろに振り返る。


 「俺に、遠慮なんてするな。お前とは、一二年の付き合いだ。今更、遠慮なんて、ましてや、気を遣われるのは、軽く癪に障る。信用されていないみたいでな」

 

 吐き捨てるように言ったが、次の言葉からは、違う。

 

 「いいか? 俺とお前は、笑うときも、泣くときも、怒ったときも、何時も一緒に居ただろう? お前が泣いたときは、俺がお前を笑わせて、俺が怒ったときは、お前が共に怒ってくれた。そんな間柄の俺達二人に隠し事は勿論、嘘の顔なんていらねぇ。俺はお前を裏切らない。離れない。何があってもな……」


 昔を思い出して穏やかな顔になっている俺に千歳は目を合わせている。


 「俺には、お前が居てくれる。俺はそれだけで充分なんだよ」


 「ボクも……」


 一度、視線を落とし、小さく口を開く。


 「ボクも、お前と、同じだ。お前が居れば、それでいい。だから、他の人には……あの二人には迷惑を掛け

たくないんだ……!」


 「あいつ等も、俺達と気持ちは変わらねぇ。俺達は似たもの同士だからな。お前が俺さえ居ればいいと言うなら、あいつ等も同じなんだ。俺と同じように接しても問題ねぇ。


 もう一度言うぜ。


 俺も、拓斗も輝霞もお前に遠慮されると癪に障る。だから、やめろ」


 「惇、ぼ、ボクは、お前――」


 「路上で何やってんの? 姉ちゃん?」


 「……ん? よう、百期ももき。久しぶりだな」


 「ひ、久しぶりです、浅井さん(げっ! 何でいるんだよ……)」


 千歳の返事の途中に割り込んできたのは、藍瀬百期らんぜももき。語らずとも分かるように、千歳の弟だ。中学二年生で姉と同じ黒髪を垂らして、普段は大きな目を半分閉じてこっちに向けている。


 千歳は言いたかった言葉を飲み込んだようだ。少し残念そうに百期に目を向ける。


 「はぁ……。モモ、一人か? こんな暗くなった時間に帰宅するな。母さんが心配するだろう。最近、夜遅くまで何処に行っている?」


 「姉ちゃんに言われたくない。それに、人のこと言えないだろ? 何で、浅井さんと見つめあってんだよ……言っとくけど、俺、認めないから」


 「今、そんな話はしてないぜ? それより、百期、千歳を任せていいか?」


 「言われるまでもないです」


 質問を無視された百期がどういうわけか、俺のことを挑戦的な目で見ていた。


 千歳に倣ってその視線を無視し、お姫様を新鋭隊長の馬に乗せる。無論、脚が汚れないようにお姫様抱っこをした。


 心中では、暴れないか心配だったが今回は大人しく、抱きかかえたこっちをまるで、子を愛でる母のような瞳で凝視しているだけだった。この状況だと逆だな、この例え。

 

 新鋭隊長の年期が入った馬に乗った姫様の表情からは、晴天とはいかないものの、日差しが差し込んだときのような温かさが感じ取れた。


 「それじゃあな、千歳」


 「惇、今日は……有難う。また明日」


 「おう」


 穏やかな会話が終わると百期は自転車を漕ぎ始める。


 俺も自分の自転車に跨り、漕ごうと足をかけると背後から微笑ましい会話がわずかに聞こえた。


 「てか、姉ちゃん、何で靴履いてないんだよ?」


 「大人の事情だ。気にするな」


 「大人? 姉が何を言っているかわからない……。高校生が大人? 発想が中学生じゃん」


 「中学生が高校生を中学生呼ばわりするな。自惚れているあたり、モモはまだお子様だ」


 ……うん。微笑ましいな。毒が少ないから微笑ましいでいいよな?


 俺は自転車をゆっくりと漕いで、家に帰る。


 あいつはやっと少し、マシになった。

 

 あいつの為にも、外道な真似をしたクズには、俺が制裁を下してやる……。


 惨めな姿を写真に納めてネットに流してやろうか?


 二度とこんな事が出来ないよう、トラウマを植え付けてやろうか?


 まぁ、判決は千歳にばれない程度にしておくか……。


 復讐は慣れている、俺がする。


 おっと、その前に情報収集か。


 気が引けるなぁ……あいつと話すのは。


 「はぁ……」


 自転車を押しながら零れた溜め息は俺の運気を少し下げた。



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