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「おーい。浅井くーん」
何でこの学校の教師は意識確認の為に手を振るかな……。
邪魔なんだけど。
「……先生、担当科目はなんですか?」
「え? 私? 私は日本史だよ?」
「歴史の偉人が友達という悲しい御人ですか……それで、リアルでも友達を増やそうと様々な努力をなさったんですね。当時、無駄だったであろう努力が大人になってからでも役に立って良かったですね」
千歳の見よう見真似で覚えた毒舌だ。これで、折れただろう。
「本当にそうだよ! あの頃の努力が今の私になったきっかけでもあるからねー。うん、やっぱり努力は人を裏切らないね!」
プラス思考!? ……対応策を練るのが上手い……年の功ってやつか。
「……(クソ、どうする……? このままの状況が続くわけじゃないだろうし……)」
「(惇が打開策を見い出せないとは……この教師、無駄に尻がデカイだけでなく、無駄に口論も達者、というわけか)」
「浅井君、、昼休みに職員室に来てくれる?」
万事休す、か……。
「先生、惇は、昼休みに科学のレポートを書いて、提出しなければなりませんが?」
千歳!
「え、そうなの? じゃあ、また今度でいいわ。ごめんね、浅井君。無理難題を押し付けて……」
「……いいえ」
「それじゃあ、先生は職員室に戻るから。バイバイ、浅井君!」
「……ええ」
「うふふ」
最後に意味不明な笑いを置いていったリア充教師。
「ハァー…………脅威は、やっと去った……」
「お疲れだな、惇」
「ああ。千歳、助かった、有難う」
「な、何を今更……礼など、いらん」
「このヘブンタイムを邪魔するわけじゃないけど、お前等、相性バッチリだな」
今まで、遠くにいたオタクが、ニタニタと気持ち悪い顔をして、歩み寄ってくる。キモい。
「ホンマやで。李家先生と淡路先生(怖い方)を負かすなんて、流石、ぜちやで!」
――と、中立立場の関西人が千歳を絶賛する。然り気に言った怖い方ってなに? 生徒指導?
「負かしたわけではない。いや、淡路教諭に至っては、勝敗がついていない」
「なに? お前等、教師相手に口論戦争でもしたの?」
「教師相手とは言え、ぜちが口論で勝てないなんてなー。意外だぜ」
「お前達が、私をどう思うおうが構わないが、言っておく。私は正論機関銃ではない!」
「エラい物騒なモンを比喩に使おうたな……」
「てか、お前は、自覚あったのかよ……自分が正論とは言い難い正論を撃ちまくってること」
「惇、何を言っている? 私は、乱射タイプではなく、一撃必殺タイプだ」
俺は千歳の言葉を両耳で聞き取り、相槌を適当に言った。俺の代わりにウエテルが突っ込む。
普段の俺なら、千歳の言葉に全力で応対するが、左目で捉えた、教室出入り口付近の一グループが気に掛かったのだ。
何故、か。
「ねぇ、安瀬ってさー、ちょっとチョーシのってなイ?」
「だよねー。なに、あの、自分は先生と対等っていうカンジー」
「マジムカつくー。後キモい」
この的外れなガールズトークがウザったいから。
何も知らない人のことを議論の題材にする。
無駄に二酸化炭素を排出して、地球温暖化に貢献する。
意味もないことを、害しか与えないことを行うのは、今時の学生には当たり前のことなのだろう。
滑稽だ。愚弄だ。
“女三人寄れば姦しい”ということわざがある。
正しく、今、この状況のことを指す言葉として最も相応しい。
幼稚な奴等だ。
これだけのことを気にする俺も幼稚なんだけどな。
「浅井氏」
「あ? なんだ?」
「いや……まあ、気にすんなよ。するだけ無駄だし……」
こいつも聞こえていたのか……。まあ、俺は目で視認出来たし。オタクは日頃から、複数同時にアニメを見ている。
そのお陰で、聖徳太子のような芸当が可能になり、こんなに俺達が騒いでも微かな陰口を聞き逃さなかったのだろう。オーケストラかコーラスの指揮者にでもなればいいのに。
「お前、将来の夢とかあるか?」
「え? なんだよ、藪から如意棒に?」
「語呂悪いな……いいから、答えろ」
「んー……」
「考えるってことは、無いんだな?」
「いや、ある! ゲームクリエイターだ!」
「……てっきり、アニメ監督とか、声優さんと結婚するとか言い出すと思ってた……」
方向性は対して変わらんが、予想外にも、マトモな解答だった。感心するな。
「はっはっは! 俺は、ゲームの中に入れるゲーム機を開発して、その技術を更に発展させて、アニメの中に入る機械も作るんだ!」
……お前に感心を抱いた事実を返上しろ。一部の奴から絶対的な支持を受けそうで少し怖いじゃねぇかよ。 その夢の蕾が開花する前に――。
「……お前を殺さなきゃいけねぇんだったな」
「なんでッ?!」
「自分の罪を忘れるとは、愚かしいな」
「え? 罪? うーん……思い当たらねぇ……」
白を切るこいつに到頭、堪忍袋の緒が切れた。
窓に寄せてあったチェーンソー(壊れた)を取り斬りかかる。
「死ね!」
「ぬわっと!」
避けねぇで、真剣白羽取りだと!?
「馬鹿な! この俺の攻撃軌道を読んだのか?!」
「昔っから、棒きれで攻撃されてたからな! これぐらい朝飯前だぜ!」
「悲しい特技だな……でも、お前だけだと思うなよ!」
チェーンソーを鍵を回すようにして刃の向きを上に変える。
「いッ!?」
そのまま、刃を上昇させ、こいつの顎を血まみれにしようとした。だが、オタクの反応が早く、躱され、空振りに終わる。
だが、これで終わらん!
俺は上昇させたチェーンソーを振り下ろす。勿論、踏み込んで。
「くっ!」
今度は無理な体勢から、真剣白羽取りをして、やり過ごす。
「へー、バックしている状態でよく白羽取りできるな」
「今のは、ちょい危なかったぜ……」
「って、お前等、なにバトル漫画みたいなことしとんねん!」
破離旋丸で俺達の頭に一撃ずつ入れたウエテル。頭イテぇ……ジンジンするぜ……。
痛いが、ツッコミ待ちの俺達二人からすれば、寧ろ、ご褒美と言える。
「ツッコまれないボケは哀れや! やから、全部ウチがツッコんだる!」
「「あ、アネさん!」」
「アネさん止めい!」
また、破離旋丸でツッコまれる。その時、何かが壊れたような気がした。
「惇……痛みを受けることに快感を覚えるようになったのか……?!」
失望が篭った目を向けるな。
「そんなんじゃねぇよ! お前もボケるようになれば分かる」
「分かりたくはないな……」
今度は、拒絶の目。コロコロと目を変えるのは大変だろう。忙しい奴。
俺達四人がじゃれていると、授業開始のチャイムが鳴る。
そうすると決まって起こる出来事がある。
「はーい。みんなー、授業始めるよー」
脅威が、再来すること。
「あ、浅井君、席についてねー」
俺に気づいたリア充教師が名指しで命令してきやがった。というか、なんで俺だけ……。
渋々、席に座る。
そこから、俺にとっては地獄、他の奴等にしてみれば、天国の時間が始まる。
まあ、俺の価値観が他の奴等とだいぶ違うから、仕方無いがな!
昼休みに……散歩でもするか。気分転換も兼ねて……