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頑張り屋じゃなくなる方法ありますか。

作者: 弘

頑張り屋じゃなくなる方法ありますか。


「おはようございます!」

新入社員の礼儀正しい明るい挨拶が廊下で響く。

「おはよう。」

私と上司は声を合わせて返事をする。その後輩は軽く会釈をして、自分の持ち場へと去って行く。

「あんな子がうちの部署にも欲しかったなぁ。」

私は上司に調子を合わせる。

「周囲への気配り、元気で品のある丁寧な挨拶は誰でもできることじゃないですよね。」

しかし私の心中は穏やかではなかった。

私だっていつも笑顔を絶やさないようにしてるし、常に会社のことを真剣に考えているのに必要としてもらえない。この会社に入社して5年が経つが、今だに自分の存在価値を見出せないでいる。

特に大失敗したわけでも、問題を起こしたわけでもない私への評価は不動である。

”頑張り屋さん”

「もっと肩の力抜いていいんじゃない。」

この言葉はもう聞き飽きた。当然のことをしているだけなのに頑張っていると言われてしまう。何より本当に肩の力を抜いて何か失敗でもしたらどうせ責めるでしょ?

「おはようございます!」

またさっきの彼女があいさつしてきた。彼女は部署は違うが同じフロアで働いている。

社員の顔をまだ全員覚えきれていないようで、朝はすれ違う度にあいさつしてくる。

真面目だなぁ。

純真無心に働く彼女は昔の自分とも重なり、女の人生の法則を教えてあげたくなる。

 私はいわゆる女の”計算”が昔も今も出来ない。自然を装いながら巧みに自分の思い通りに事を運ぼうとする女性にプライドなんてない。自分のために必死な姿は他人には見苦しく写る。そんな姿をさらしてまで私は自分の欲を叶えたいとは思えないのだ。そんな自分が周囲の女子と違うことに気付き始めたのは中学生のとき。

三つ上の姉が父に欲しい物をおねだりをする姿を見たときだった。いつも見慣れている風景なのに、そのときはいつもと同じように写らなかった。なぜなら、あることに気付いてしまったからだ。

私にはあんなおねだりの仕方はできない。それはここまで年を重ねてもできなかった。仕事でも私生活でも。

どんなに欲しいものだろうと、他人に媚を売ることはできない。出来ないが他人がそれをしていることに気が付くことはできる。

 6月下旬、梅雨の鬱蒼とした時期には新入社員も少しずつ仕事に慣れてくる。給湯室で3人の男女の声がした。

「ちょっと、新垣先輩ひどくないですかぁ?」

あの彼女の声だった。

「私の携帯番号を人事部の田島さんに教えましたよねぇ?昨日いきなり、メッセージがきて困りましたよぉ。」

”困りました”という口調は明らかに困っていない。

私は、自分の用があったのでお構いなく給湯室の中へ入る。

年下の後輩達だ。

「お疲れ様です。」

3人とも丁寧な挨拶。

「お疲れ様です。」

私は、気にせず自分の作業に移る。

彼女は先ほどの話題に戻す。

「ねぇ、渡辺先輩はどう思いますかぁ?ひどくないですかぁ?」

と新垣先輩よりはるかに顔立ちの良い渡辺先輩の傍により、シャツを掴んだ。

渡辺先輩はめんどくさそうに「そうか?」と返事をしたが、顔がほころんでいる。

男は女がひくような甘い声やスキンシップに弱い。それをやられてドキッとしない男なんていない。

そこにいたのは真面目だと同情した彼女ではなく、私とは真逆のタイプの女だった。

自分の欲のためなら周囲にどう見られようと、どう思われようとお構いなしのプライドを捨てることができる女。

「ごちそうさま」

そう心で呟き、私は給湯室をあとにする。そして上司に絶賛されていたことも思い出す。特に頑張ってもいないのに。

彼女に「女の人生は...」なんて助言をしようとした自分が恥ずかしくなる。


そして5年後

彼女は寿退社会社し、私は居続けている。頑張り屋さんといわれながら… 





「あなたのお話と状況は手紙からだいたい理解できました。今日は僕の質問に答えていただけるでしょうか。」

ひのきの匂いがほのかに漂う木目が基調の部屋には、3メートル程あろう窓ガラスの壁から部屋に幾筋もの光が差し込む。リビングに招かれ、ほぼ白に近い水色のソファで待つこと数分。オープンキッチンのカウンターの向こう側で長い指と手の甲の筋が特徴的な手で豆を挽きそれをフィルターへ移し、丁寧だが慣れた様子でやかんから熱湯を注ぐ男からの声に返事をする。

「はい、もちろんです。」

ひのきと挽きたてコーヒーの香りは疲れた彼女の体に取り込まれ、脳はその香りに従順に反応し彼女の体を和ませる。この香りを戦場で漂わせたら、たちまち他人も自分も傷つけるこができなくなるに違いないなんてところまで行き着く。

「お砂糖とミルクはどうしますか?」

世界平和の妄想にひたりながら、いつもはミルクを入れるがこの香りからブラックで頂いた方が美味しさを味わえるが後半はミルクも入れて楽しみたいと一瞬で判断した彼女は、

「えっと、ミルクをお願いできますか。」

「了解です。」

男の声は一切のストレスと緊張感を感じない。まだ世間の波にのまれたことがない学生のような弾んだ声だ。カウンターの向こうから黒色のトレーに熱いコーヒーを乗せた男が近寄って来る。その男性は20代後半から30代前半ように覗える。

「ではまず、あなたのスリーサイズは?」

「え?!」

予想外の質問に彼女の頭の中は一瞬無になる。

「かっ関係ありませんよね?」

「全く関係ありません。」

「真面目にお願いします。」

欲求不満?!この人大丈夫?と怪しむ彼女の前に黒いコーヒーカップとソーサーが置かれた。

「冗談ですよ。こう言うと女性はみんな緊張がほぐれると同居人から聞いたんですけど、やっぱり怪しまれた。どうぞ、冷めないうちにコーヒーを。あ、冷めてもおいしいですが。」

もわぁとコーヒーの香りが湯気と共に彼女に入り込み、身にまとっている武器や戦闘服を外してしまいそうな気分になる。

「...コーヒーの香りとってもいいですね。」

彼は一度微笑み、静かに正面のソファに腰を掛けた。

「興味があるならいつでも伝授しますよ。美味しく淹れるには秘密がありますから。」

男は右手を差し出し、コーヒーを勧めた。彼女はカップに口をつける。

「やっぱり、おいしい。落ち着く。」

あまりのおいしさについ感情が言葉に出る。一瞬我を忘れたがまた意識を取り戻した彼女は、

「あの、私の手紙を真面目に呼んで頂けたんでしょうか?」

彼も自分の淹れたコーヒーに口をつけ、ソーサーにカップを静かに戻す。

「もちろんですよ。あなたの話と状況はある程度分析はできています。」

「じゃあ、先ほど言っていた質問とは何ですか?」

すると彼はおもむろに立ち上がり、黒色の開架式の本棚からきり浮きと布を取り出した

「葉くん、今日もシュッシュッの時間ですよー。」

感情がこもっているのかこもっていないのか分からない声かけで観葉植物の手入れが始まった。

手入れを始めて5分後。

「こいつは葉っぱの葉と書いて「ようくん」という名前でね、同居人の趣味で育ててるんですが、この時間に手入れをしないと怒られるから。居候の僕は立場が下なんです。」

声かけは面倒くさそうだったが、葉君の葉(えーい、まぎらわしい!)を一枚一枚優しく吹き上げる姿は、こいつも葉くんに対する愛情は半端ではないと彼女に悟らせた。が、何かおかしいと気がつく。

「手入れは大変そうですね...あの、質問は?」

葉くんの葉のチェックを続ける。

「コーヒーをゆっくり楽しむ時間があった方がいいですよね。どうぞ。」

「え、いえ、大丈夫です。早く話を進めましょう。」

次の瞬間、彼の手入れする手が止まり彼女を見つめた。

「どうしたんですか?」

彼女は動揺する。

「そうなんですか。コーヒーをあまりにも絶賛されていたのでもっと楽しみたいのかなと勘違いしました。」

そそくさとスプレーを片付け、カウンターに回り、手を洗い彼は再びソファに戻ってきた。

(なんかミステリアスな人だわ。)

「ミステリアスだ。」

「え?!」

心を読まれたのかと一瞬焦る。

「あなたの心は私には推測し辛いようです。推測には自信があったんですが。」

少ししょぼくれる彼。一瞬でも焦った自分を悔やむ彼女。「私もあなたのことが全く読めません。」と返そうとしたが、心に留めておくことにした。

「じゃあ話を戻しますね。」

彼は自分で淹れたコーヒーを口にし、再び口を開く。

「あなたは頑張り屋と言われ続けてきましたが、自分自身はそう思っているんですか?」

彼女は聞かれたことのない質問に少し戸惑った。と同時に、これまでの彼の言動や行動に対しての不安な気持ちが、まともな質問の内容に安心もした。

「いいえ。当たり前のことをやっているだけです。私はそう思ってやっているんですが周りには頑張っているように見えるみたいですね。」

「そうですかぁ。」

彼は右手を口元につけ考え込み、良いアイディアが浮かんだのかポンッと手をたたく。彼女は真剣に耳を傾ける。

「敬語はお互いやめよう。」

またしても予想外な発言に戸惑う彼女。

「はぁいいですよ。」

「はい、けいご~。」

なぜか、どや顔をする。

「はいはいわかった。」

彼はどや顔から笑顔になる。

「じゃあ、職場で自分と同じ行動をあなたの後輩や同僚がしていたらどう感じるか教えてよ。」

自分のことだから何でも分かってるし答えられると思っていたが彼女にとって不意打ちの質問が続く。

「う、考えたことない。」

彼は冷めかけのコーヒーを楽しむように口にする。

「とっくにコーヒーは冷めてるし、時間をかけてゆっくり考えて。」

「そう言われても...(ってかコーヒーが冷めてしまったのはあなたが葉くんの世話してたからだし。)」

彼は少し考え、また質問をする。

「あなたが会社で普段から大切にしていることや気をつけていることは、ずばり?!」

(ず、ずばり…)

「えっと…」

(三分経過)

「長いなぁ。まだかなぁ。」

(さっき、ゆっくり考えてって言ったのに!)

「今まであまり考えたことがない。誰であろうと挨拶をして謙虚な態度を心がける。任務遂行。周りに迷惑をかけない。頑張っている人や表情が暗い人には気を配るとかかな?」

「任務遂行…」

右の手のひらを口に当てて笑ってみせた。手で押さえたものの本人は笑ってないように努めるという気はさらさらないようで、手のひらの向こう側からは笑い声もくしゃっとした表情も見て取れる。口を押さえた手はとても不自然に写る。

「何か?(失礼な奴ー!!)」

彼は慌てて真顔になり、今度は彼女に右の手のひらを見せた。

「いや、軍隊かよって思っただけ。いや、大切なことだね、ホント。」

「そのリアクションと発言、私のことからかってるよーにしか思えない!」

(もう、帰ったろか!)

「あ、リアクションってこのこと?」

彼は再び右手のひらで口を押さえた。

「これさー、同居人の癖がうつっちゃったんだよ!」

「さぞ仲の良い同居人なのね!」

まだ納得いかない彼女を落ち着かせるように彼は続ける。

「誤解させてしまってごめんなさい。任務遂行を指摘したのは、軍隊以外に違う理由があるんだよ。」

軍隊以外の理由?すこし興味が沸く。

「またからかう内容ならもう帰るからね!」

彼は右目を少し細くし笑う。

「まさか。任務遂行をなぜ大切にしているのかに興味が湧いたんだ。」

彼の目はまっすぐ彼女を捉え、彼女の眼球にも彼がこちらを向く姿が写り込む。

「なっ何?」

彼の迷いのない視線に動揺する。彼は冷めきったコーヒーの入ったカップを右手でソーサーを左手で持ち、ソファの背にぐっともたれかかりコーヒーを飲み、再び口を開く。

「何で任務遂行が大切なの?」

「だって、給料もらっているいじょうは当然でしょ?」

「そこそこ。当然なのに、大切にしてるわけだ。」

彼女は首をかしげる。

「どういう意味?」

彼は同じ体勢のままコーヒーを楽しむ。冷めているのに。

「当然だったら意識する必要がない。だって当然なんだから。大切に考えるまでもないよねーだって当然なんだからー。」

今度はソーサーのコーヒーを上からのぞきながらつぶやくように言う。

「確かに...(じゃあ私は何で大切にしてきたんだろう。)」

ソーサーとカップを重ねカッチと鳴らす。

「そう、このソーサーとカップは対になっているから一緒にして出す。これは極めて安易なことで子供にだって分かること。でも、少し気を揺るめると対になっていない物同士で組み合わせてしまうかもしれない。」

「はぁ。」

彼女の中で話しが渦を巻く。

「当然って、気にしなくてもそうなること。ですよね。例えばリモコンのスイッチを押せばエアコンがつく。車を動かすためにエンジンをかける。買い物に行けば物とお金を交換する。」

「今例に挙げたのとソーサーとカップの関係は何か相違があるの?」

手にしていたソーサー&カップをテーブルの上に置く。

「うん、気づきにくいけど明白な違いがそこにはある。」

「どんな?」

不思議で仕方ないとういう表情をしている彼女。

「じゃあ、少し紐を解きましょう。」

「…」

ここまでのやりとりで、あまり真剣に聞かない方がいいと考えてしまうのは、彼が悪い。

「まず、前者…より後者から説明した方が分かりやすいかな。エアコンのスイッチや車のエンジン、買い物は全部10人いたら10人の人が取る行動だよね。それ以外の行動を取る人はいないよね。」

渦の動きが少し緩やかなる。

「その通りね。だってエアコンのスイッチも車のエンジンもそれをしないことには動かないんだもん。買い物もお金を払わないと手に入らない。たまに払わずに持っていこうとする不届き者がいるけどね。」

彼はくすっと笑う。

「まぁ、その不届き者もお金と交換しなきゃいけないことは分かってるからね。知らずにそんな行為をするのはまだお金の価値が分からない赤ちゃんや幼い子どもだけだ。」

機嫌を持ち直した彼女が相づちを打ちながら話を聞く。

「そして、前者だ。こちらは、人によってやるかやらないかは偏りがある。さっき言ったみたいに間違えることもあるし、そもそもソーサーを使わない人もいる。その人の価値観で結果が変化する。」

なるほど。心で感心しながらコーヒーを飲む。冷めているがおいしい。

「任務遂行は果たして働く人全員が意識してることといえるのか。」

再びソファの背に身を任せ、背伸びしながら質問する。

「みんながみんなそうとは限らないわね。」

「そう。ちなみに「働く = 報酬を受け取る」この方程式に違和感を感じないよね?」

背伸びしたままの両腕を右左と倒す。

「違和感なんて感じないない。もらえなかったら困る。」

「だよねー。つまり、さっきの話の後者と同じ当然のこと。」

彼女は「はー」と今までの話を頭の中で、蘇らせる作業をする。

「だから任務遂行っていうのは、当然ではなく意識しないとできないことで、意識する人もいればしない人もいる。それを当然としてしまうのは少し違和感を感じない?」

頭の中の渦を静止させる。

「当然あ分かってきたかも。」

一生懸命考える彼女の一連の動作を楽しむように見ていた目は更に微笑む。

「ではでは、その任務遂行を当然のこととして取り組んでいるあなたの仕事っプリを第三者の目で解説していきましょう。」

彼女はあれだけ怪しい匂いのした男の話を真剣に聞こうとしている自分を不思議に思う。

「またまたクエスーーーーーチョン!」

しかしクエスチョンの伸ばすところが絶対違うでしょ?!といった、つかみ辛いテンションにはまだ慣れない。

「ずばり、かつて学校で生徒会長とか学級院長をしていたことがある!○か×か!」

意気揚々とした目が彼女を見つめ輝く。

「えっと、風紀委員の委員長なら。」

恐る恐る答える。

「わーお!冗談で言ったら当たっちゃった。風紀委員!!しかも○か×で答えてない!いや、この際そこはもう気にしない。」

彼は思いきり睨まれる。

「どーせ、真面目とでも言いたんでしょ!」

彼は睨まれながらゆっくり笑う。

「私は真面目さん大歓迎。」

両腕を広げる。

「でも頑張り屋とか真面目とか私はそんなことを言われたくて生きてるわけじゃ無い...」

今までの努力は自分が真面目や頑張り屋だから積み重ねてこれたモノでは決してない。

「重ねてきた努力を軽視されている気がする?」

うつむいていた彼女の顔が自然と正面を向く。

(え...)

ソファの弾力や肌触りを顔で味わうかのようにもたれかかり、目を閉じリラックスしている。

「結果を認めてもらいたいだけなのに、結果を出しても当たり前と思われ、過程に対して頑張り屋とか真面目さんという評価がつく。」

しばらく沈黙の時間が流れる。

「自分が求める評価がもらえない。その繰り返しでいつの間にか自分に自信がなくなった。」

彼は微笑みに表情を変える。

「そんなところかな?」

はぁーと深いため息。

「全くその通り。なぜ分かるの?」

人差し指を立てる。

「次の質問。あなたの会社は売り上げによって毎月給料が変わる?」

長い指持った手がゆっくり彼女に傾く。

「一緒よ。変わったら困るし。」

「会社の利益に関わらず、一定の給料、報酬を受け取っているわけだ。」

彼女は変えようのない事実に深く頷く。

「つまり働いた拘束時間や作業量の見返りとしえ給料をもらえると捉えることもできる。」

その通りと彼女は頷く。

「うん。」

にやっと降格を挙げる彼。

「さっきも確認したけど、任務遂行は会社のために意識しなくはいけないこと。でも給料を受け取るための必須条件ではない。」


「あなたは、必須条件以上のことに努力惜しまず取り組んできた。時には自分のことを後回しにしてでも。違う?」

「う、うん…」

なぜ一度も一緒に働いたことのない人があたかも現場を見ていたような事が分かるんだろうと不思議な気持ちと、何だか見透かされている気がするという悔しい気持ちが混じる。

「そんなあなたの姿を見て感心していた人は少なからずいたんじゃないかな。」

私の姿に感心?まさか、真面目で疎まれている可能性はあっても、感心している人なんていないと思うけど。彼女は心で自分の会社での姿を浮かべてみた。

「そんな、感心されていたとは思えない。」

彼女は首を横に振る。

「あなたに伝わらなくても、心ではそう思っている人がいるかもしれない。」

「うーん…」

釈然としていない彼女。

「じゃあ、逆の立場で考えてください。あなたみたいな人が同僚もしくは同じ部署にいる。はい、どうぞ。」


ちょっと待って、想像してみる。

...


(五分経過)


「もーいーかーい。」


「おっけー大丈夫。自分で言うのは何だけど、うん、好感を持っちゃうし、周りのことよりもっと自分のこと考えたらいいのにとさえ思える。」


「つまり、[他人の気を使ってばかりで疲れない?もう少し自分のこと考えて仕事した方がいいんじゃない?]って?」

「そうそう、そんなに他人のことばっかり考えていても報われないぞ!って。ん、あれ?」



そう。周囲の人の目にはあなたはそう映っている。


つまり、頑張り屋って言われる理由は自分のことを後回しにして他人を優先しているから。


私が考える頑張り屋は2種類ある。自分のためと他人のため。そしてあなたは後者。


なるほど...とは言われても自分のために頑張るってよく分からない。どうしたらいい?


待っていました、その質問!つまりあなたは自分より他人のことを考えている方が楽なんだ。


え、楽?うーん。


逆は?


逆?あ、さっきみたに他人にそういう人がいたらって考えたらいいのか。ってことは、自分が仕事をするうえで大切にしていることに反する行動を他人にされたらどう感じるかってことね。

無愛想なあいさつ、横柄な態度、他人の迷惑を考えない自己中な行動とられたら...


どうかな?


うーん、やりすぎの人に対しては、この人とはあまり関わりたくない。と心で思うかな。


あなたの美徳に反する行動をとる人はあなたは受け入れない。それは、他人に道徳心がないと思われたくないという現われだ。


言うとおりかも。


つまりあなたは他人から”道徳心がない”と嫌われたり敬遠されたくないために、自然にそういう行動をとっているわけだ。


そっか。


結局、あなたも自分のやりたいことをやって、自ら頑張り屋になっているだけのこと。


はぁ。そっかー。自分をそんなに客観視したことなかった...私はかなり受け身で自分が報われないことを他人のせいにまでしていたのか。損な生き方をしている気がしてきた。


そうかな?私はそうは思わない。


どうして?


それがあなたのぶれない信念だから。あなたは不服に思いながらも何度も頑張り屋と言われ続けてきた。

人のぶれない思いや行動がその人の本当の輝きだと私は思う。他人からしたらそれが理解しがたいことやどうでもいいことだったとしても、信念を貫く姿に人は心を打たれる。


私のぶれない信念って何?意識して貫いたことなんてないわ。いつも周りに迷惑がかからないように合わせ、自分の意見や意思は必要最低限でしか言ったことがない。


それでしょ?


え?


その周囲への気遣い。


なるほど...でもそのせいで報われない行動の悪循環を引き起こしているんだけど。


いつも周りに迷惑がかからないように合わせ、自分の意見や意思は必要最低限でしか言ったことがない。つまり良い人。


いい人...


そういい人は自分にとって損ではあるが、他人に安心感を与えられる。


まぁ確かに。


ただ、あなたがいい人を脱したいなら対策はある。


あるの?対策なんて。


私を誰だと?


悩める子羊飼いペーター・シープ


そのとおり!


お願いします!


まぁ、簡単なことで、あなたの美徳に反する人にあなた自身は何を感じるかと聞いたとき、「やりすぎの人に対しては、この人とはあまり関わりたくない。」と言ったよね。


うん。あ、そうか!


そうそう!


やりすぎなければいいのか!


っと、そ、そうだね。それも良い考え。


え?まだ何かある?


一番いいのはあなたが他人の自己中心的な考え方を自己中心的だと思わないようになること。気にしなくなるっと言った方がいいのかな。


そんなことできないよ。思っちゃうもん。


じゃあ、こう考えてみて。よく言われることなんだけど、他人は変えることはとても難しいが自分はいつでも変えることができる。言い方を変えると、一番操作しやすいのは自分。相手の言動や行動に自分を左右されないようにする。もっと主体性を持つんだ。


えぇ?どうやって?


自分にもっと関心を持ち、やりたいのか、やりたくないのか、どうしたいのかの判断を他人の意志に委ねない。自分で決めて、自分の意見をきちんと主張する。

自分が行動を決めるときのことを具体的に思い出してみて。


うーん。(5分経過)


長いよ。


うん、そうだ。私はいつも相手の顔色や状況を考えて相手優先で自分の行動を決めていたかも。


自分がどうしたいかの選択股はなかった。


うん。自分のことを後回しにしてる!!


はい、これからはそこに自分のための選択股も増やしちゃいな。


つまり他人の意見と同じくらい自分の意見も尊重すればいいってことか。


それを繰り返していると、相手の自己中も一つの意見にすぎないと自然に思うようになる。


できるかなぁ...不安。


現状を変えたくてここへ来たんでしょ?やらなければ今のままってだけのこと。


そっか。やるもやらないも私次第。


そのとおり!心配ない、あなたならできる。


はい!今日はありがとうございました。これからはもっと自分を尊重して大切に扱います。


忘れないでね。


もちろん。


いや、ここの評判をSNSで上げること。


最後の最後で本性を現しやがって。


それでは、いい人生を。


今回の代償として私の寿命を3年間差し上げます。


まいどあり。






 彼女の名前は大井有子38歳

社内ではその真面目さから完全に行き遅れたと専らの噂だった。

私はデパートで主に展開している小売業者で働いていた。全国で20店舗以上を経営している会社だ。

1年前、当事販売部の部長の私は本社勤めだった。部下の一人に契約社員として彼女がいた。

部下といっても彼女が勤務するのは店舗で、接客をしていた。肩を並べて働くことはなかった。

器量がよく気配りができる彼女は、店回りのときはいつも笑顔で対応してくれた。屈託のない笑顔に私はすぐ彼女に惹きこまれた。

私には妻と成人した娘が二人いるが、男である以上は女性にときめく心は認めざるを得ない。

 ある日彼女の勤める店舗で強盗が入った。だがすぐに警備員が駆けつけ、強盗は未遂で済んだ。

部長の私は連絡を受けその店舗に足を運び、警察の現場検証に立ち合った。

その日は店長は研修のため出張中であり、その代わりに彼女が勇敢に行動したことが分かった。

立ち合いも終わり、彼女に声をかけるとかなり疲れた顔をしていた。体力的ではなく精神的に疲れていることは明白だった。

私は思わず彼女を食事へと誘った。彼女は躊躇なくその誘いに応じた。

彼女は近くの安いファミレスでも喜んで注文し料理にも満足している。お金より大切な何かがあった学生時代の感覚が蘇ってくる。

お互いとりとめもない話をし、特に私の話を彼女は熱心に聴いてくれた。調子に乗った私の話はどんどん膨らんだが彼女は付き合ってくれた。

最後に仕事の話に移ると、彼女は店舗を異動したいといい始めた。

私の会社は店舗によって取り扱う商品が3割も異なる。彼女の興味のある商品分野がその移りたい店舗にあり、そしてその分野の売り上げを伸ばす自信があるという。

しかし問題がある。契約社員の異動は前例がなく明確な利益向上が見込めない限り難しかった。

だが私の力があれば手がないわけではない。何より、彼女の意向を叶えてやりと思った。

約束はできないが、尽力してみることにした。

 数日後、事態は変わった。

彼女が移りたいと言った店舗には彼女お気に入りの上司がいるという情報を得た。真相は会社の売り上げのためではなかった。真面目だと?とんだ女狐だ。

しかもその上司とは、数年前に私が不当に顧客の情報を他社に流したことに気づき指摘してきた奴だ。

私は憤りを感じた。あんな偽善者を気取った男のどこがいいんだ!

私は30年以上ここで頑張ってきたんだ!ろくに苦労もしていない仕事のいろはも知らん男と女狐の思い通りにさせてたまるか。

私の権力を持ってすれば彼女の運命などどうとでも変えられる。部長をなめるなよ。

人事部に問い合わせたところ、契約社員は異動するにあたり、一度契約を解除し再び契約を結ぶのが規約だと分かった。それを利用することにした。

退社さへさせれば、再び契約するのはこちらの都合。申し訳ないが、彼女とは二度と契約することはないだろう。

しかし、ここで予期せぬ事が起こった。

私自身に異動の辞令がきた。度重なる不正がばれてしまい、地方に異動となった。

悔しい気もするが身から出たさびだ。素直に従おう。しかも異動は彼女の退社の書類に判を押した後だ。私の後継人に彼女と再び契約をしないよう伝えておけばよい。

そして私は今の管轄エリアから退いた。

そして三カ月後のこと。

例の店舗へ電話を掛けたときのことだ。向こうにいたのは彼女だった。





こんばんは。私はペーターシープと言います。


ここの評判を聞き来てみたんだが…君はまだ若いように見えるな。


あれ?聞いてませんか、ここの報酬を。


あぁ、その...寿命だと...


そういうことなんで。


そうか。分かったよ。


では、本題といきましょう。

結論からいうと、今後の展開をどうしたいのでしょうか?


具体的にこうしたいとう意向はないが...とにかくこの事が頭から離れない。騙されたような、狐につままれた気分なんだ。


騙された気持ちを晴らしたい。


このままでは腹の虫が収まらん。


では、なぜ腹の虫が収まらないのか考えていきましょう。


まずはあなたと彼女の関係性を整理しましょう。

社会的には上司と部下。いいですよね。


あぁ。


では、上司と部下という関係なら、現在彼女がやりがいを持って仕事に遵守していることは上司とっては喜ばしいことではないでしょうか。


一般的にはな。でも、彼女のやり方が気にくわん。


なるほど。では、本当に彼女のやり方が汚かったと仮定しょましょう。それでも成績が伸びれば上司としては嬉しいですよね。実際あなたも綺麗ごとばかりをやってきたわけではないんじゃないですか。


言うとおりだ、でも働くとはそういこだろう。しかも私は会社のためで私欲ではない。


今までにこれっぽっちも仕事に私情をはさんだことはないと?


そうとは言い切れんな。


彼女も公私混同かもしれませんが、特に誰かに迷惑をかけたようにもみえない。


...


では、もう一つの関係です。あなたは彼女のことを部下ではない枠からも見ている。一人の女性として。実際先ほどのお話にもでてきましたね。癒しの存在でときめく存在だったと。


あぁ。


つまり、恋愛対象。


そういことになる。


だから、自分の居ない環境で他の男と楽しくやっていると思うと腹が立つ。


その通りだ。


では、ちょっと想像して下さい。もし彼女があなたのものになっていたら、あなたは幸福かもしれませんが彼女はどうでしょう?

自分ではなく、第三者の立場で考えてください。


少し難しいな。


こうしましょう、あなたに似た環境の同僚を一人思い浮かべて下さい。


あぁ。


その人が、独身の若い女性と不倫をしていたらどう思いますか。


羨ましい限りだが。


それはあなたの同僚に対してですよね。女性には?


うーん、もう少し真剣に自分の人生を考えたらいいと言いたいね。あ。


はい、そうです。あなたが想いを寄せた彼女もですよね。


そうだな。


彼女は自分の幸せのために動いていただけで、偶然あなたの立場が手助けしたというだけのこと。

誰かを陥れようとか、騙そうとかしたわけではないと思いますよ。


私が勝手に空想の中で被害者になっただけ。


そうです。まぁ、誰でもやってしまうことなんですが、空想の中の一人歩き。だから、あなたはどれだけ腹を立てても相手には届かない。


そうか、腹を立てても仕方ないことに囚われすぎていたわけか。は、時間を無駄にしたな。


そうでしょうか。その時間があったから今の輝きに気づける。


現状を見つめる良い機会に恵まれたんですよ。あなたには働く場所も帰る家もある。


全くだ。当たり前すぎて見えていなかった。


届かないものほど追ってしまうのは男の性です。そして、守るものに気づいたとき強くなれることもです。


現状をよく見直してみるよ。


輝かしいものがたくさん見つかりますよ。悪いこと…ほどほどにしといて下さいね。


ふ、肝に銘じておこう。さぁ、何年渡せばいいのかな。


お客様は普通料金ですので3年分です。


では、持っていってくれ。


まいどありー。







「まいどありー。」


あら?またお客さん?商売繁盛してるのね。


おかえり、啓二。


どんな悩みだったの?


色々あるよ。みんな、自分が頑張り屋だってこと気付いてないんだよ。そしてまた頑張ろうとする。おかしいよね。

まぁ、だいたい根っこは恋愛かな。


ふーん、恋愛ねぇ。恋愛でおかま以上に悩む奴なんていないと思うけど。


自分のこと?


そーよ!


おもしろいな、啓二は。


そうやってからかって。あんたが私のタイプだったら喰ってやるのに。


褒め言葉で言ったのに。伝わらないや。


しっかし、報酬が寿命だなんて...それで人がくるのが不思議よ。


不思議な人で溢れてるんだよ。


不思議という点なら私たちも負けてないわよねー、おかまと元囚人。


間違いない!


で?いつまでこんな商売続けるつもり?っというかボランティアか。実際は何ももらってないんだから。


暇つぶしだよ。ねぇ、次は出張でもしようかと思っててさ。一緒に行かない?


本当に暇なのね。私は忙しいのよ。


一人は寂しいし、付き合ってよ。


見返りは?


元囚人仲間の合コン!


いやー!私をそっちの住人にするつもり?!私のタイプを連れて来て頂戴よ!


交渉成立。


で?出張先はどこなの。


海の見える素敵なとこ。


いいわねぇ。お客さんは?


小学5年生の女の子。


あらかわいいわね。どんなお悩み?


これ、読んでみて。




ペーターシープさんへ

こんにちは。ペーターシープさん。ペーターシープさんのうわさを聞いて手紙を書きました。

できたら私の悩みを聞いてください。

昔、私の家でくろという犬を飼っていました。とても優しくて犬でした。でも私が6歳のときに死んでしまいました。

そのときとてもショックでした。家族はみんな泣いていました。もちろん私も泣きました。

最近、私はまた犬を飼いたいと思うようになりました。家族もいいよと言ってます。

また、犬が飼えることは楽しみなのに、変な気分がします。

くろが死んでしまったときあんなに悲しんで苦しんで、今でもくろのことを思い出すのに。

どうして私はまた犬を飼いたいと思うのでしょうか?こんな薄情な自分が嫌です。

どうか、私の悩みを解決してください。お願いします。


本田 みのり





お悩みもかわいいわね。


ごく普通の悩みに思うよね。


え?あんたはどう思うわけ?


うーん、深いなって。と目から鱗。

生まれて初めて実感する”死”って、この子みたくペットの死のパターンが多いと思うんだ。


そうね。


かわいがったペットの死を悼み、しばらくすると新たな動物を育てようとする。または、悲しみが忘れられずもう動物を飼うのは辞める。

どちらかになりそうなのに、この子は少し違う視点を持っている。”新しい命と人生を共にしたいと思う自分をに違和感を感じている。”


なるほどぉ、あなたが関心を持った理由が見えてきたわ。


しかも、この子直接ここのポストに投函してるんだ。


なんですって?


気になるよな?よーし、今から返事を書くよ。出発は金曜の夜だ。


はいはい。



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