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フールにとっての

作者: カシ


遠い昔のことでした。


目が紫色をした1匹の子猫がおなかを空かせて倒れていました。


この子猫の名前はフール。


フールにはお母さんがいません。


ずっと前に彼にエサを食べさせるために出ていったきり、戻って来ませんでした。


その時からフールはひとりぼっち。


もう何日もご飯を食べていなかったので、もう一歩も動けません。


そして、グッタリと道に横たわり、見えるものがだんだんと真っ白になってしました。


ぼくもう死んじゃうのかな。

天国に行けるのかな。

行けたらお母さんに会えるのかな。

会えたらいいなぁ。


フールは目を閉じました。


体がフワリと、そして、こころなしか寒さも無くなったような気がしました。


パチパチ。パチパチパチ。


フールは目を覚ましました。


暖炉の火がパチパチと音をたてて、ときおり、炭がポフッと崩れ落ちていました。



フールはそのとても懐かしい気持ちになりました。

その暖炉はとても暖かく、穏やかで、包み込むような優しい火だったからです。


そういえばこの地面もとても暖かいなぁ。そう思った時、


「やぁ、起きたのかい。」


暖かい地面が少し揺れ大きな手がフールの背中を撫でました。


フールが見上げると、優しそうな人間のおばぁさんがフールを膝に乗せていました。


おばぁさんは手編みのセーターを縫いながらこう言いました。


「お前さん寒かっただろう。なんなところで1人でいて、何をしてたんだい?」


チョンチョンっとフールの頭をつつきながらミルクを床に置きました。


「さぁ、お飲みなさい。お腹空いてるでしょう?」


おばぁさんはしわくちゃな暖かい手でフールをカーペットの上にそっと降ろしました。


フールにとって本当に久しぶりの食事で、それはそれは美味しいミルクでした。


そして、フールはこのミルクの味が何故だかとても懐かしいものだと思っていました。


そう、それはまるで母に包み込まれるような、温かく優しいものでした。


それからというもの、フールはおばぁさんの家に住み着いてしまいました。


おばぁさんは小さな畑で芋を育てていて、フールも一生懸命お手伝いしました。


土に埋まっている芋を掘り起こしたり、皮むきの手伝いなんかもしました。


フールにはその日々がとても嬉しかった。


「もうぼくはひとりぼっちじゃないんだ」




しかしフールはおばぁさんと暮らしているうちに、ある変化に気付き始めました。


それはある時から夢に母が毎日のように出てきて、フール微笑みかけるのです。まるで、フールをいつも見守っているように。


母が居なくなったのは、ある雪の積もった冬の朝のことでした。日付は通りを通った人間が口にしていた12月25日。


古いビルの階段に小さな穴があり、そこにダンボールを引いて暮らしていました。


雪がいつも降っている街でしたが、とても温かい日々でした。



おばぁさんと暮らし始めてから、3年が経ちました。


おばぁさんは3年前よりも痩せていました。


腰も大きく曲がり、シワも増えました。


杖も買いました。


その杖をついて、今日この朝もフールといつものようにジャガイモを見に行くと思っていました。


しかし、いつも起きてくる時間におばぁさんは起きて来ませんでした。


フールは不思議に思っておばぁさんの寝室に行くと、おばぁさんはとても苦しそうな顔をしていました。


フールには何が起こったのかわかりませんでした。どうすればいいのかも分かりませんでした。


フールはおばぁさんの顔の横に座り頬を舐め続けました。


しかし、一向におばぁさんは良くなりません。


フールは大急ぎで畑からジャガイモを掘り起こしてきて、おばぁさんのそばに置きました。


そして、おばぁさんはそのジャガイモに気づきました。


「ありがとうねぇ。重かっただろうに、お前さんには心配かけてしまったねぇ。」


おばぁさんはフールの頭をチョンチョンと撫でました。


フールは元気になったと思ってまたおばぁさんの頬を舐めました。


「何故だろうね、お前さんに出会ったころを思い出すねぇ。こんなに立派になって、私は嬉しいよ」


フールを撫でながら、おばぁさんは泣いていました。


「すまないねぇ、お前さんのお母さんと夢の中で約束したのに。でもね、お前さんを1人にはさせないよ。」


そう言うと、おばぁさんは1枚の紙をフールに咥えさせました。


「いいかい、ここに行くんだよ。ここに行けばお前さんは1人じゃない、皆お前さんを愛してくれるからね」


フールには言っている意味が分かりませんでした。


どういうことなの?

この紙は何?

早くジャガイモを取りに行こうよ!


フールは一生懸命叫びましたが、その声はおばぁさんには届きませんでした。


しばらくの間、フールはおばぁさんのそばを離れませんでした。


しかし、おばぁさんの頬は時間とともに冷たくなっていき、またフールはひとりぼっちになってしまいました。


フールにはもう何も残っていませんでした。


唯一あるのはこの紙だけ


見ると住所が書いてありました


フールは動く気になれませんでした。が、ふとカレンダーを見ると今日は12月25日でした。


フールはこの12月25日という日に2人も大切な人を失いました。


そしてフールは思いました。もしこの先また

大切な人が出来た時、またこの12月25日に失うのは嫌だと。だったら、この12月25日を出会いの日にしようと思いました。


フールはこの住所の場所に行くことにしました。


メモの書いてある紙を表にして咥え、人間にその場所に連れて行ってもらおうとしました。


ほとんどの人間には紙すら見てもらえなかったフールでしたが、なんとか優しい女性に連れて行ってもらえました。


その女性はフールと同じ紫色の目をしていました。


そして、メモの場所に着いた時、フールはとても驚きました。


何故ならそこはこの国の王の家だったさらです。


フールは呆然としていましたが、その女性は驚かず、とても穏やかな目で王の家を見ていました。


女性は家の玄関まで行こうとしましたが、警備の兵士に止められてしまいました。


ところが女性が事情を話し、フールはを見せるとその兵士はとても驚きここで待つように言いました。


そして、兵士は戻ってくるとその女性とフールは王の家に招き入れました。


客室でフールと女性が待っていると、しばらくして王女がやってきました。


そして、王女はフールを見るなり


「キャス!あなたキャスじゃない!心配したのよ!本当に本当に良かったわ!」


王女はフールをギュッと抱きしめ女性に言いました


「あなたよね、見つけてくれた方は。本当にありがとう、感謝しても仕切れません!お礼をしたいわ!」


「いいえ、王女様。お礼なんて勿体無いです、この子も無事帰れたみたいで良かったわ。」


「お願い、お礼させてちょうだい。この子はね、私の唯一の親友なの。でも四年前、ドロボウ入られてね、この子は連れ去られてしまったの。あれからずっと行方を捜していたわ!」



女性は少し照れたような、嬉しそうな表情で言いました。


「分かりました。では、私の目を見て手を握ってください」


「ええ、わかったわ!でもそんなことでいいの?」


女性は少し笑ってこう言った。


「私にとって十分すぎるお礼ですよ」


そう言って女性は王女の手を握った。そして王女は女性の目を見た時


「...そんな、どういうこと、あなた...キャス?キャスなの?」


そう王女が呟いた瞬間、女性の体がフワリと光りだした。


「また会えて嬉しいわ、ミリア。あなたとは四年前かくれんぼしたあの日以来ね。」


王女は口を手で覆い目には涙が溜まっていた。

フールはまだ信じられなかった。だってアレは人間の姿をしていて、お母さんはもう...


「私はね、あの日連れ去られてから必死に逃げたの。そして、ある人間に拾われてそこにいたツワルスという猫と恋におちたわ。その人間はお金はなかったけどとても優しい人間だったわ。だけどちょうど3年前の大きな地震、あの時その人間とツワルスは死んでしまった。私には何もなかった、お腹にいたこの子フール以外にはね。それからしばらくしてこの子が生まれた。この子がいるだけで生きる意味があった、だから毎日必死に生きたわ。だけど、ある雪の降る寒い朝、食べ物を探しに行って私は死んでしまった、道路に飛び出しちゃダメね。」


女性キャスの体はもう足が消え、全体が透明になっていた。

キャスは王女ミリアに向かって笑いかけた。


「ミリア、もうわかってると思うけどね、この子はねフール。私の子よ。目が私とソックリでしょう?頭のいい子よ、あなたの新しい親友になれるわ」


ミリアはウン、ウン、と鼻をすすりながら強く頷いた。


キャスはフールの方に向き、


「キャス、ごめんなさいね急にいなくなってしまって。寂しかったでしょう、でもね、あなたの事はずっと見ていたわ、もちろんツワルスと一緒にね。あのおばぁさんはね、ツワルスなのよ。閻魔大王様に特別に人間にしてもらったの、女の人間になってしまったけどね。

...これからは私やツワルスはいないけれど、あなたはもうひとりぼっちじゃないのよ。分かるわよね?」


フールもまた、目に涙を溜めながら何度も何度も頷いた。


「もうじかんだから行くわね。大丈夫、いつも見ているわ。」


その言葉と同時にキャスの体は光りに包まれて消えていった。







フールはひとりぼっちだと思っていた。だって彼には守るべきものや愛すべきものがもう居なかったから。


だけど、そばにいるだけが愛を感じる手段なわけじゃない。


愛は消えないよ。













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