「衝動」
「「さて」」
ソド、ウィザの二人が不敵にほほ笑む。ピスがしまったと逃げようとした時にはもう遅い。今日何度目の光景なんだろう。
「どうしてもやらなきゃダメ?」
ピスが弱々しく二人に尋ねる。とてもタビの術練学校の首席とは思えないセリフだ。
「いくら、フィロス先生が大会を勧めてくれたからって、自分でもちゃんと克服する努力はしないとね」
「そうだぞ、ピス。どうしてもダメでも俺たちが止めてやるからさ」
ピスは2人の顔を交互に見やった。2人を信頼してないわけではない。むしろ2人の得意な魔剣術は見ている限り、ピスの腕と遜色なくなってきている。だからといってもし二人の身に何かあればと思うとためらわずにはいられなかった。
でも腹をくくるしかない。2人はピスの将来のことを考えて自身の危険も顧みずに協力を申し出てくれている。すこしでも二人の気持ちに応えないと。
「わかったよ」
2人は無言でうなずいた。すこし緊張しているが信頼してくれと顔に出ている。
ピスが空地の中央へと進み出る、それを取り囲むように2人が立った。
フーっと大きく息を吐き方の力を抜いてリラックスする。棍をわずかに浮き上がらせてトンと地面をたたいた。これはピスの戦闘を始める警鐘だ。
途端にあたりに突風が吹いたような錯覚を起こさせる。かまいたちと形容してもいいほどの鋭い威圧。そばに一般人がいたらこの恐ろしさだけで気を失っていただろう。恐ろしいほどの殺気だった。さっきまでの弱音を吐いていた青年とは全くの別人だ。ウィザとピスはピスが棍で地面をたたいた瞬間から一瞬の気もゆるめずに剣を構えている。
「ピス、自分の「衝動」をうまく制御しろ!」
聞こえているのだろうか。今のピスにはそのソドの呼びかけにも一切身じろぎしなかった。
「ピス、自分の魔力を自然に体の外に放出して!」
ウィザの甘くも張りつめ緊迫した声にも反応しなかった。
と、ソドが無意識にまばたきをしようとした瞬間、いつのまにかピスはソドの懐にいた。
長年、ピスが「魔術」と「剣術」の授業にだけ出たがらない理由、彼が進学するかどうか迷う理由がこれだった。
殺人衝動だ
ピルス・アルトリア。これが彼の本名だ。親は人間種のハオとエルフ種のマーサ。ハオの家系とマーサの家系は代々人間とエルフが多く結婚する家系であった。なぜそれがわかるのか、別に両家系が由緒ある名家だったわけではない。たまたま物好きな先祖が自分のルーツを知るために今までの系譜をまとめ上げ、子孫もこれに倣い自分の系譜を書き足していっただけだ。中産階級よりも少しだけ裕福といった程度で、特別生まれが特殊だったわけではない。
5歳になる前両親はものは試しとピスに剣を持たせ、鍛錬させようとした。ところが幼児とは思えぬほど俊敏な動きで父の喉めがけて剣を突き立てた。幸いなことにまだ動きは大人と比べれば大したことはなかったので両親二人で抑えることができたが、驚くべきことにその際に母親の拘束魔法でさえ反対魔法で相殺しかけた。両親はどちらも魔剣術の腕前はいい方だったけれども、ピスが基礎学校を卒業するころには追い抜かれてしまった。
ただ、ここでピスにとって最大の幸福が転がっていた。ピスの両親は驚きこそすれこのピスの行動を怖がりはしなかった。ピスの持っていた剣をあっという間に取り上げると二人はピスを挟み込むように抱きしめたという。
ピスの両親はその日から仕事の合間を縫いなんとか殺人衝動を制御できないか試行錯誤を重ねた。その過程で周囲の人々にピスがいかに普段は善良で争いを好まないか、ピスの中の「衝動」が何をさせれば起きるのかを浸透させていった。その結果現在に至るまでこの恐るべき衝動を制御は完璧にできなくても、周りにピスは普通の人だと理解させることに成功した。
ソドやウィザはもちろんその両親や、ケンタウロスのフィロス先生、学校の友達などは衝動を起こさないように気を付けこそすれ、普通に接してくれた。おかげでピスも性格が歪まずに済みこんな少年へと成長することができたのである。
現在でも「衝動」は完全には制御できていない。しかし自分の体を無理やりいうことを聞かせることには成功していた。おかげで魔剣術の授業において成績は学年でトップだった。しかしその代償はもちろん存在する。それがピスが魔剣術の授業をさぼりたがる理由だった。
精神的摩耗。全身全霊をかけて体に力を入れ、殺すなと命じる。勝手に動き出そうとする体の筋肉がちぎれそうになるほど痛む。脳が割れるように痛みだす。数えたらきりがない。授業が終わるたびにピスは性根尽き果て倒れた。おかげで寝込むことが数多い。
先生もそれを配慮して(また、ピスの魔剣術の才能が抜きんでていることは周知の事実だったので)口頭試問など知識をためすことだけで成績をつけ常にピスは主席に立っていた。
しかし、それではこの先の将来が危うい。この世界で魔剣術がいかに大切かは先のフィロス先生とのやり取りで知っていよう。そう危惧した親友のソドとウィザは付き添って衝動の克服を試みた。