勝者
ソドは魔法が不得手だ。以前にも練習していたように思っていたほどの威力が出なかったり精度が悪くなってしまったりする。しかし、それはあくまで実践に仕えるレベルではないという話で全く使えないわけではなかった。
分身魔法。ソドが使ったのは実体をともなうタイプの高度な魔法だった。もちろんソドは普通なら実戦で使えるはずもない。だがこの魔法をソドはワットに勝つために己の魔力のすべてを注ぎ込んで試合中ずっと発動するために準備をしていたのだ。
こんなことは普通はできない。試合において魔法を一切使わないということは自分が著しく不利になることを意味する。この世界では魔術と剣術は両方使って戦うのであり、この試合でもワットは剣術においてはソドに劣ってもうまく魔法を放つことによってそれをカバーしていた。だが、試合の長い時間をかけて溜められた魔力、そして長い集中によってようやくソドは逆転の一手である分身魔法を発動することができた。
「いくらソド、君でも魔法を一切使わないなんておかしいと思っていたが、分身魔法のために使っていたとは」
するとソドは分身と同時にしゃべりだす。
「「そうさ、この前ウィザと、ピスで魔法の練習したからな。まだすぐに発動できるわけじゃないが、魔力を貯めこむコツは覚えたぜ。で、どうする?負けを認めるか」」
ワットは、少しだけ間を置いた。状況的にはどう考えても負けだが、よりにもよってソドに負けを認めるなんて我慢がならなかった。しかし、名家の血が負けを潔く認めないことも許さなかった。
しばし葛藤したがやがてワットは
「ああ、いいだろう。私の負けだ」
きちんと負けをみとめた。
それを聞いた瞬間、ソドは2人とも飛び上がり剣を天へと掲げる。体全体を使って喜びを表現した。
「よっしゃー!!! これでウィザは俺のもの……」
ソドが言い終わらないうちに口が固まる。ソドは何が起こったのかわからず頭を上げて状況を確認しようとするがそれすらできない。どうにか眼だけは動くようなので目だけをさげて体を見ると、全身が凍っていた。なすすべもなく地面へと落下する。地面に落ちた衝撃で体が割れることはなかったものの、分身の方はダメージを受けて消えてしまった。どうやら実体化はできてもまだまだ強度が不足しているらしい。
ウィザが口を開く。
「だから、なんで私を「もの」扱いするかなぁ」
広場にいる全員がウィザの方に顔を向ける。みるとウィザは両手を前に出して既に魔法を出しおえていた。シューと両手からわずかに冷気が出ているのが見て取れる。
その口調からは、怒りがにじみ出ていた。さっきからウィザの意向とは関係なしにウィザの取り合いをするものだからこの怒りは当然と言えば当然である。ちなみにワットの方もいつの間にか氷漬けにされていた。
「ファーフ! 宣言を!」
ウィザはファーフの方に顔を向けるとカッと叫んだ。冷静なファーフもいつもの雰囲気とは違うウィザに恐れおののいたようだ
「ええと、勝者、ウィザ……」
ウィザが今度はこれに納得したようでわずかに顔に笑顔が戻った。しかし、全員の顔には恐怖が残ったままだ。いつも振り回されているソドや魔法を見慣れているピスにとってはそんなに違和感がないのだが、普段のウィザの方を見慣れている他の学生はこのウィザの豹変に驚くほかない。なぜなら、みんなの前で3年間ずっとこの顔を見せなかったからだ。
ピスとソドだけはこの時怒ったウィザの顔もかわいいなとのんきに思っていた。
この後、ウィザの話題で持ちきりになり怒った顔もかわいいと全員の意見が統一されるのは数日後だった。