ロラン将軍と「放浪者」
ピスは翌日二人に話した計画をすぐさまフィロス先生に伝えた。ピスが全力でやっても勝てないほどの強さとなると、フィロス先生の頭に最初に浮かんだ人物はやはりこの国で最強の使い手と名高いロラン将軍だった。
「ピス、君には申し訳ないけどこれを承諾することはできない。」
「でも、例え多忙な方でも少しくらいなら時間も取れるはずです」
しかしフィロス先生は首を縦に振らなかった。言葉を選ぶため、ピスにちゃんと納得してもらうためゆっくりと話を始めた。
この世界で彼の名を知らぬものはいない。若いころから数々の大規模な大会に優勝し鳴り物入りで王国軍に入った。ふつうなら1つずつ小隊長や中隊長といった軍の中の地位をあげていき、数十年かけて将軍の座まで上り詰めるものだ。いや、そもそも将軍などという地位にたどり着けるものなどこの世界では1握りしかいない。それを彼は昇進のたびに階級を2段飛ばしで上がっていき、齢30という驚くべき速さで将軍になった。
この出世にはある逸話がある。この国では新年が明けた後の数日間で御前試合が行われる。これには階級の垣根を越えすべての兵士が総当たりで試合を行い日頃の鍛錬の成果を示す。これによって将軍であろうと日頃の鍛錬を怠ることはできなくなり、地位の高いものが低いものに負けようものなら、その後の出世に大きくかかわってしまう。逆もまたしかりで、この時ロランはまだ新兵でなんの地位もなかった。最初の相手はなんと当時の将軍であったリヴという御仁だった。リヴ将軍も当時は「西にかの人あり」と言われるほど武に優れた人だった。
軍ではロランのうわさはかねがね聞くがどうせ大したことはない、功績をはなにかけているようならリヴ将軍にその鼻っ柱をへし折っていただこうという風潮が立っていた。むろん、今にして思えば若い才人に対する嫉妬である。
試合は軍の中でも、また世間一般からも大きな注目を集めていたがそれに反比例するかのようにことは一瞬で終わってしまった。10太刀も剣を交錯させることなくロランはリヴをねじ伏せてしまっていた。あっけにとられる軍と民衆の中ロランは淡々とその場をあとにして次の試合に臨んだという。
その後の試合にももちろんすべて勝ち抜き、それは現在に至るまでも変わらない。齢45、今でもロランは体が衰えるなどということはなく将軍になってからの15年間数々の功績をあげた。1000年前の勇者の再来とまで讃えられる将軍は、今も武力と平和の象徴として自身が動かなくとも各地に存在感をはなっている。
「将軍は、確かに強いさ。おそらくピス、今の君よりも強いだろう。だがしかし彼は平和の要だ。一週間ほど前に君たちは習ったろう。1000年前、人間を代表として魔王討伐に立ち上がり、勇者一向が魔都ゴランにまで攻め入り魔界も含めて世界を平定したこと。今でこそ魔王種と呼ばれる魔族の長たちはおとなしいが、それは王国軍が魔界で目を光らせているからおとなしく従っているだけというのが正しい。ロラン将軍のような名の知れる方が魔界からほんのひと時でも離れてしまったらどうなるか賢い君ならよくわかるだろう」
フィロス先生に人気があるのはこういったことからもわかる。先生は決して物事をごまかしたりしない。学生にも嘘や方便を用いることなくできない理由や自分が起こられる理由をしっかりと説明してくれる。ピスはこれを聞いて反論することはできなかった。
「ピス、確かに卒業演目の規則の項には教師は生徒の演目のために可能な限り、協力しなければならないと書いてある。でもね、1人の生徒と世界の平和を天秤にかけることはできないんだ」
「……わかりました。相談に乗っていただきありがとうございます。別の演目を考えてみることにします」
するとフィロス先生はすこしだけ、悪戯を楽しむ悪がきのような顔をした
「おや、君は試合を諦めるというのかい?」
「だって先生が今おっしゃったじゃないですか。ロラン将軍に協力を仰ぐことはできないって」
「私はね、ピス、ロラン将軍のような今この瞬間も世界のために働いている人を呼び寄せることはできないといったんだよ」
「それってどういう……」
「つまりだ、今なにも働いていない武の達人を呼べばいい。つまり「風の放浪者」をね」
「風の放浪者」、ピスは聞いたことあった。その名はシルフィード。太古の昔、1000年前の魔王討伐よりもはるか昔から存在していたという伝説の精霊だ。四大精霊の一角であり世界中を巡り続けているといわれる。その姿は普段見ることは叶わず、見えたとしても風が渦を巻いたように一瞬で消えていなくなるという。だから「風の放浪者」。
「先生、それってある意味ロラン将軍を呼ぶことよりも難しいような……」
「そんなことはないさ。ロラン将軍は政治的に絶対に呼べないがシルフィードなら可能性はどんなに僅かでも存在する。ほら、確率は0よりは高いだろう?」
「でもいったいどうやって?」
「それは半分は君に見つけてもらうしかないな」
「どういうことですか?」
「私は、四大精霊の1人を呼び寄せる術を知っている。その方法を使って私がシルフィードをこの街の近くまで呼び寄せるから、あとは君が姿の見えない彼を見つけて頼み込むんだ」
まさか、四大精霊という偉大な存在を呼び寄せる方法があんなものだったなんて後にピスをはじめ、ソド、ウィザは唖然とするが今はその方法を聞かなかった。それよりもいくら博識で仁徳のある先生でもそんな術をもっていることで先生自体に興味がわいてしまったからである。
「先生、もしかして実は昔、宮廷魔法使いとかやっていたんじゃ……」
「そんなことないさ。ただ若いときに旅をしていたらシルフィードをはじめ四大精霊とたまたま知り合うことができたというだけさ」
フィロス先生はなんでもないことのように言っていたが、これを聞いたら街の人たちは卒倒するだろう。そんなとんでもない話が先生の口から飛び出してきたのである。
「彼だったら、間違いなく君よりも強いだろう。たとえ君が魔術と剣術を複合して使う本来の型であってもだ。これなら君の望む絶対に勝てない相手と戦うという目的が達せられるだろう。それにこれを経験すれば今後の「癖」の克服に役立つかもしれない」
己の全力を出し切り、制御の糸口をつかむ。これこそがピスの卒業演目を行う目的だった。