寝言
遅れてしまって申し訳ありません
どれほどの時間が経過しただろうか。この部屋には時計があるが見ることはできない。窓は月明かりを採ることのできる位置にあったが、今夜は新月だ。ピスが起きて光魔法で部屋を照らさないとわからないだろう。
ピスの横たわるベッドのそばにはソドとウィザが明かりも付けずにじっと椅子に座っている。ふたりとも無言でピスを見守っていた。
さらに時間が経つ。今度はちゃんとピスが目覚めた。真っ暗で目を開けたかどうかわからないが、こんな言葉を吐いた
「ソド―、ウィザ―、大好きだぁ……」
寝言か!?寝言なのか!?
不意打ちの言葉に動揺してしまう2人。
「え、えぇと、どう、いたしまして?」
「待てウィザ!! お前は別にまだいいかもしんねぇが、俺のはヤバいだろ!」
「わ、わたしのだって良くないよ! だってこれコクハく……」
「だとしたらもっとダメだ!! もしそうならこいつは男にも告白してんだぞ!」
ソドの言うとおりだ。これを寝言であるにしろ、これを告白と受け取ってしまえばピスはホ○、いや両刀の烙印を押されてしまう。
「とにかく、こいつを起こそう!」
「そ、そうだね!」
夕方の緊張とはまた別の種類の緊張が二人を襲っていた。
ウィザが手を掲げ1つに重ねる。祈るようなポーズをした(真っ暗なのであくまでそう感じただけだ)と思うと部屋がパァーッと明るくなった。
「うぅ、まぶしい」
ピスがうめく。それをソドは両手で肩をつかんでユサユサ力の加減もなしにゆすった。
「ピス、おきろぉ! 起きてさっきの言葉とりけせぇぇ!!!」
「ソ、ソド!? なんでそんな顔しているの?」
ソドは鬼のごとき形相と泣きそうな形相をごちゃまぜにしていた。
「ひどいじゃないか、2人とも。単に寝言を言っただけなのに」
全く持ってピスの言うとおりだった。聞き流せばいいものを、2人はなぜか真に受けパニックを引き起こしてしまったのだった。ちなみに現在は階下に行って食堂で夕飯を食べている。時間は午後の8時。マーサはかんかんに怒っていたが、ピスが気を失っている間2人がペコペコ頭を下げていたのでどうにか許してもらえた。
「いやぁ、今日も失敗かぁ」
ソドが口を開いた。そう今日も、ピスは「衝動」をうまく制御するのに失敗して2人に抑え込まれた。1週間に何回か今日のように学校から帰ってきた後、3人で練習をしてきたがどうもうまくいかない。
実は「衝動」を抑え込むこと自体は成功していた。ピスはあらん限りの力をこめ、体に動くなと命令する。吐き気を催しながら、痙攣をおこしながらもこれまでの成果で「剣」を持ってもそれが動き始める前であれば動かないようにはできるようになっていたのである。
しかし、まだそれだけだ。動くことができなければ、魔法を使うこともできない。戦いこともできない。なによりもこんな無理やりなことをし続けていれば精神が持たない。
そこで最近は無理やり体を動かないよう抑え込めるよりも、「衝動」をうまく受け流し平常心を保ったまま動くことを訓練していた。
しかし今日も失敗。一度動き始めるとたちまちピスは己の中の「殺人衝動」に飲み込まれ周囲の動くものをすべて破壊しようと動き始めてしまう。そうなれば外から無理やり抑え込むしかない。ソドがピスと切り結んでいる間に、ウィザが拘束魔法を何重にもかけて動きを止めるのだ。
動きが少しずつ止まっていけばピスの理性もだんだんと戻ってくる。最後はなけなしの理性を振り絞って体に動かないよう命令し、今日のように気を失う。授業の時もそうだが、ピスにとって疲れるのもそうだが、何よりも大事な2人を殺してしまうのではないかと心配で、訓練に気乗りがしないのだ
「2人とも、ごめん」
ピスが申し訳なさそうに呟いた
「別に、気にすることじゃねぇって。あ、これ本心だからな?」
「そうだよ。別に私たちもピスには助けられてるんだから」
「でも……」
「「でもじゃない!」」
ソドとウィザが勢いよく身を乗り出す!
「いいか、明日は今日の疲れが残ってるから無理だろうけど、明後日はまたやってやるからな」
「その代わりに私たちの練習にも付き合ってね」
まるでピスが無理やり2人を訓練に付き合わせている風な口調なので思わずピスは笑ってしまう。余計な心の負担を駆けさせまいとする2人の気遣いにピスは何度も助けられてきた。
「2人ともありがとう」
ピスは生きてきて何度目かわからない心からの感謝を2人にした。